何でも屋5 第1話 戦いの始まり
シュヴァル達を乗せたヘリは、工場近くの辺りを見渡せる丘に降り立っていた。
「あれが、例の工場ですの?」
ヘリから降りて、姿を隠しながら目的の場所を見ているのはサリアで、傍にはロアがおり、それ以外のメンバーはそんな二人を見ている。
「と言うか、なんでこんな所に工場がありますの?ここでは一体何を製造してましたのよ?」
サリアはシュヴァルとハウンドの方を見て訊ねた。
「知りやせん」
「知らないって。そういうの調べてませんの?」
「別にいーだろ。今回の目的に関係ねぇんだし。なんかあれだろ?戦争当時に使ってて終わったから捨てられたとかそんな理由なんじゃねーの」
「何でも屋を名乗るんだったら、その名前の通りに情報くらい持っときなさいよね」
悪態をつきながら工場の方へと向き直る。
「だんな。このアマ、マジでここで殺しやせんかい?」
「やるんだったら加勢するぞ」
そんなサリアの態度にめらめらと怒りと殺意を湧き上がらせていると、マリアが慌てて話題を逸らしにかかる。
「あ、あの!ほんとにここにあの方々が隠れているんですかね!?」
「ああ?あー。実際はどうなんだ?」
「いやいや。信頼できる情報屋から貰ったんで間違いはねぇですって」
「全く。情報屋頼みだなんて使えませんわねー」
「んだと?」
「ロア。あの工場を索敵してあげなさい」
「かしこまりました」
そう言って、ロアは先頭に立ち工場を凝視し始める。瞳のレンズが機械音を立て、絞ったり開いたりしている。
「どう?見えるかしら?」
「いーち、にー……全部で五人ですね。工場内の下の方に見えるのが四人、一人はあそこの高い所にいます」
ロアが指し示したのは、鉄塔の上に小屋みたいな物が取り付けられている見張り台の様な物だった。
「あー。だとするなら、あそこにいるのはルネリッサだな。あいつは隊の中で狙撃手をやってたから。お前ら戦ったんだったか?小さい奴がそいつだ」
腕を組みながらシュヴァルは言った。
「狙撃手としての腕前はどうなんですかい?」
「あの戦争の前線に送られ続けて生き残った一人だぞ?そこら辺のやつらとの差がどれだけあるか、分かんだろ?」
「まじかー」
「おい。南瓜姉」
「それはもしかして、私の事を指して言ってるんじゃないですわよね?」
「お前の事に決まってんだろ」
「頭ぶち抜きますわよ?」
サリアは脅しで拳銃へと手をかける。それに動じる事も無くシュヴァルは続ける。
「お前らが生きてるのは、それだけ不思議だって事なんだよ。あいつらは間違いなく手を抜いた。次は本気で殺しに来るんだぞ?分かってんのか?」
「ここに来てそれですの?あんたに言われるほど、私達は何も考えていない訳じゃないですわ」
サリアの言葉通り、全員が遊びに来ている訳ではないと鬼気迫る空気を感じる。
「はぁ……そうかよ。止めるつもりだったんだが、もういいや」
「ふん。あんたに心配されるほど、こっちはやわじゃないですわよ」
「勘違いすんな。心配なんかしてねぇ」
「あっそ」
二人は同時に目をそむけた。
「にしても、このロボット高性能ですねー。一体くらい手元に残しといた方が良かったんじゃねぇですかい?」
ハウンドがまじまじとロアを見る。
「確かにな。廃品回収させなきゃ良かったぜ」
「今更遅いですわよ?ロア達はもう私の従者なのですからね。ねっ。皆?」
「はい。マスターのマスター」
「その呼び方止めなさいって言ってますでしょ」
「お前従者に馬鹿にされてんじゃん」
「違いますわよ!」
「だんな。だんなも何でも屋の立ち位置的にはそこのお嬢様と変わりはしやせんぜ」
「ああ!?あんなのと一緒すんじゃねぇ!」
