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エルと魔法と、七人の"魔王の子"  作者: 春野 なつき
第一章・始まりの兆し
3/7

【魔族で魔兎の"クロ"】

 

 昼時の過ぎた時間。


 リュックの中から魔族が飛び出す……なんてハプニングはおこることはなく、私たちは何事もなく店(家)へと帰り着くことができた。



 出るときにぎわっていた店の中は、今は少し落ち着いているようだった。


 約束した通り、暗くなる前どころか思っていたよりも早く帰宅した私を見た母の……「早かったのね」という言葉に曖昧(あいまい)に返事をしてから、私たちは早々に部屋へと移動した。


 

 そして部屋のなかへと入り、リュックを床に置いてからファスナーをひらくと、クロがゆっくりとした足取あしどりで出てくる。



「ごめんね。窮屈きゅうくつだったよね?」


「いや、むしろ運ばせるようなことをさせてすまない」


「大丈夫だよ。クロは優しいんだね」



 比べるのはどうかと思うけれど、男尊女卑(だんそんじょひ)の考えをもつ男性が残念ながら多い(なか)で……魔族であるクロが気遣い謝罪の言葉を口にすることに少し戸惑ってしまう。



「優しくしたおぼえはないが……」



 クロはそう言って何度かまばたきを繰り返す。それは、どう反応したら良いのかわからないというような様子に見えた。


 無意識での優しさというものなのか。彼が人間だったなら世の女性たちからとても慕われていたことだろう――魔族であっても、すでに好感をおぼえてしまうほどなのだから。



「いい魔族はいないと言っていたけど、クロはいい魔族だね」



 感心しながら思ったことを口にしたあとで、魔族だからだとか比べたりだとか……そんな態度や発言は失礼なことだと思い直して、申し訳ない気持ちになる。


 でも彼の様子をうかがってみると、本人はとくに何も気にしていないように見えて心のなかで安堵した。



「失礼なことを言っていたらごめんね」


「褒めようとしていたんだろう。謝る必要はない」



 言葉の一つ一つでも優しく感じるのは、彼の声が会った時から今でもずっと落ち着いているからなのかもしれない。


 大人の余裕というのだろうか……大人なのかはわからないけれど、声と話し方や雰囲気の落ち着きようは子供と思うには不釣り合いなもので、間違いなく私より歳上だと思える。



「魔族も年齢の数え方は人間と同じだよね? 何歳かいてもいいかな?」


「二十三……いや、二十二だったか」


「そっか。私は十八だからクロのほうが歳上だね」


「十八でもうあの剣さばきができるのか」



 やっぱり歳上だったクロから感心するようにそう言われると、単純だけど嬉しくなる。


 でも、そのあとに言われた「確か、魔法は使っていなかったな」という言葉に……出かけていた言葉は詰まり、チクチクと針で刺されるように胸が痛くなった。



「魔法は扱えないから……」


「そうか。使えない人間もいるだろうな」


「え?」


「どうかしたか」


「えっと……今まで扱えない人間はいなかったけど、どうしてなのか私は扱えなくて……」



 そう言い直しても、クロはとくに気にした様子もなく「そうか」とだけ返事をした。


 無関心だからというよりは寛容かんようなのだろうか……。そんなそれがどうかしたのかと思っていそうな反応をされたのは初めてだった。



「魔法を扱えない私のこと……変だと思わないの?」


「変? あれほど剣の腕があれば魔法を使えなくとも大した問題はないと思うが……何故、そんなことをく」


「今まで……異端や無能だと言われてきたから、クロはどう思ったのかなと思って」


「人間はそんなことで異端だと言うのか。そうなら魔族は異端ばかりだな」



 そう言ったクロが……小さな姿をしているのに、とても大きな存在であるように見えた。


 なんだか拍子抜けするような感覚を味わった(あと)で……胸の痛みがなくなるとともにじわじわと温かくなってくる。



 生まれつき魔法を扱えない。自分ではどうしようもないそんなことで、どうして同情や(けな)されたりしなければならないのだと……ずっと思ってきた。


 でもその思いは、両親と一部の人以外からは理解されなかった上に、共感するような言葉を言われたことは今まで一度もなかったから……。


 だから……言葉では言い表せそうにない感情が(あふ)れて少し泣きそうになった。



 たった数時間で、彼に世界を変えられたような気がする。


 大袈裟(おおげさ)だけどそれくらい彼の言葉と反応は衝撃的で、自分の存在を初めて肯定(こうてい)されたような気がした。


 もし彼に突然殺されても、後悔も憎悪も感じることはないだろうなと思うくらいだから……私は思っていたよりも、魔法を扱えないことへの人からの言葉や態度を気にしていたのかもしれない。


