何でも屋5 第7話 戦いの後
「おっそいですわよ!何をやっていたんですの!」
シュヴァルとハウンドがヘリに戻ると、早々にサリアから罵声を浴びせられた。
「うるっせーな!これでも急いで来たんだよ!つーか、昔の仲間との感動の再会なんだから、少しは気を使ってくれてもいいだろーが!」
「そんなの私には関係ありませんわね。そんな事よりもさっさと乗りなさいよ。早く帰らないといけないんだから」
「んだよ。なんか用事でも出来たのか?」
「ありゃ?そちらさん、一人足りなくねぇですかい?」
見渡してみると、サリア達の従者が一人いなくなっているのに気付きシュヴァルも問いただそうとしたが、パンプキン家の様子を見て何故いないのかを察した。
「成程な。デルバドがやられた理由はそこか。そりゃ決死の攻撃を仕掛けられちゃ、あいつもやられるか」
「ふん!あんな勝ち方、私は許しませんわ!早く帰って生き返らせないと」
「そんな事出来んのかよ」
「あの子の事舐めないでもらえるかしら?それに、出来ないなんて言わせませんわよ」
「うわぁ。暴君じゃねぇですかい」
「五月蠅いですわよ。乗り込んだのならさっさと帰りますわ」
「へいへい」
次々とヘリへと乗り込んで行き、最後に乗り込もうとしたシュヴァルはちらりと工場跡の方に顔を向ける。来た時は不気味な静けさで気を引き締めていたが今は穏やかな気持ちで満たされていた。
「だんな。何してるんですかい?お嬢様にまたどやされやすぜ」
「ああ。今乗ったよ」
「よし。ロウ!全速力で家に向かって!」
「了解しました!お嬢様!」
シュヴァルが操縦席にいる二人のメイドロボットを見て所々外装が剥げたりしているのに不安を感じて訝しげに言う。
「おーい。安全運転で行ってくれよな。よく見ると、そいつらもぼろぼろじゃねぇか」
「この子達は大丈夫ですわよ。ねぇ?」
そう言って、サリアがロウの肩を叩くとぱらぱらと外装が剥がれていき中身が剥き出しになった所から火花が一瞬上がった。
「あっ」
「おいおいおい!あっ、じゃねぇよ!あっ、じゃ!ほんとに大丈夫なんかそいつら!?お前らが操縦出来ないんか!?」
「うるっさいですわね!タダ乗りしてる身なんですから大人しくしていなさいよ!」
「残念ながら私達は、操縦に関して全くセンスが無くて。特にお姉様は壊滅的でして」
「マリア!余計な事言わなくていいの!」
「姉の方はそうだろうなって思ってやしたけど、まさか妹さんも駄目だとは」
「ああ。意外な弱点だな」
「貴方達、喧嘩売ってますの?」
「いや全く」
「嘘おっしゃい!」
しばらくの間、反発し合いつつも空を進んでいた時、突然後ろから大きな爆発音が鳴り響いた。
「何だ!?何が起こった!?」
「だんな!工場の方を見てくだせぇ!」
真っ先に入り口の扉を開いて状況を確認したハウンドが叫ぶ。それに続いてシュヴァルも扉から身を乗り出しさっきまで自分達がいた方を見る。そこには、巨大な爆煙が立ち上っていた。
「なっ!?あれは……何で……あれを爆発させやがったのか?自分達で?いや。あいつらがそんな事、そもそも、あのハイベルがそんな選択をする訳がねぇ」
一人で自問自答している所に、何かを見付けたハウンドが爆煙の方を指差してシュヴァルへと伝える。
「だんな。煙の近く。なんか光ってやせんかい?」
「ああ?なんだ?どれだ?」
示された煙の近くをよく見てみると、青白い光がふよふよと浮かんでいた。少しの間その場で飛んでいたかと思うと急に更に高く飛び遥か彼方へと飛んで行ってしまった。その光景を怪訝な表情で見送った後に呟くように声を出す。
「あれは……」
「お嬢……ですかね?」
「メルか?馬鹿言え。だとしたら、あれをしたのがメルって事になるじゃねぇか。そんな訳あるか」
「ですよねー」
「何?何を見たんですの?」
同じところから姉妹も覗き込んでおり、状況を飲み込めていないサリアが不思議そうに訊ねてくるがそれには答えずにシュヴァルは中に戻りつつ深刻な顔つきになり口を開く。
「俺達は、なにか得体の知れない組織を相手にしてるのかもな」
「あら。それは、ご愁傷様ですわね。貴方達」