「あんなのってどう言う事よ!」
二人が喧嘩し始めようとしたのを、マリアは呆れながら止めに入る。
「もう!二人共!そんな事やってる暇はありません!次にどうするか考えますよ!」
二人は睨み合いを続けながら、言い争いをするかのように考えをぶつけ合う。
「俺は、ハイベルに用があるからそれ以外のやつは任せる」
「私は、イルダとか言う女にしか興味無し」
これに続いてハウンドも声を上げる。
「俺も、エフェルとか言う剣士に話があるんで。誰も手を出さねぇでくだせぇ」
「どうしてそういう時だけそんなにも息が合うんですか?」
マリアは片手を頬に当て溜息を付く。
「私達姉妹は、大男と決着を付けてきます」
「今回は全武装を持って倒してやろう」
「おー!」
「じゃあ、マリアはあの上に居る奴ね」
「えっ?あっはい。分かりました」
全員の倒すべき相手を確認し終えた途端、ロウが突然マリアを庇う様に立ち塞がり、自分の顔の前に手をかざす。そこに、何かが飛んできてロウの手に当たる。
「撃ってきましたね」
「そりゃ、こんだけ騒いでりゃそうなるよな」
言った途端、シュヴァルとハウンドは工場に向かって走り出した。
「ロワ。あのスナイパーがうざいから、空から奇襲して叩き落してやりなさい。マリアはそこを叩くのよ。それ以外は、突っ込めー!」
「了解でーす!」
「了解しました」
「承知しました。サリアお嬢様」
「行きましょう。お姉様」
ロワは足元から火を吹き出して空へと飛んでいき、他のメンバーは何でも屋の後に続いて行く。
「ったく、あいつらここに何しに来たのか分かってんのかよ。来る途中までは不気味なくらい静かで気を引き締めてんのかと思ってたのによ」
「あの緩さがお嬢ちゃん達のやり方なんでしょ。いいじゃねぇですかい。好きにやらせやしょうぜ」
「まぁ、勝手に暴れて注意を引いてくれるのは助かるけどな」
「隊長。大佐達が来ました」
シュヴァルとハウンドをスコープから覗き見ながら、ルナリッサはインカムでハイベルに報告をした。
「そうですか……来ましたか」
「イルダ。あいつらも来てるよ」
「そう。排除出来るなら、してもらって構わないからね」
「うん。そのつもり」
「ルネリッサ。無理をせずに。気を付けて下さい」
「はい。隊長」
通信はそこで切り、狙撃に集中する。
「場所がばれたからって、真正面から堂々と乗り込もうとするなんて何を考えているんでしょう」
ライフルの照準をサリアの頭部に少しずらして合わす。そして引き金に指をかけるが、そこにけたたましい音が聞こえてくる。
(ん?何の音?)
その音はだんだんと大きくなっていき、それは自分の方へと向かってきているように感じた。
不審に思い空を見上げると、太陽を背に何かが物凄い勢いで突っ込んできているのが分かった。
「まずい!」
ルネリッサは急いで高台からするすると降りていく。そんな中、何かがルネリッサが居た場所に激突して派手に高台が崩れていく。
(爆撃か何かか!?むこうも本気を出してきたって事でしょうか)
地面に降り立ち崩れゆく高台から急いで離れていく。
十分離れてから振り返ると、少女のような見た目の女が上から降ってきて地面に着地した所だった。
「機械兵か。空から降ってくるなんて。博士は本当に面倒な物を作ってくれました」
ライフルを背中に背負い、腰に吊ってあるホルスターから拳銃を取り出す。
(さぁ……どうしようかな……)
ロボットをどう倒すか考えていると、目の前の女は突如叫んだ。
「お嬢様!敵を地上に落としましたよ!」
「ありがとうございます!」
声がした方を向くと、物陰から別の女が拳銃を構えて飛び出してくる。
(あの時の!)
