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書き下ろし  作者: アマノヤワラ
2/2

名持ちのゴブリン〜骨ピとウンラロ、と魔女〜

≈≈≈


名持ちのゴブリンの『骨ピ』と『ウンラロ』と、あと『魔女』の冒険話です。


常識とはなにか、がテーマです。


≈≈≈


≈≈≈


 【プロローグ】


…人類種族別の形質的な特徴を考えた場合、【ゴブリン】ほど(まれ)な人類はいない。


まず彼らは『一生伸び続ける上顎(うわあご)下顎(したあご)の犬歯』を持っている。それ故に常に硬いものを(かじ)り続けていなければ、伸びすぎた歯によって自らの(あご)の骨が外れてしまう、という定めを生まれつき持っている。

【ゴブリン】の、この種族的特徴は彼らが生来、自然界にあまねく存在する『魔素』への感受性が高く、肉体の許容量をはるかに超えて無意識的に体内に魔素を取り込んでしまう体質であるから、と考えられる。

彼らはその出っ張った『犬歯』故に、会話の際に『歯擦音(しさつおん)』と『ギャギャ』という独特の発音を組み合わせてお互いの意思疎通を行う。この『話し方』は(れっき)とした彼ら固有の文化であり、他の種族からなんら避難されるべき筋合いのものでもない。

しかし、歴史的にはこのゴブリンの歯の特徴からくる独特の話し方が他の人類種族の側から、ゴブリンをして『未開種族』のレッテルを()られることとなり、ゴブリンに対する数々の誤解を生む原因となっているようなのだ。

      オークの生物学者 ポルコ・マイアの論文

     『人類各種族の歯の特徴と話し方』より抜粋




To Be Continued.⇒【1】

≈≈≈


 【1】


(しゃべ)る生き物(ども)の中で最も弱い生き物すなわち人間たちが、後に『クッコロ洞窟』と呼ぶようになる大きな深い穴の中に『洞窟のゴブリン』たちの集落が存在した。


彼らはその小さな体躯(たいく)故に、あるいは小さな肉体にそぐわぬ大いなる勇気の持ち主であるが故に、往々(おうおう)にしてその人生は太く短い。事実ほとんどのゴブリンたちは天寿(てんじゅ)を全うすることなく死んでしまう。


その死亡原因は様々である。

病気や災害以外でも、別の氏族同士での喧嘩(ケンカ)や、イノシシで移動中の交通事故や、彼らの食料調達方法であり独自の文化でもある『たまご泥棒』の最中にヒクイドリの(くちばし)に目を突かれて死んでしまうという者も多い。


ここに、一人のゴブリンの勇者がいる。


自他ともに認める『たまご泥棒名人』を名乗る猛者(もさ)である。生まれてこの方180ヶ月、洞窟の外での『たまご泥棒遠征』でヒクイドリのたまごを奪えなかったことなど一度もないし、また遠征で手傷(てきず)を負ったことさえない。


生来の身軽さ、ゴブリンとしては珍しい細長い手足を利用した速く走る技術、そして紐付き分銅(ボーラ)や焼け石などの道具を使う知恵。その全てが彼をして仲間のゴブリンたちから『たまご泥棒名人』と呼ばれる由縁(ゆえん)となっている。

この呼び名は、エルフに例えるならば『導師』、ドワーフに例えるならば『マイスター』、オークに例えるならば『戦士長』、人間に例えるならば『英雄』に等しい呼ばれ方であると考えて良い。


そのゴブリンは、親からは【寒い時期の3回目の赤い満月の晩に生まれた息子】と呼ばれている。彼の他の兄弟たちも同様に長い呼ばれ方をする。

なぜこんなにも長い名前が必要になるのかは、ゴブリンたちにしかわかるまい。


(しゃべ)る生き物(ども)の中で最も弱い生き物すなわち人間たちは、個人に与えられた『長い名前』というものをあまり好まないフシがある。それはまるで『相手の長い名前を呼ぶことで自らの寿命をその分(けず)られるような』、一種病的な彼らの妄想(もうそう)()すところであろう。


…ともあれ、種族的な文化の違いに寛容(かんよう)な彼ら【ゴブリン】は、その長過ぎる名前を呼ぶのが(わずら)わしいが故に、時に彼らの『友人』から別の名をもらうことがある。