 たった数時間でこんなこと思うのはさすがにどうなのだろうとも思うけれど。



「そっか……。ありがとう」



 そう伝えると、クロはどうしてお礼を言われたのか全くわかっていない様子で首をかしげている。


 言い表せない今の私の気持ちは伝わらなくても良いと思えた。たぶん説明できたとしてもよく分からない気がするから。



 魔族であるということに対して少しだけ残っていた警戒心も吹っ飛んでしまったせいか……私が(ほほ)を緩ませて笑っていることに、彼はどことなく困惑しているようだった。



 その(あと)お互い無言になってしまったものの、不思議と居心地は悪くなく穏やかな空気に包まれていたのだけど……。


 その数十秒後すうじゅうびょうご。穏やかさを壊すように、部屋の扉からノック音が聞こえてきた。



「エル? ちょっと入るぞ」



 考えるよりも早く、その声とともに扉をひらいて入ってきた父は私の方を見てすぐクロの存在に気付いてしまったらしく……彼へ視線を向けて状態で立ち止まった。


 そして父の表情が、みるみるうちに変わっていく。


 目を見開き驚愕きょうがくの表情を浮かべて……数秒後すうびょうごには、恐怖と困惑が合わさったように青ざめた表情で口を開いたり閉じたりしている。



「お父さん、どうしたの?」



 理由は分かっているのにとぼけてそう言ってみると……父は我に返ったように私を見据みすえたあと、一瞬で移動して私を背中の後ろに隠し護るような体勢をとった。


 こんな状況だからか……私と父の瞳の色と同じ力強い焦げ茶色の短い髪と、体格の良い背中がとても頼もしく見える。



「何で、魔族がここにいるんだ。その見た目もそうだが、目の色もそんな濃い赤なんざ……滅多にお目にかかれないはずなんだがなぁ」



 いつものような声色と口調ではあるものの、父が今とてつもない緊張感に襲われているのだということはさすがに察した。


 そんな状態でも護ってくれようとしている父の優しさを嬉しく思うけれど……。

 あまり良い状況ではないので慌てて父の腕を引っ張り、声をかけようとしていたのに……「大丈夫だから後ろに下がってろ」という言葉にさえぎられてしまった。



 父の迫力に何と言おうか迷っていると……こちらを見ていたクロと目が合った。


 彼は慌てることもなく落ち着いていて、こうなるだろうと思っていたとでも言いたそうな目で私にうったえている。



「争うつもりはない」


「おいおい、言葉まで話せるのか……。目的は何だ? うちはただの料理屋だぞ」



 この様子だと、クロが何を言っても父は落ち着かないどころか大騒ぎになりそうだ。


 こうなっているのは私の責任なのだから迷っている場合ではない。



「お父さん。大丈夫だから落ち着いて」


「見たことがない魔族の……しかも強い魔族相手に落ち着いてられるか」


「何かするつもりならもうされているはずだから。良く見て。クロは何もしてきていないし、敵意もないから」



 だから落ち着いてほしいとできる限りやわらかい口調でそう伝えると……父は、私とクロを交互に見つめる。



「確かにそうなんだが……。待て。今、クロって言わなかったか? それはまさか名前か?」


「うん。見た目が綺麗な黒色だから」



 父があまりに神妙な顔つきで()いてくるので、私は正直にそう言った。


 絶句するようにひらいていた口を閉じた(あと)、父は深く大きな息を吐く――それはたぶん落ち着くためのものであり、でも少しの安堵が含まれているようだった。



「名前を呼んでるってことは……まさか俺が来るより前からずっとここにいたのか?」


「そうだね。正確には、少しだけ前からだけど」



 そう言うと父は、クロから視線をらさないまま「頭が痛い」と、頭を抱えるように左手でおでこをおさえた。


 困らせていることに関しては申し訳なく思うけれど反省はしていない。でも、後悔はしている。


 父よりも先に母に説明できていたら、今より少しくらいは混乱させることなく済んだのではないかと思うから。



「どうしてそうなるんだ」


「クロと同じようなこと言ってるね」



 そう答えてクロを見ると、彼はまたそうなるだろうなとでも言いたそうな眼差しでこちらを見ていた。



「お前の反応はやはり特別だったらしいな……。俺が軽率だった。森へ戻る」