引き金が引かれ弾丸が到達するよりも早く動き、近くにあった打ち捨てられている何かの機械に隠れる。
(二人……一人は面倒な敵だな……)
ルネリッサが二人とどう戦うか考えている間に、二人の相談は終わっていた。
「ロワさんは先に行ってください。この人とは私が戦います」
「いいんですか?私がいた方が絶対に勝てると思いますけど?」
「ふふふ。良いんですよ。私だけで対処します。それにあの大男、三人でも厳しそうに見えましたし、二人だと勝てないのでは?」
「何を言いますか!あの時は武器の使用をマスターから制限されてましたから!今度は勝てます!一人だろうが二人だろうが、ましてや三人なら余裕です!」
「そうですね。なら、三人で早く片付けて、こっちに加勢しに来てください」
「分かりました!お嬢様、お気を付けて!」
「そちらも、気を付けてくださいね」
二人は背中を向け合い、別々に走り出す。ロワはサリア達を追って、マリアは目の前の敵に向かって。
その光景を見ていたルネリッサは、子馬鹿にしたように言う。
「貴女、何を考えてるんです?折角の数的有利を、しかも機械兵を先に行かせるなんて。馬鹿なんですか?」
隠れながら拳銃だけを出して照準を定めずに威嚇を込めて数発撃ちこむ。
マリアは拳銃が見えた時に、別の物陰へと退避していた。そして、銃声が止んだタイミングで言葉を返す。
「貴女の言う通りかもしれません。でも、これでいいんですよ。だって、負けませんから」
「……そうですか」
同時に息を吸い、同時に吐く。お互いにお互いのやるべき事を胸に抱き、二人は動き出した。
「ほんとに良かったのかよ。妹さんを一人で置いて行って」
ロアが見た反応を頼りに建物の中に入った後に階段を見付け下に向かって進んでいる所、シュヴァルはサリアに向かって言う。
「あの子の事舐めてますの?私の妹ですわよ?あんたの元同僚だか戦争で生き残ったか知りませんけど、その程度の理由で負ける訳ありませんわ」
「随分信頼してやすね」
「当たり前でしょう!なんてったって、私の妹ですもの!」
「お前の妹って肩書は、マイナスにしかなってないと思うけどな」
「何か言いまして?」
「別にー」
「それに、あの子は私達の中で本気を出せば一番強いんですからね」
「そうなんですかい?」
「能ある鷹は爪を隠すって言いますでしょ?」
「あーだからか。お前が爪を隠せないのは能が無いんだな」
「いや、隠す爪が無い方かも知れやせんぜ」
「隠す爪が無いのはあんた達の方でしょうよ」
「ああ?」
「何よ?」
そうこうしている内に、次なる人物が立ち塞がる。機関砲や大きなマシンガンを体にぶら下げているデルバドだった。
「久しぶりだな。デルバド」
「たい、さ。ひさし、ぶり」
「ハイベルからなんて言われてる?」
「たいさ、と、もうひとり、の、おとこ、いがい、とおすな」
「だんな。俺達、顔パスですって」
「みたいだな。そんじゃ、お先」
「手を貸してくれてもいいんですのよ?」
「馬鹿言うなよ」
「そう言うと思いましたわ。まぁ、借りを作りたくないですから、頼まれてもこちらから願い下げですけどね」
「じゃあ最初から言うんじゃねぇ」
言葉を吐き捨ててシュヴァルはハウンドと共に、デルバドの横を通って奥へと進んでいく。
「お嬢様も、すぐに通してもらいます」
「姉さん、今回は本気出していいんだよね?」
「マスターからは、全力でお嬢様達の願いを聞いてあげてと言われてますから。素早く片付けましょう」
「りょうか~い」
「無理はしちゃ駄目ですわよ」
サリアは二人から少し離れて通り抜けるタイミングを見計らう。
ロアとロウが手首を曲げ刃を出して、突進を始める。
「こんかい、は、おれも、ほんき!」
そう言うと、全員の前からふっと消える。次に姿を現した時はロアの目の前で腕を振り下ろす所だった。
