【出逢い】
広い土地に築かれた豪華な王城と、世界一の魔法育成学校だと言われている誇り高い大きな学校。
そして、その二つの建物を囲み護るように建てられている多くの建物(お店や家)。
世界で最も人口が多いと言われているこの国は、窮屈に思うことはないほど広大であり、豊富な資源と豊かな自然にも囲まれているとても恵まれた国である。
そんな恵まれた国で生きているおかげなのか、それともこの世界で生きているものは皆、精霊の恵みによって魔法を扱えるおかげなのか……。
人間の命を容赦なく奪う魔族や、魔物などの異種族と共存するこの世界でも、比較的には安全に生きていられている私も恵まれているほうなのだろう。
優しい父と母がいて……二人が経営している料理店は景気が良くお金に困ることもなく生活できているし、幼い頃から頑張っていた剣術は女の身ながら学校一だと言われるほどの特技がある。
だから私は恵まれいると、自分ではそう思っている。思っているけれど……。でも両親や仲の良い知人以外の人たちからは、私は恵まれていないのだと言われ続けてきた。
その理由は、私からするとそんなことでと思うことなのだけど、他の人たちからするととんでもなく受け入れ難いらしい。
"生きているものは皆、精霊の恵みによって魔法を扱える"。
その言葉の通り、人間も魔族も魔物でさえも魔法を扱うことができる。それは誰もが皆、魔力を持っているからだ。
そして、その魔力を好み糧として生きている精霊が、人間などから魔力を受け取る代わりに魔法で助けてくれる。
それが魔法を扱える理由で、等価交換による原理である――ようするに魔力を持っているから精霊のおかげで魔法を扱えて……魔力は誰でも生まれつき持っているものなので問題なく、みんなが魔法を扱うことができるということなのだけど……。
私は、生まれてから一度も魔法を扱えない。
魔力がないからなのか、何らかの理由で精霊との等価交換ができていないからなのか……原因はわからない。
どんな理由や原因があるにしても、私は"皆"に当てはまらない。だから、異端で異質で……恵まれていない存在なのだと言われているのだ。
もしかしたら、世界中のどこかには魔法を扱えない人が数人か一人くらいは存在するかもしれない。
最初は両親も含めてそう思っていた人もいた。
だからなのか……魔法が扱えないと分かってすぐの頃は、国も原因や理由を調べたり探したり、何とかしようとしてくれていたと思う。
でも知ることができたのは……どこの国でもそんな前例や例外は、今までなかったのだということだけだった。
前例はなく初めての例外である存在。
この国も、そんな私を異端だと見放したのは仕方がないことではある――とは言っても、やっぱり悲しいことでもあったけれど。
そして私が異端であるという話は少しずつ、でもあっという間に広まっていった。
まだ五歳になったばかりだった幼い私の耳に届くほど知れ渡り……多くの人から好奇な目を向けられ、同情する声や侮辱を含んだ言葉も聞こえてくる日々。
幼くても、自分が普通ではないと思われていることは嫌に思うほど察していた。
みんなが扱える魔法を扱えない。魔力がない。精霊からの恵みをもらえない。
そのことを揶揄してなのか……いつからか、私は異端と言われるだけではなく、精霊から嫌われた無能な子だと言われるようになった。
言われる度に悲しんで怒ってくれる父と、気にしなくて良いと笑って抱き締めてくれる母に、嬉しさと申し訳なさを感じて……。
どうしたらそんなことを言われずにすむのか。どうすれば、そんなことを思われなくなるのか。私は何度も悩み考えて……ある日、決意した。
愛想良く笑顔でいよう――そうしたら、みんなから好かれて言われなくなるだろう。
魔法が扱えなくても強くなろう――そうなれたら、無能だと思われなくなるだろう。
そう信じて努力しようと。
いつか、私は幸せだと胸を張って言える時を夢見て……。
雲一つない天気の良い日のこと。
大人も子供もお腹が空くくらいの時間に、外から入り込んできた眩しく暖かい陽射しと、部屋まで届く賑やかな声で目が覚めた。
