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奉納相撲

作者: 大西洋子

カンカンと鳴り響く鐘の音にトントコトンと軽やかな太鼓の音。いつもは人の気がほとんどないその神社の境内は、人で溢れかえっている。

「絶好の祭り日和だね」

支度を調え、社務所の窓から境内を眺めていた翔と拓也の間に、支度を調え終えたばかりの夢来が割り込んだ。

「あきらも土俵にあがれたら、よかったんだが……」

「呼び出し役で一緒にじゃないか」

土俵にあがる幼子の読み上げるあきらのその声が、彼らの耳に届いた。

「あ、ボクの弟だ」

拓也は窓から身を乗り出し、色鮮やかな化粧回しを身につけ、力士に抱かれて土俵へと向かう拓也の弟に、彼らは揃って手を振った。


過疎化が進むこの地区でも、コロナの猛威は行事という行事は中止に追い込まれ、今年になって、ようやく再開されることになった。

だが、コロナの脅威はなくなったわけではないと、この地区縁の子息のみが奉納相撲の参加が認められた。

翔、夢来はこの地区の住まいで、拓也兄弟は祖父がこの地区に居を構えている。だが、あきらはだけは、その参加条件に満たされず、拓也の名案によって、呼び出しという役を得て、今日の大祭の参加を許されたのだ。

「コロナがなかったら、六年生の秋に、あきらに無双されていたかもな」

「……だよね」

力士に両脇を抱えられ、土俵に立った拓也の弟は、泣き騒ぐかわりに、溢れんばかりの笑い声で、その役目を果たした。

「……ところで夢来、本当にそのままでいいのか?」

「うん、そのままでいい」

肩からかけたタオルの上から、夢来は自分のその胸を撫で、次に土俵にあがった幼子が、駄々をこね、抱き上げるはずの力士を困らせている様に目を細めた。

「健康と成長を祈願する祭りだからこそ、今のボクのありのままの姿を、みんなに見てもらいたいんだ」

ちょんちょんと拍子木が鳴り響き、泣き相撲の終わりを告るあきらの声が耳朶をうつ。

「よし出番だ。行くぞ」

翔が窓から離れ、体操服の上からまわしを巻いた小学生らに声をかけていく。夢来は肩にかけたタオルを外し……


――時は少しばかり遡る。中学生最後の夏休みの始め、受験勉強を口実に翔宅に集まっていたところ、町内会長から、秋の祭りの奉納相撲について、話がしたいと持ちかけられた。

「君達は、奉納相撲のトリをコロナでその機会を失った。受験勉強の真っ盛りだが、奉納相撲に出てはくれないか」

奉納相撲に参加出来る小学生の最高学年が四年生で奉納相撲に不安がある。そこでコロナ禍で奉納相撲に出られなかった中学生にも声をかけていると言葉を続けた。

「いいのか? 俺、奉納相撲に出場したい」身を乗り出して翔が応え、

「ボクは激しい運動は出来ないから、大トリを務めることはできないよ」

夢来は服の上から胸を撫でながら応え、

「よその子が奉納相撲に出るなんて。と陰口言われそうだから、出たくないな」と、あきら。

「すると、ぼくと翔で対戦か……」

翔の身体は大きく、それに比べて拓也は細く、大トリを務めるには物足りない。

「……ねぇ、町内会長さん、ぼくらで横綱の土俵入りを真似るというのはどうかな? 横綱役は翔かボクがやって、夢来が後ろで太刀を持って、あきらが呼び出しをして……」

拓也が思いついたその案に、町内会長は目を見開き、そして……


夏の盛は過ぎたとはいえ、正午を記すその太陽は、土俵に向かう彼らの肌をじりじりと刺す。

境内に集う人々は、歳の順番に並び、あきらの伸び伸びとした呼び出しを告げられながら、彼らは土俵に向かって進む

そんな花道を行く彼らに、境内に集まった人々から響めきの声があがる。

――いや、正しく言い直すと、飾り太刀を持ち、翔の後ろを歩く夢来のその姿に、だ。

少年から青年へとなりつつあるその胸板には、大病から生還した証である手術跡が、陽光の下に晒されているのだから。

土俵中央に翔、その後ろに夢来と拓也。さらにその後ろに横一列に並ぶ小学生達。

そうして子ども達による土俵入り。四股を踏む翔の動作に合わせ、後ろで並ぶ小学生らが、その四股を真似る。

境内に集まった人々から、よいしょの掛け声が沸き起こり、土俵入りを終えた彼らに惜しみのない拍手が贈られる。



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