「おっと」
ロアはそれをバックステップで躱し、刃を出していない右手の指を向けると穴が開き、そこから銃弾が連続で発射される。しかし、体に当たりはするが全て弾かれてしまう。
「やはり、この程度の威力では効きませんか」
「だったらこれは?」
デルバドの後ろに回ったロウが手首を逸らせると、筒状になっている腕から黒い球が出てきて、デルバドの後頭部に当たり爆発した。
「あら。案外簡単に決着がつきましたわね」
サリアは冷めた目つきで言い放つが
「いいえ。生体反応有りです」
「うああああ!」
すぐに返したロアの言葉通りデルバドは無傷で動いている。持っていた機関砲を軽々と振り回しロウを吹き飛ばした。
「もっと威力の高い物が必要そうですね」
「やり過ぎて工場ごと吹き飛ばさないようにね」
サリアがデルバドの視界から消える様に動いてみるが、なかなか見逃してくれそうにない。
「そろそろ通りたいんだけどねー」
「お嬢様。合図を出しますので、その隙にお通りを」
「ん。分かったわ」
ロアの言葉をすぐに信用してその時を待つ。
サリアの目を見てから行動を開始する。
「ロウ。行きますよ。動けますか?」
「大丈夫だよ姉さん。どこも壊れてないから」
むくりと起き上がった所に、デルバドは機関砲の口を向け引き金を引く。
照準を絞らせないように素早く動き、両手首の刃を出し自分に当たりそうな球は斬って弾き落としていく。
いつのまにか近付いて来ていたロアにも同じようにもう一つの銃口を向け乱射し始める。
それを、ひらりひらりと躱したり手首から出している刃で斬り弾いたりしながら接近していき突然ジャンプをした。そして、右手の刃をロウの方を向いている機関砲へ、左手の刃を自分に向いている機関砲へと射出する。二本の刃は狙い通り機関砲へと刺さり使い物にならなくした。
「お嬢様。行ってください」
「分かりましたわ」
ロアの合図でサリアは走り出す。
「いかせ、ない!」
サリアに近付こうとするデルバドを、ロアは機関砲に刺さっている刃を腕を引き全力で阻止しようとする。
「うがあああ!」
「おや。これは想定外」
しかし、それよりも強く引っ張られてしまい、このままでは危険と判断しすぐに刃に付いている鎖を巻き機関砲に刺さった刃を回収する。
デルバドは体を捻りサリアの方を向くと全力で襲い掛かりに行く。
そんな様子をちらっと見つつもサリアはロア達を信じて足を止めることなく走り続ける。
「ロワ。やってしまいなさい」
「おおおおりゃああああ!」
突然、皆が来た道からロワが足裏から火を吹き出しながら高速で近付いて来て、デルバドの顔面にドロップキックをお見舞いした。その勢いに押され横に倒れ込み、そのおかげでサリアは無事に通り抜ける事が出来た。
「貴女達、全力で叩き潰してあげなさい!」
その一言を残して、サリアはシュヴァルとハウンドの後を追う為に通路の先へと消えて行った。
「お任せください。お嬢様」
「余裕ですよ。こんな奴」
「お姉ちゃん達とちゃっちゃとやっつけちゃいまーす!」
サリアの背中に向けて、各々の言葉を投げかける。
「あまく、みるな!」
倒れていたデルバドはスッと立ち上がると、持っていた機関砲をぶっきらぼうに振り回しながら三人へと詰めて行く。三人は冷静に見極めて攻撃を躱し、間隔を開けた。
「ひとり、とおして、しまった」
機関砲を振り回していたと思ったら今度はがっくりと項垂れるデルバド。だが、すぐに顔を上げて使えなくなった二丁の機関砲を捨てて両手で握り拳を作り勢いよく二つのそれを打ち付けた。
「でも、まだ、まにあう。おまえたち、はやく、たおす!」
その発言に、ロアは履いてるスカートの両端をつまみ、丁寧にお辞儀をしてから答える。
「簡単にやられるつもりはありません。我々も、パンプキン家の一員なのですから」