「他人事の様に言ってるけど、お前らも巻き込まれてる可能性があるんだぞ」
「言われるまでも無く、分かってますわよそんな事。それがどうかしましたの?私の前に、私の家族の前に立ちはだかるなら、相手がどんな奴だろうと容赦なく全力で叩き潰してやりますわ」
サリアの真っ直ぐな瞳を向けられながら発せられた言葉に一瞬だが気圧されてしまう。そんな事を気取られないように表情を変えずに返した。
「そんだけ元気なら何が来ても大丈夫だろうな」
「何?心配でもしてくれたのかしら?」
「する訳ねぇだろ。俺の元仲間との接触が原因で、得体のしれない連中に襲われて死にましたとか言われたらこっちが気分悪くなるだろうが」
「そんな事だと思いましたわ」
「命を取り合ったにしては随分息が合ってやすね」
「本当に。ちょっと嫉妬しちゃいます」
「息なんか合ってねぇ!」
「息なんか合ってませんわ!」
動揺を隠すように和やかに言い争っている内に街の近くまで一行は帰ってきた。すると突然サリアはヘリの扉を開け、そこから梯子を投げ下ろしそれを指差しながら何でも屋の二人に向かって告げる。
「ほら貴方達、お帰りの時間ですわよ」
「はぁ!?地上まで下りてくれないのかよ!?」
「近くまでは下りて差し上げますわよ。ロウ。やってあげて」
「はーい」
「いやそう言う事じゃねぇんだけど!?」
サリアの合図でヘリがゆっくりと下降していくが、それでも地面からは離れている。
「おっ。降りやすくなりやしたね」
「なんでお前はこの状況で降りる気満々なんだよ!」
「ぐちぐち言ってないでさっさと降りなさい。貴方達の運動神経なら余裕ですわよ」
「んな訳あるか!」
「それじゃだんな。俺は先に行ってやすんで」
「あぁ!?」
そう言うや否や、ハウンドは器用にするすると梯子を伝いながら降りて行き地面へと綺麗に着地した。
「まさか、本当に降りるなんて……」
「あいつ……戦いが終わってハイにでもなってんじゃねぇのか……」
シュヴァルは頭を掻き一度大きく溜息の様な息を吐く。そして、扉の前に立ってからサリア達に向かって言葉をかける。
「今日はすまなかったな。俺の元同僚がえらい迷惑かけて」
「まったくですわ。しかも、私の従者に勝っておいてそれの借りを返させようと思っていましたのに、逃げられてしまいましたのよ。どうしてくれますの」
「ははっ……それは、追いかけてもらうしかないな」
「そんなの、ごめんこうむりますわ。それに、言っちゃ悪いですけど、あの方々は下に行きましたわよね?私達は上に行きますから、今後一切お会いすることは出来ませんわね」
「はっ。妹さん達ならまだしも、お前が行けると思うのかよ?」
「ふん。マリア達と同じ場所に行かせないなら、生前のやり方で一緒にしてもらうまでですわ」
「力づくかよ」
シュヴァルは一歩前に出て今にも飛び出しそうになりながら付け加える。
「さっきも言ったが、気分悪くなるから、変な組織に襲われて死ぬなよ」
その言葉に、サリアは片手を腰に当て不敵で勝ち気な笑みを浮かべて言い返した。
「私もさっき言いましたわよ。どんな奴が相手でも、容赦なく全力で叩き潰してやりますわ」
「はっ。そうかい」
その言葉を聞いて薄っすらと笑ってから、シュヴァルはハウンド程ではないがはしごをしっかりと使いつつ降りて行き危なげなく地面へと降り立った。
それを見送ってからヘリは少し高度を上げてから自分達の家へと飛び立っていった。
「随分遅かったんじゃねぇですかい?何を話していたんで?」
「他愛のない世間話だよ」
「そうですかい」
これを最後に、二人は自宅に付くまで一言も会話をする事無く家路へと付いた。
二人が自宅へと付き扉を開けた途端、メルが勢いよく近付いて来て心配しつつ二人の事を舐めまわすように見ながら口を開いた。
「シュヴァル!ハウンド!大丈夫か!?死にはしなそうだが!?」
「どんな心配のしかただそれは」
「これがお嬢なりの心配なんでしょうよ」
張り付くメルを従えながら前に進んで行く。そこに今度はソファーに座っているアリスが声をかけてきた。
「お二人共、ご無事で良かったです」
「ああ。こっちはな。そっちは何事も無かったか?」