【寒い時期の3回目の赤い満月の晩に生まれた息子】、長じてよりは『たまご泥棒名人』を名乗るゴブリンもまた、彼の『友人』からもらった大切な名前がある。


その名前は……




To Be Continued.⇒【2】

≈≈≈


 【2】


「おい、そこの【骨ピ】!おまえヒマだろ?」


その『魔女』は、洞窟の中を歩いていた【寒い時期の3回目の赤い満月の晩に生まれた息子】こと、『たまご泥棒名人』のゴブリンに呼びかけた。

『たまご泥棒名人』は、仲間たちからその名誉を(たた)えて(おく)られた『ヒクイドリの足の骨』を削って作ったピアスを両耳につけていた。

しかし、今呼ばれた『骨ピ』というのが自分のことかどうか(さだ)かではないので、『たまご泥棒名人』は魔女の方を見ながら自分で自分を指さした。


「そうだよ、おまえだよ。おまえしないねえだろ」


魔女はたまたま今日は機嫌(きげん)が悪いらしい。この魔女は、たまにこうなるのだ。おそらくは魔女が、(しゃべ)る生き物(ども)の中で最も弱い生き物すなわち人間たちと、あまりにも深く関わりすぎているためではないか、と『たまご泥棒名人』はそう分析している。


「ヒマデハナイ。ソレニ、オレタマゴドロボウメイジン。『オマエ』チガウ」


『たまご泥棒名人』は魔女にもわかる言葉で返事をした。魔女にはゴブリンの言葉は難しすぎる、との彼なりの配慮(はいりょ)からだ。

魔女は、『たまご泥棒名人』が魔女と同じ言葉を口にしたのに、驚いたような少し感心したような顔をした。


「…これは失礼。では『たまご泥棒名人』殿。一つ貴方(あなた)にお願いしたい」


突然真剣かつ慇懃(いんぎん)な態度で、魔女が『たまご泥棒名人』に話しかけ始めた。『たまご泥棒名人』はこういう話し方が好きではない。

言葉というのは本心を隠すための道具ではない、というのが勇者である『たまご泥棒名人』の哲学(てつがく)である。


「フツウにハナセ、『マジョ』ヨ」

「わかった。…私のことは『サキ』とでも呼ぶがいい。私は貴方のことは【骨ピ】と呼ぶことにする」


魔女は自分のことも他人のことも、できるだけ『短く』名前を呼びたいようだ。こういう(やから)は特に【人間】に多い。『時間』という不確かな概念に(とら)われた愚かな慣習だ、と『たまご泥棒名人』改め骨ピは思う。相手への敬意の現れでもなく、自分の呼びたい名前をただ相手に押し付けているだけというのもよろしくない。

しかし、それを『魔女』に説くのは無益(むえき)であろう。


己の好きなように生き、己以外の何者にも(しば)られぬがゆえに『魔女』なのだから……


「スキニヨベ…」


フン…と骨ピは緑色の長い鼻を鳴らし、呆れた…という態度を取ったが魔女の方は気にしていない。


「たまごを取ってきてほしいのよ。しかもできるだけ沢山っ」

「タマゴ?」

「そう。たぁ〜くさんっ!」


魔女は己の手を大きく広げ、『できるだけ多く』ということを骨ピに示してみせた。ゴブリンの体躯(たいく)は他の人類種族…例えばドワーフよりも小兵(こひょう)である。時にゴブリンは他種族の者から子どもであるが(ごと)く扱われ、故にこのような仕草(ジェスチャー)をされることは多い。

しかし、いちいちそれに目くじら立てるほど骨ピは子供ではなかった。


「タマゴ、ナニツカウ?」


そんなにたくさんのたまごを、この魔女が一人で喰すとは思えない。

魔女はその肉体的な特徴からしてゴブリンでも人間でもない。おそらくは【エルフ】だろう。身長は高いが、その四肢は細く頼りない。胴回りも折れそうなほど細い。


「みんなに振る舞うのよ。集会の夜にね」


魔女は骨ピに対して片目をつぶって見せた。

たしか、『ウィンク』と呼ばれる好意的仕草(ジェスチャー)だと骨ピは記憶していた。

それにこの魔女は毎月人間(ども)を集めて、ゴブリンが『魔女の(うたげ)』と呼ぶ集会を開くことも。


(なるほど、その準備が終わっていないのだな。それで気が立って最初、俺に(けん)のある話しかけ方をしていたのか。…目の下に(くま)を作っているわけだ)