先に進んでいたシュヴァルとハウンドは、柱が無数に配置されている一室に来ていた。
「だんなー。道に迷ってやせんかー?」
「迷っちゃいねぇよ。ただ、どこに向かえば良いのか分からなくなってるだけだ」
「それを迷ってるって言うんですぜ。通称迷子でさ」
「仕方ねぇだろ。初めて来たとこなんだからよぉ」
当てもなく歩く二人の足音が室内に響く。
「にしても、奴らはこんなとこで何をしようとしてるんでしょうね」
「さぁな。それを聞く為に来てるとこもあるからよ」
「聞くだけで済みやすかねぇ」
「少なくとも、あいつらはもうそれだけに済んでねぇし」
しばらく進んでいると、柱の影から一つの人影を見付ける。
二人は立ち止まりその陰に向かって声をかけた。
「そこにいんのは誰だ?バレバレだぞ」
「隠れているつもりはありませんよ。大佐」
そこから出てきたのは、イルダだった。
「お前だったか。イルダ」
「ご無沙汰しています。お久しぶりですね」
「ああ。こんな再会をするとは思って無かったけどな」
「そうですね。」
「それよりも、ここも顔パスで通っていいんですよね?」
二人の会話に割って入ったハウンドが軽い言い方で質問をする。
「ええ。通ってもらって大丈夫です。あちらに階段があるので、そこから地下に向かってください」
イルダが指し示した方向を見て、ハウンドが今度はダルそうに声を出す。
「また地下ですかい。俺達は何か地下に縁でもあるんですかね」
「住んでる街が街だからな。そりゃあ、縁も深くなるだろ」
「何ですかい?俺達の住んでる場所が暗すぎてそういう場所を引き寄せてるんですかい?」
「知らね」
くっちゃべりながら、二人は示された階段から地下へと下りて行った。
二人の背中を見送っていると、背後から足音が聞こえてくる。それは、走っているのか物凄い速さで近付いて来ていた。
「……私に用のあるお客様が来ましたか」
振り返ると、サリアが鬼の形相で走ってきていた。
サリアは右手を握り顔面を殴りにかかる。
イルダが顔を動かして軽々と避けられるが、すぐに裏拳をくらわせようと腕を動かす。
即座に左手でそれを防ぎ、カウンターとばかりに右手の拳で殴ろうとしてきたので、同じように顔を動かして避けてみせ、体を後ろに思いっきり逸らせ、バク転をする勢いで顎を蹴りにいく。
イルダもバク転をしながらそれを避け、二人はそのまま距離を離した。
「全く。むかつく程に動けますわね」
「この程度で動けるという評価を貰えるとは、貴女の周りには運動不足な人しかいないのですか?」
「そんなの……一人しか知りませんわ」
「一人いるんですね」
「まぁ、運動が嫌いなだけで優秀な従者ですわ」
「そうですか」
サリアはナイフと拳銃を、イルダは二丁の拳銃を取り出し、同じタイミングでお互いに照準を合わせて、同じタイミングで引き金を引いた。それが二人の死闘の合図だった。
階層を下りた何でも屋の二人は、何もないとても広い一室に居た。そこの中央に堂々と一人の男が立っている。エフェルだった。瞑っていた目を開けて今にも斬りかかって来そうな程迫力がある。
「よぉ。エフェル」
「来ましたか」
「待ってもらったようでわりぃですね」
「待ってなどいない。お前はこのまま帰ってもらって結構だ」
「そんなつめてぇこと言いなさんなって」
「……」
ハウンドの軽さに多少のイラつきを見せつつも、エフェルは感情的にならずにシュヴァルを奥に見える道へと誘導する。
「大佐。あちらの道の先で隊長がお待ちです」
「ああ。分かった」
言われた通り、シュヴァルは示された道を歩き始める。
その背中を二人で見送った後に改めて顔を見合わせた。
「聞いて良いですかい?あんた達は、一体何を企んでいるんで?」
ハウンドが、いつの間にか持っていた小刀を軽く上に何度も投げて遊びながら聞く。
「それを知ってなんになる?」