「あー……えっと……」
「何かあったのか?」
アリスがまごまごしていると隣に座っていたショコラが変わりに答える。
「メルが駄々をこねてめんどくさかっただけよ」
「なっ!めんどくさいとは何だ!めんどくさいとは!」
「連れて行ってもらえないのが辛いだの。信用されてないのが辛いだの。まーめんどくさいのなんの」
「う、うーむ……」
しゅんとして俯いてしまったメルに、シュヴァルは苦笑しながら頭の上に手を置く。
「ったく。信用してねぇ訳じゃねぇよ。研究所では助けてくれただろうが。あの時はマジで助かったんだからな。けどな、その力を使う相手を見誤るなって事だ。博士はあいつの部下ではあったけど、あいつ自身がメルに何かした訳じゃ無いし、あいつが率先して命令を下してもいない。それは、ガキの頃からあいつと一緒に戦場に出てた俺達が一番理解してる。例え、あいつが心を壊していたとしてもだ」
「……」
最後の方は声が小さくなり聞こえなかったが、シュヴァルの言葉には重みがありその場に居た全員が息を呑むほどだった。
「自分に対して何もしてない相手に自分から手を出したら自分が悪くなっちまう。だから、メル達を参加させるわけにはいかなかったんだよ」
「そうだったのか……」
メルはシュヴァルの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「因みに、こいつは勝手に付いてきただけだからな」
ハウンドに対して呆れ顔で指を差し、それをハウンドは軽くはねのける。
「ちゃーんと俺にだって理由はありやしたって。ビルで先に斬りつけてきたのはあの剣野郎だったじゃねぇですかい」
「あー。そんな事もあったな。それと、剣野郎じゃなくてエフェルな」
ハウンドの言い分を軽くあしらいながらシュヴァルは自分の席に着いた。
「にしても、ほんと帰ってきて良かったわよー」
マエルマがシュヴァルの机に近付き両肘をつき顎を両手の上に置く。
「当たり前だろ。お前の暴走後の処理をこいつらに任せられるか」
「そうそう。子供にはさせられないわよね」
「そうやって、無事に帰ってこれたのも、神様の思し召しですね」
マエルマの後ろから、手を組んで祈りを捧げているエクスエルが言う。それに対してシュヴァルは激しく拒絶をした。
「おい!あんなクソ神のおかげだなんて口が裂けても言うんじゃねぇ!虫唾が走るわ!」
「まぁ!なんて事言うんですか!そんな事言っていたら、天国に行かせてもらえませんよ!」
「はっ!上等だ!こんな街で暮らしてんだ。はなから生温そうな天国なんぞに行く気はねぇよ」
「ああ。なんというお考え……神様、このような者も、どうかお救い下さいませ……」
「祈るんじゃねぇって!」
二人が出て行った時とは逆で、今の何でも屋には穏やかな空気が流れていた。
何でも屋と別れた姉妹達はそのままアメリアが入院している病院まで行き、ヘリを屋上に付けてシュヴァル達と同じようなやり方で地面へと急いで下りて行く。
「お姉様!?もう……無茶をするんですから……」
「お嬢様。私達はどうすればいいですか?」
「そうですね……屋敷に戻っていて大丈夫ですよ。エミリーさんを向かわせますから、それまで休んでいて下さい」
「分かりました」
ヘリの中から姉の行動を心配しつつ従者達に指示を出した後に、ゆっくりと慎重に梯子を伝って降りて行き地面に付いた時に操縦席に向かって手を振る。
それに対してロウは軽く会釈をしてから病院を離れて行った。
ヘリを見送ってから姉の後を追っていく。
一足先にアメリアの居る病室へと向かっていたサリアは勢いよく病室の扉を開ける。
「アメ!」
「お嬢様。ここは病院です。いくら人の迷惑を考えないとはいえ、場所と一部の人物の迷惑くらいは考えて下さい」
ベットの上で行儀良く座っているアメリアに注意され、その傍らにはとても気持ち良さそうに寝ているエミリーがいる。
「……なんでエミーの方が寝てますの?」
「許してあげて下さい。随分心配をかけてしまったみたいで、碌に寝ていないようでしたから」
「そうなんですのね。でも、そうも言ってられませんのよ」