「えぇ、それはもう終わっていた話なのに……。お父さんのことは気にしなくていいよ。お母さんは大丈夫だと思うから」


「待て待て。エル。どういうことだ」


「お母さんにクロがここで暮らしても大丈夫かいてくるから、お父さんはクロと待っていてね」


「待てるか!」


「えぇ……」


「暮らすってどういうことだ……この魔族とか?」


「うん。家族とはぐれて、お腹もすいていて住む場所もないみたいだから。(あと)で詳しく話すね」



 早口でそう説明すると、父はますます混乱したように頭を抱えた。


 緊張感や警戒心よりも混乱が(まさ)ってしまったせいなのか、ずっと向けていたクロへの視線がようやく外れている。


 もう大丈夫そうかなと考えながらクロを見ると、彼は少しだけ目を細めて静かに成り行きを観察しているようだった。



 母のところへ行って説明しようと思っていたけれど、このまま二人を残して離れるのは心配に思えてきて……。


 母を呼んできてほしいと頼みながら父の体を押して、少し不憫(ふびん)かなとは思ったものの強制的に部屋の外へと出ていってもらった。




 そうして、それから数分も経たないうちに母が部屋へと入ってきた。


 母が来た代わりに父が戻ってこないのは店が忙しいからだろう。このくらいの時間でも忙しいのは珍しい。祝日効果はやっぱり凄い。



「あら、可愛い魔族さんね」



 なんて言いながら笑う母は……父から聞いたからかもしれないけれど、実際に私とクロを見ても全く驚いていないように見えた。


 むしろ、愛狼のレッタを見るような穏やかな眼差しである。


 さすが母。何事にも動じないのはこの状況でもそうらしい。そんな母だからクロを連れて帰るという選択が出来たのだと思う。



「お父さんから聞いた?」


「ええ。聞いたわよ。でもカルムったらすっかり混乱しているみたいで、何を言っているのよく分からなかったのよね」


「あー、そっか。やっぱりそうだよね。だからお母さんに話そうと思っていたんだけど、お父さんに先に見られたから……」



 そう言って私が笑うと母も笑ったけれど……そのあとすぐに真剣な表情を浮かべた。


 母がこの表情を浮かべたときは、嘘や冗談は言わないほうが良いと理解しているので少しだけ緊張する。



「ようするに、その子を家で暮らさせてほしいということなのよね?」


「うん。大丈夫かな?」


「いいわよ。でもちゃんと分かっているのよね? 動物と暮らすのとは全く違うのよ? 使い魔と言い訳ができる魔物でもなくて、魔族と一緒にいるということは……今以上に色々と言われることにもなるわよ」



 クロが暮らすことをあっさりと認めてくれたものの、母は釘を刺すように……(さと)すように言った。



「それに、その子が何かしたときは、あなたが責任をとることにもなるかもしれない」



 確かにその通りではある。正直、母が言うその正論をしっかりと考えていたわけではない。


 私は興味と好奇心といった感情と、放っておけないと思ったことが動機で……。


 今はクロも家で暮らすことに利点(りてん)があるから私の提案に(うなず)いたけれど、それはずっとだと決まっているわけではなくて……もしかしたらすぐにかいずれ出ていくかもしれないから深く考えていなかった。



 でも魔族と一緒にいるという普通ではないことをすると、周りから何と言われるのかということは嫌というほど分かっている。むしろ、それでも良いとさえ思っていた。


 何か言われるのは魔法を扱えないことと同じく……魔族にも良い魔族はいて、一緒にいられることもあるのだと思ってもらえるように行動するだけだ。



 責任に関しても、まだはっきりとクロを理解しているわけではないので何とも言えないけれど……私や父と母を襲っていない彼が他の人間を襲うとは思えない。


 だから大丈夫だと思うのだ。


 クロと一緒にいることで何かが変わるかもしれないという期待もおぼえてしまっているし、今更自分の言った言葉をまげるつもりもなかった。



「お母さん。分かっているから大丈夫だよ」



 私が力強く(うなず)くと、母はそれなら良いのだと安心したように微笑んだ。


 これで何の問題もなくクロはここで暮らすことができる。母が認めてくれたことに予想していたよりも嬉しい気持ちを(いだ)きながらクロを見ると、どうしたのか居心地が悪そうだった。



