何でも屋5 外伝6 渡らない選択
何処までも広がる霧にかかった場所に女が一人ぼーっと立っていた。
「んっ……ここは?」
気が付いた女は辺りを見回してもそもそも霧で何も見えず、生き物の気配も感じないので、取り敢えず声を出してみる事にする。
「おーい。誰かいませんかー?」
声が響きはすれどそれに対しての返事は帰ってこない。
「……」
その場で少し考え、すぐに霧が晴れるかもしれないと思い待ってみる事にした。
十分程待ってはみたが、一向に晴れる気配がみられないので、危ないと思いつつ前へ進んでみようと決心して歩き始める。
歩けど歩けど人や動物と言った生き物の気配やそれらが発する音、自然音すら聞こえてこないことに不安を抱きつつも前進し続ける。
すると、何やら水の流れる音がし始め更に歩いていると霧が徐々に晴れていきそこには大きな水たまりが広がっていた。
「これは……海?で、しょうか」
海に見えるそれは、流れがあり女が立っている地面に対して向かってきてはなく、横へと流れていっているみたいなので川の様にも見える。明かりが差し込んでいる様な形で照らされており、それはとても心地が良く、もしも他に人が大勢いたら全員が口々に「ここは天国だ」と言いそうだと女性は思った。それぐらいその場所は幻想的だった。
それでも、生きている人生き物の気配が感じられずに辺りを見てみると、すぐ近くに小さな橋と小さな船、それとそれなりに歳を重ねている老人がくつろいでいるのが見えたのでその方向へと歩を進める。
「御老人、少しお尋ねしたいのですが」
女が声をかけると、老人はゆっくりと顔を上げる。
「おや?お客人かね?お金は持っているのかな?」
座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり傍に立てかけてあるオールに手を伸ばす。
「申し訳ございません。利用する為に声をかけた訳ではないのですよ。ここがどこだか知りたいのです」
「えっ?あー。お前さん。珍しい方のお客人かい。たまにいるんだよ。まぁ、ゆっくりと受け入れればいいさ」
「珍しい方?受け入れる?あの、一体何をおっしゃられているのですか?」
話を理解出来ずにいると、老人は女へと振り返り顔を見た途端ちょっとだけびっくりした様子で女を見た。
「おやおや?お前さん。まだ中途半端な状態の更に珍しいお客さんじゃないか。ここを渡っちまうと、もう戻れないよ。よーく考えな。ただ、時間はあまり無い人もいるからね。お前さんが今どういう状況か分からないから早く決めた方がいいかもね」
「何を……言っているのですか?」
老人の発言を聞いてますます状況が理解出来ずにいた女だったが、ぼんやりとだが徐々に自分の置かれている状況を思い出し始める。
「そうだ……私は、誰かと争って……それで怪我をして……そこで、意識を無くすほどの大きな怪我を負って……気付いたらここにいて……」
「ほうほう。それは大変だったね。それで、お前さんは何処の誰か思い出せるかい?」
「私は……何処かの屋敷のメイドで……毎日のように掃除や料理をして……めんどくさいお嬢様に毎日のように振り回されて……」
「ほほほ。それは酷いねぇ。辛い日々だったろう?」
「いいえ。振り回される日々は、確かにしんどくて煩わしくて気が重い時もありました。けど、別に嫌ではありませんでした。寧ろ楽しんですらいた」
「ほー。それは、お前さんが特殊なのか。そのお嬢さんが特殊なのか」
「どっちもでしょうね。あの方の性格は人を選びます。大半の人が付いて行けないでしょう。そんな人に付いて行って、私も楽しんでいた面がありますから、何とも救いようがありません」
そこまで話すと女性は何かを思い出したような様子で、老人もそれに気付き選択を迫る。
「ほっほっ。さて、お前さんは、どこに向かう?この水の先に行くか、それとも、元来た道を行くか」
「そんなものは決まっていますよ」
そう言うと、女は老人に一礼をすると、背を向けて元来た道へと歩いて行く。
「思い出したのならば聞いとこうか。お前さんの名前は何と言うんだい?」
それを受けて立ち止まり、振り返ると薄っすらと笑いながら言った。
「アメリアです。お嬢様から頂いた、大切な名前です」
「そうか。じゃあ、気を付けてなアメリア。まぁ、今度会う時は、お前さんがここに来た事もわしに会った事も忘れているだろうがね」
「そうですか。それじゃあ、貴方が忘れた頃に再び訪れる事にします。出来れば、大切な人達と一緒に。それでは」
もう一度お辞儀をすると、女――アメリアは、また霧が出てきた道へと消えていった。
「ほほほ。その時は、お前さん達の長い人生を語っておくれ。それくらいは、覚えていられるだろうからね」
独り言のように呟くと老人は、再び椅子へと座り直した。