「いや、ただの興味でさ。自分が対峙する相手の目的ぐらいは知っておきたいでしょ」
「それを知った所で、お前は何もせずに帰ってくれるのか?」
「内容によりやすね。ただの同窓会で集まってるんなら、馬鹿馬鹿しいんでだんなを置いてさっさと帰りやすよ」
「ならば、帰ってもらって結構だ。大体合っているからな」
「嘘つかねぇでくだせぇ。そんな訳ねぇでしょうよ」
遊んでいた小刀を握り、鋭い眼光をエフェルに向ける。
「きなくせぇんですよ。あんた達。こんな人気もねぇ所で、何を隠してやがるんで?何をおっぱじめようとしてる?隠せてるつもりなのか知りやせんけど、全然隠せてねぇですぜ?」
エフェルは左手で刀の鞘を握り右手で柄を握った。
「そうか。まぁ、既に隠すつもりも意味も無いんだがな。計画は、今日実行される。その邪魔はさせない!」
そう言うと、その場で目にも留まらぬ速さで抜刀すると、斬撃がハウンドに向かって飛んでいく。
「それだけ聞ければ十分でさ!」
斬撃を躱し、エフェルへと走り寄って行った。
シュヴァルが辿り着いた部屋には、真ん中にとても大きな何かが聳え立ち、その前にハイベルが後ろ手を組みながら、それを見上げる様に立っていた。
そんな後ろ姿に、シュヴァルは声をかけた。
「おい。ハイベル。気になってたから来てやったぞ」
その声に対して首を少しだけ動かすが、振り返りはせずにそのままの姿勢を維持して返事をする。
「待っていましたよ。シュヴァル」
「ったく。こんなとこに拠点を構えやがって。もうちょい近くに作れなかったのか」
「すみませんね。わざわざこのような所にまでご足労いただいて」
「まっ。場所を調べて勝手に来たのはこっちなんだけどな」
「それでも嬉しいですよ。ここに来てくれたことは」
そう言うと、シュヴァルの方を振り返る。シュヴァルが知っているいつものハイベルがそこに居た。ただ、纏っている空気は知らないものだった。
「それで、ここに来たという事はあの時の答えを聞かせてくれるのですよね?」
「あの時の答え?なんだったかな?」
「忘れてしまったのですか?また、昔みたいに一緒に仕事をしないかと言う話の答えです」
「ああ。全く興味ねぇからすっかり忘れてたわ」
シュヴァルは拳銃を取り出し銃口をハイベルに向ける。
「それに、忘れていなくても答えは決まってる。一緒にはいかねぇ。なんだったら、あんたの目的次第じゃ、止めに来てるしな」
「そうですか……それは残念ですね……」
ハイベルの顔は、心の底から落ち込んでいるように見えた。
「それでしたら、今すぐにお帰り願いましょう」
今にも戦いが始まりそうな雰囲気に、シュヴァルは思い出したようにおもいっきり水を差す。
「あっそうだ。始める前に一つ聞いてもいいか?」
「ええ。なんですか?」
「あいつらが俺の事、大佐って言ってるんだけど、俺の階級って少佐とかじゃなかったか?そこまで気にした事無かったからもう少し低かったように記憶してるんだが?」
「ああ、それですか。貴方はあの時死んだと思われていましたからね。二階級特進というやつですよ」
「成程それでか。やっと腑に落ちた。ありがとよ」
言い終わると、構えた拳銃の引き金を引く。
ハイベルは右手で左腰に吊ってある軍刀を抜き、近付いて来ていた銃弾を斬る。そして、左手で右腰に吊ってあるホルスターから銃を抜き、シュヴァルに銃口を向ける。
「このような形になって、本当に残念です」
「はっ。こっちは全然残念じゃねぇけどな。あんた、ほんとに何考えてやがる」
「私にとっては……これを成し遂げることが、何よりの復讐なのですよ」
「復讐?」
「それを邪魔するのであれば、例えかつての仲間だとしても、容赦はしません!」
構えた銃の引き金を引く。轟音と共に銃弾が飛んでいく。シュヴァルにはそれが、戦いの始まりを知らせる音の様にも聞こえた。