サリアは寝ているエミリーの肩を叩きながら起こそうとする。
「エミー帰りましたわよ。早速だけど、貴女に頼みたいことがあるんですの。だから起きなさい」
「ん~……なんですか~……うぇ!?」
寝ぼけているエミリーの頬をアメリアは抓り強引に起こす。
「なになに!?なんですか!?何が起きたんですか!?頬が痛いです!」
「エミー?起きた?」
「あれ!?サリアお嬢様!?いつお帰りに!?」
「はいただいま。そんな事は良いから、急いでやって欲しい事があるんですの」
「えー?何ですかー?」
眠い目と抓られた頬を擦りながらサリアの顔を見る。その表情は怖さを感じるくらい真剣そのものだった。
「そ、そんな怖い顔してどうしたんですか?皆無事に帰ってきたんですよね?」
「いえ。三姉妹が結構ぼろぼろになってますわ。それに……」
言葉を詰まらせながらも、吐き出すように続ける。
「それに、ロアが完全に破壊されたわ」
「はぁ……ええ!?」
それを聞いてその場から飛び上がる勢いで立ち上がり、サリアの両肩を掴み顔をぐっと近づける。
「どどどどどういう事なんですか!?お嬢様!」
「近い近い!と言うか、貴女の方が何か心当たりがあるんじゃなくて?ロウとロワが言うには、自爆したとか聞きましたわよ?あの子達の面倒を見ていたのはエミー何ですから、何か知っているのなら正直に言いなさい」
エミリーを引きはがし顔に人差し指を突き付けると、何かに気付いたエミリーは俯きながらぼそぼそと語り出した。
「装備をいくつか外して爆薬を詰め込んで欲しいって言われたんですよ……何かの策でもあるのかなって思ってやってあげましたけど、まさかそんな事に使うだなんて……」
「そう。エミーも知らなかったのね」
「知ってたらそんな事させませんよ!」
「そうですわよね。ごめんなさい」
頭を下げたサリアの行動に面食らっていると、突然肩を掴んで鋭い目つきで見つめつつ言い放った。
「そんなあの子達の事を任せていたエミーにお願いなの。ロアを生き返らせて」
「……ふぇっ!?」
突拍子も無い事を突然言われて困惑してしまうが、その表情から本気さを感じ取りすぐに返事を返した。
「分かりました。任せて下さい!必ず、蘇らせてみせます」
「頼みますわね。私達にとってこの事は貴女だけが頼りですから」
「はい!」
エミリーは子供の様に元気よく、しかし、しっかりとした力強さを持った返事をして病室から出て行った。そんなエミリーの後ろ姿を見送るようにマリアがそこに到着して、不思議そうにサリアへと訊ねる。
「エミリーさん。あんなに急いでどうしたんですか?」
「ロアの事を頼んだのよ。私達ではどうする事も出来ませんから」
「あぁ……そうですね……」
サリアは椅子に座り一息つくと、改めてアメリアへと向き直り淡々と喋り出す。
「どう?十分な休暇が取れたんじゃない?」
「だとするなら、短い休暇ですね。この程度では十分とは言えないです」
「まあ。欲張りね」
「貴女に振り回される日々は、最低でも一年以上の休日が欲しいですね」
「思っていた以上の強欲さだわ」
「当然です。それだけ、気苦労が絶えませんから」
「ふん。それはどうもごめんなさいね。それで、休暇中は一体どこに行ってたのかしら?」
「どこだかは分かりませんが、光り輝く道なき道を歩いていると、突然大きな川が流れる場所に辿り着いて、そこでご老人と話をした後に何かを思い出して元来た道を戻っている途中で、気付いたらここに居ました」
「それって……」
マリアが口を押さえながら呟き、サリアは平然と会話を続けた。
「それは、とっても良さそうな所ね」
「ええ。とても気持ちのいい感覚でした。また行きたいですね」
「その時は、私も連れて行きなさい。まっ、何十年後になるか分かりませんけどね」
「お姉様、その時は、私も一緒に連れて行ってくださいね」
和やかな雰囲気が流れると、ふと、サリアがアメリアの手を握り薄っすらと涙声になりながら
「お帰りなさい。アメリア」
そう言った。それに対して、手を握り返しながら
「ただいま戻りました。サリアお嬢様」
と、返した。
三人は、自然と笑顔になっていた。