父と母のお店であり私の住居でもある料理店【アリビオ】は今日が祝日であることも相まって、朝からとても大盛況なのだろう。
父と母が嬉しそうに働く姿が目に浮かぶ。
緩めにうねった長い髪が邪魔にならないように頭の高い位置で結んだ後、手早く着替えや手洗いなどの朝の準備を終わらせてから店へと続く階段を降りた。
「あら、エル。おはよう」
「おはよー」
階段を降りるとすぐに母と目が合った。
つい見入ってしまう明るい亜麻色の瞳と、瞳の色よりも柔らかく薄い亜麻色の髪。
母の色であり私と同じ髪の色でもあるその亜麻色を見ると、不思議と穏やかな気持ちになれる。
「ちょうど良かった。リリちゃんが来るまで手伝って」
母にそう言われてので、「はーい」と返事をしてからキッチンのほうへと向かう。
「おはよー、お父さん」
「おお、エル。早いな。おはよう」
「うん、賑わっていたから」
カウンター越しにキッチンの中にいる父に声をかけると、いつも通りの優しい笑顔で出迎えてくれて……私も頬を緩ませながらまた口を開いた。
「手伝うね。作るほうが忙しい?」
「こっちは今のところ大丈夫だ。この料理を、隣のご夫婦のところに頼む」
店の入り口近くに座っている夫婦に視線を向けながら言った父の言葉に頷いて、料理を受け取ってから夫婦の元へと向かう。
近付く私に気付いた夫婦に笑顔を浮かべながら「お待たせしました」とテーブルの上に料理を置くと、二人は優しく微笑んだ。
「おはよう、エルーナちゃん。今日も元気そうねぇ」
「おはよー。朝からおじいちゃんとおばあちゃんと会えて嬉しくて」
「あらあらまぁ、可愛いわねぇ。ねぇ、おじぃさん」
「ああ。エルーナはばあさんに似て可愛いからなぁ」
「あらもぅ、おじぃさんったら」
とても仲の良い目の前の二人は、この店の壁と路地を挟んだ隣の家に住んでいることもあって毎日、一日一回は食べに来てくれるおじいちゃんとおばあちゃんで……幼い頃から私を孫のように可愛がってくれる優しい夫婦だ。
ずっとお互いのことが大好きな素敵な夫婦であり、私の理想の夫婦でもある。
「今日の食後のデザートもおばあちゃんが好きそうなものだったから、楽しみにしていてね」
「それは良かったなぁ、ばあさん」
「ええ。とても楽しみねぇ」
うちの店は料理を食べてもらった後、欲しい人にはおまけとして毎日違うデザートを出しているのだけど……。
料理も、そのデザートも楽しみにしてくれている二人は、提供する側の私たちも嬉しい気持ちにさせてくれるお客様でもある。
お客様が喜んでくれると父と母も喜ぶので私も嬉しい。
それから数時間、他のお客様に料理を運んだりお喋りをしたりしていると、この店で働いてくれているリリちゃんことリリーヌが駆け寄ってきた。
「エルさん、すみません。私が遅くなってしまったから」
「ううん、来てくれてありがとう。妹さんの具合は大丈夫?」
「はい。今は落ち着きました。母が見てくれているので大丈夫です」
そう言ってリリーヌは、申し訳なさそうに頭を下げた。
いつも礼儀正しい彼女は、私より三つ歳が下の十五歳で……母親と少し体が弱いらしい妹を支えるために学校へ通いながら働いているのだけど、それを苦に思うことなく頑張ることができる優しい女の子である。
容姿はその彼女の性格をよく表していて……暖かさを感じる栗色の瞳と少し垂れた目尻は優しく、瞳と同じ色の髪は耳より下の位置で二つにしっかりと結ばれている。
「ご迷惑をおかけして申し訳ないです。すぐに準備します」
そう言った後、従業員の休憩室兼荷物置きとして使っている部屋へと向かったリリーヌを見送ってから、私は母の元へと向かう。
「お母さん。リリちゃんが来てくれたよ」
「あら、ありがたいわね。でも妹さんの具合は大丈夫なの?」
「うん。今は落ち着いて、お母さんが見てくれているから大丈夫って」
「そう、良かった。ありがとう。アルくんも来てくれるから、手伝いはもう大丈夫よ」
母の言葉に頷いた。
この店で働いてくれているもう一人の従業員であるアルくんことアルドも来てくれるなら、私は必要ないだろう。
彼女たちは働き者で頼りになるのに、私がいると仕事を奪ってしまうことになる。
「大丈夫なら、ちょっと鍛錬してくるね」