「俺が軽率だったせいで……困らせてすまない」



 クロは私が声をかけるより先にそう言ったあと、軽く頭を下げるような動作をした。


 私も驚いたけれど、これには母も驚いたようで……。目の前にいるものが何かを確かめるように(まばた)きを繰り返している。


 そして数秒後すうびょうごには、表情を緩めておかしそうに笑った。



「あら、大丈夫よ。エルのことだから、もしあなたが断っていても諦めずにいつか連れて来ていたと思うから」



 それはフォローになっているのだろうか……。


 (うった)えるように複雑な表情を浮かべて母を見つめたけれど、こちらを見ることもなく無視された。



「それにしても、襲うこともなく会話してくれたり謝ってくれる魔族がいるなんて……人間の常識もあてにならないわねぇ」


「そうだよね。私も最初はびっくりした」



 そんな呑気な会話をしていると……クロが私と母を交互に見て「母親譲りか」と真剣な声色で呟いたので笑ってしまった。



「これからよろしくね。クロくん」


「ああ。すまないが世話になる」


「クロと一緒に過ごせるなんて、これから楽しくなりそう」


「あら、エルったらもうクロくんのことが好きなのね」



 その母の言葉に私は笑って(うなず)き、クロは何とも言えない表情で黙っていた。



「カルムには私から言っておくわね」


「ありがとう」


「もし周りに何か言われたら使い魔だと言い通しなさい。そうしたら急にクロくんが攻撃されるなんてことはないと思うから」


「使い魔……。クロをそう表現するのは何だか嫌だなぁ」


「それで穏便にすむことがあるのなら俺は構わない」



 魔族は……強い魔族はとくに魔族としての自尊心じそんしんが強いと言われているけれど……。


 使い魔という言葉を使われても気を悪くすることもないなんて……やっぱりクロは、魔族という呼び名が不釣り合いなほどに寛容だと感じる。


 でも、私が嫌だからできるだけその言葉は利用しないようにしよう。



「ところでクロくんはご飯は何でも食べられるの?」


「うん。私たちと同じもので大丈夫だよね?」


「ああ」


「それなら腕によりをかけて作るように言っておくわね」



 そう言ったあと、母は部屋から出て行った。


 心配性の母が魔族であるクロと私を二人残して立ち去ったということは、母もクロのことを大丈夫だと判断したのだろう。


 そのことを嬉しく感じて……。確かに母の言う通り、私はもうすでにクロのことを好ましく思っているのだと気付いた。



 魔法のことで色々あったから人間不信とまではいかないけれど、誰かのことをこんなにも早く好感をもてるなんて……。


 それもそれが魔族のクロに対してなのだから、私はやっぱり変わっているのかもしれない。




 そんなことを思いながら……それから数時間、クロと私はたわいのない話をしたりしてゆっくり過ごしたあと、父の作った美味しいご飯を部屋で一緒に食べた。


 いつもは店の空いているカウンターで食べていたので不思議な感じはしたけれど……穏やかで楽しい時間だった。



 お風呂も一緒に入りたかったのだけど断固として(こば)まれてしまったので、クロは大きな(おけ)にお湯を(そそ)いだ簡易的なお風呂に入ってもらい……終わった(あと)は世話を焼きたがっていた私に、タオルで()くことと(くし)で毛を整えさせてくれた。


 されるがままながらも目を細めて気持ち良さそうにしていたのが可愛いかったので、またさせてもらうことにしようと思う。



 そして、父が急ぎで買ってきてくれた大きく平べったい柔らかなクッションと、肌触りの良い布団に包まれながら眠るクロの姿もとても可愛いくて……。


 いつか離れるまでは、これから毎日クロと一緒に過ごすことができるのだと思うとなんだか心が踊って……暖かい気持ちで眠ることができた。



 楽しい日であり、おかしな日であり……。


 この日は間違いなく私の人生が変わることになった、運命の日だった。



以下、上記文章内より参照。


登場人物追加情報


〇エルーナ

・父譲りの焦げ茶色の瞳。


〇クロ

・二十二歳。

・声、話し方、雰囲気が落ち着いている。

寛容(かんよう)

・主人公が触ってもされるがまま。

・お風呂に一緒に入ることは拒む。


〇父・カルム

・力強い焦げ茶色の髪と瞳。

・体格が良い。

・強い魔族を前にしても娘を護る優しい父親。

・お店の料理だけではなく主人公のご飯も作っている。

不憫(ふびん)


〇母

・何事にも動じない。

・真剣な表情を浮かべた時は、嘘や冗談が通じない。

・娘のしたいことを否定はしないものの釘は刺す。


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