「森へ行くのならレッタを連れて行きなさいね」
「ううん、遅くなる前に帰るから大丈夫だよ」
「そう……それならできるだけ早く帰ってくるのよ? それとおにぎりを作ったから、お昼ご飯に持って行きなさい」
「はーい。ありがとう」
部屋へと戻り、動きやすい服に着替えてから……帯剣するためのベルトをズボンにつけて、柄以外は黒色の鞘におさまった剣を左側に差し込んだ。
そしてタオルと飲み物、それから母にもらった握り飯を入れたリュックを背負う。
服は上下ともにストレッチが効いた黒色のロングTシャツとズボンに、同じく黒色の軽いブーツ。
茶色のリュックとベルト、それと銀色の剣の柄以外は真っ黒ではあるけれど、シンプルで動きやすいので鍛錬する時はいつもこの格好だ。
出かけることはすでに伝えているので、とくに何も言うことなく家を出たのだけど……森へと向かっている途中、心配そうに揺れていた母の瞳を思い出すと同時にある言葉も思い出す。
比較的、安全で平和な国ではあるけれど……外に出る時はいつも心配になるのだと言っていた母の言葉を。
森は街と比べると人が少ないので心配になるのだろう。その上、私は魔法を扱えないのだからなおのこと。
でも剣を振り回すのは学校の鍛錬場か森などの人が少ない場所でと言われていて、祝日は学校も閉まっているので森で鍛錬するしかない。
少し遅くまで鍛錬をしたい時は、念のために鼻が利く狼のレッタを連れて行くのだけど……今日は早めに帰る予定であり、昨日も連れて行ったので今日は自由にさせてあげたいということもあって、私は一人で行くことにした。
それから数十分ほど歩いて……森の中の、いつも鍛錬している場所へと辿り着いた。
いつも休憩する際に愛用させてもらっている大きな切り株の上にリュックを置いて、さっそく鍛錬をするために軽く体を動かす。
それが終わった後、剣が汗で滑らないように黒色の手袋をはめて、帯剣していた剣を鞘とベルトから抜いた。
鞘から抜いた剣が放つ銀色の輝きはとても綺麗で……毎度のことながら見入ってしまう。
「今日は何回振ろう……。とりあえず、五百回かな」
その独り言に自分で頷いた後、私は剣を振り始めた。
真っ直ぐ振り落としたり横に振ったりと……実戦を意識しながら何度も繰り返す。
幼い頃は剣の重さに慣れなくて、すぐに疲れたり腕が動かなくなることもあったけれど、努力の成果は必ず出てくるもので……今では五百回振っても疲れて倒れることも腕が動かなくなることもなくなった。
その代わりに、ずっと剣を握り続けてきた私の手はけして可愛らしいものではない。
手のひらはところどころ硬く傷だらけで……私自身は気にしていないので問題はないけれど、この手を見た時に母が心配と悲しみを含んだ表情を浮かべるので複雑な気持ちではある。
それと少し人と手を繋ぎ辛いとは思う――と言っても今のところ手を繋ぐ相手もいないけれど。
それはさておき。
振った回数が三百回を越えた頃、私は自分が誰かに見られていることに気付いた。
いつから見られていたのかはわからない。それほどその視線は気付きにくいものだったから。
鍛錬の一環としてさりげなく探ることができたら良かったけれど、無意識のうちにこちらを見ているもののほうを見てしまい……目が合ってしまった。
目が合ったことで、私が気付いたことはあちらもわかっているはずだ。
それなのにどうしてなのか……逃げることもなく何もしてこない。むしろ様子を見るようにずっと私を見ているのはどうしてなのだろうか。
そんな状況の中、最初は緊張しながらあちらの行動を警戒していたけれど……しばらく経っても何もないので、剣を振り続けながら色々と考えられるくらいには落ち着いてきた。
それどころか段々と好奇心まで湧いてきて……もう一度、目が合った時に何もしてこなくて逃げることもなかったら話しかけてみよう――なんて、誰かが聞いたら間違いなく怒られるようなことも思ってしまっていた。
そうして剣を振ること、五百回。
振るのをやめて、私はもう一度こちらを見ているもののほうを見る。
そして、また目が合った。
吸い込まれてしまいそうな……綺麗な赤い瞳は、魔族であることの特徴だ。その上、赤よりも深く濃い深紅色のあの瞳は、知性が高く魔力も強い……最も危険な魔族の色だと言われている。
ただ、強く危険な魔族は人型だと言われているのだけど……どう見ても人型ではなく動物型の、魔兎と呼ばれるうさぎに見える。
暗闇を連想させる漆黒の毛色と、瞳の色と同じ色の宝石が埋め込まれた首輪のようなものをつけている可愛いうさぎだ。
可愛いからと油断しているわけではないけれど……。
やっぱり何もしてこない上に、あの瞳からは意思の強さは感じられても、不思議なほど敵意は全く感じられなかった。
ゆっくり一歩ずつ近付いても、とくに何の変化も見られない。
少しだけ離れた位置まで近付いてから立ち止まった私は、話しかけるために口を開いた。
「うさぎさん、こんなところでどうしたの? 私に何か用事かな?」
自分でも驚くほど、フレンドリーな話し方をしてしまったことに戸惑いを感じたけれど……。
「用はないが……巧みな剣さばきが見事で、見ていただけだ」
そんな流暢な言葉が返ってきたので、そのことのほうが驚いた――それと、可愛い姿には不釣り合いだと思えるような低めの声だったことも。
「びっくりした。話すことができるんだね」
「ああ」
「話せるってことはやっぱり知性が高くて強いのかな?」
「強いほうではあるな」
「それなら……強い魔族は危険で人を襲うらしいけど、あなたもそうなの?」
「いや。無意味に襲うつもりはない」
「そっか。良かった」
聞き心地の良い落ち着いた声と、律儀に返答してくれる魔族の様子に……次第に恐怖心というものが薄れていって、好奇心のほうが強くなってくる。
そんな私の考えが伝わったのか、彼は目を少し細めて首を傾げた。
「人間は魔族を恐れているはずだが……逃げもせずにこうも話しかけてくるものなのか?」
「ううん。普通は逃げると思う」
「なら何故、逃げない。お前は警戒心がないのか?」
「うーん、そんなことないよ。目が合った時に襲ってきたら、逃げるか戦うつもりだったから。でも目が合っても、この距離でも襲ってこないから大丈夫かなと思って」
「度胸があるのか呑気なのか……変わった人間だな」
そう言って、彼はまた首を傾げた。
変わっているというのは悪い意味で使われることが多いけれど、彼の言葉は全く嫌な感じを含んでいない。むしろ、私のことを本当に不思議だと思っているのだと伝わってくる。
何だか色々とおかしくて……。
「そうかな? でもあなたも変わった魔族だね」
そう言って笑うと、彼はますます不思議そうにしていたので、私はなおさら笑ってしまった。
「魔族のアホ共からは良く言われるが、人間から言われたのは初めてだ。いや……人間と話すのも、笑う姿を見るのも初めてだったか」
「え、こんなに話してくれているのに?」
「会うことが少ないからな」
「確かにそうだね。私も魔物は見た事あるけど、魔族と会ったのは初めて」
「そうか。運が良かったんだな。今後、魔族と会った時はすぐに逃げたほうがいい。今のあいつらは躊躇いもなく、同族も人間も殺すからな」
そう言った彼の真剣な眼差しに嘘はない。
きっとその通りなのだろう。魔族の彼も言うのだから、学校で習う魔族の危険性についての話は正しい。
ただ彼が他の魔族と少し違うだけ……。初めて会った魔族……それも強い魔族が人間を襲わない魔族である確率はかなり低いはずだ。
そして、普通に会話ができるなんてことも、普通ではありえないのだろう。
普通ではなく異端だと言われる私が、普通ではなさそうな魔族と会うなんて……本当に可笑しな話だと思った。
以下、上記文章内から参照
登場人物の詳細
○エルーナ
・十八歳。
・両親が、料理店【アリビオ】を経営している。
・緩めにうねった長い髪。色は母譲りの柔らかく薄い亜麻色。
・魔法を扱えない。
・剣の腕は学校一と言われている。
○リリーヌ
・十五歳。
・栗色の瞳で、少し垂れ目。
・栗色の髪を二つに結んでいる。
・母と妹を支えている働き者の礼儀正しい少女。
○魔兎の姿をしている魔族
・深紅の瞳と、漆黒の毛色。
・瞳の色と同じ色の宝石が埋め込まれた首輪をつけている。
・流暢な言葉を話す。
・聞き心地の良い落ち着いた、低めの声。