口には出さずに骨ピは心の中だけで思った。

他人を(もてな)すための集会の準備のために別の他人に(けわ)しい態度を取るとは、霊長にして超然たる【エルフ】らしくもない。

…もしかしたら、この魔女はエルフに近い見た目をした【人間】なのかも。と骨ピは思った。考えてみれば、褐色(かっしょく)の肌と紫色の瞳を持つエルフなど、骨ピは聞いたことがない。


「…テツダウ、イイ。デモ、『ナカマ』イル。スグデキナイ」


骨ピの仲間たちは『たまご泥棒』の遠征に出かけている最中である。

名人たる骨ピは、一人で遠征に(おもむ)き成果を引っさげて遠征からとっくに帰ってきているが、仲間たちはまだ帰っていない。たくさんのたまごを持ち帰るならば、【荷車(にぐるま)】を()く仲間が必要だ。


「大丈夫っ!二人もいれば!」


ウィロー(ヤナギ)のように細い体を持つ魔女は言った。…この魔女はなにを言っている?


「いいから早く準備して!報酬(ほうしゅう)は『赤い石一個』でいい?」


なんと、この魔女は『たまご』の報酬に『赤い石一個』で支払うらしい。それなら願ったりだ。

コクン、と骨ピは(うなず)く。


「そんじゃ準備ができたらココ集合ね!じゃ用意、スタート!」


そういうと魔女は全速力で自分のねぐらに帰っていった。短い距離を走るなら、洞窟のゴブリン最速を誇る骨ピよりも速いかもしれない。


(なかなかやる。…しかし本当に(せわ)しないやつだな。『急いては事を仕損じる』は人間の言葉ではなかったか?)


心の中で思った骨ピは、『たまご泥棒』の準備のためにゆっくりと歩いて自宅へ向かった。




To Be Continued.⇒【3】

≈≈≈


 【3】


「……遅かったじゃない。何してたのよ?」


魔女は遅れてきた骨ピに機嫌悪そうに言った。魔女の準備は自分のねぐらから持ってきた小さな袋【ポシェット】ひとつだけだ。

…これならば何も持たないのと変わらない。


対して、『たまご泥棒名人』こと骨ピの方は、見るからに大荷物である。しかも、【荷車】を()く仲間が一人と、勝手に家から着いてきた骨ピの5人の子供たちも一緒にいる。

子供たちの一人が魔女の体にじゃれつくのを魔女は片手で引き剥がし、ゆっくりと地面に下ろしながら骨ピに(たず)ねた。


「…貴方まさか、子供一緒に連れてく気?」


…やはり、魔女の思考は分からない。

子供など危険な『たまご泥棒』の現場に連れていける訳がないではないか。たまご泥棒は遊びではないのだ。


「コドモ、ツレテイカナイ。ソレヨリモ、オマエ『ニモツ』スクナスギ」


骨ピは魔女に対して呆れて言った。骨ピの子供たちも、スクナスギー!スクナナスギギー!と魔女を(はや)し立てる。


(やはり、『魔女』などと言ってみたところで『たまご泥棒』に関しては素人、という訳だ…)


骨ピは声に出さず、心の中だけでそう思った。侮辱(ぶじょく)の意思があってのことではない。巨大な【ヒクイドリ】からたまごを盗むことができるのは、人類種族多しと()えども【ゴブリン】だけである。むしろ『知らなくて当然』という気持ちが強い。しかし『子供を連れて行くのか?』とは思わず常識を疑う言葉だった。


骨ピが小一時間かけて準備したものは、

1.ゴブリンのナタ。

2.木の繊維で作られた長い(ロープ)

3.革紐(かわひも)を編み込んだ丈夫な(ロープ)

4.先端に輪っかの付いた大きな鉄の(くい)10本。

5.紐付き分銅(ボーラ)用の輪っか型の鉄分銅(てつふんどう)6個。

6.木でできた大きな荷車。

7.それを()く仲間一人。

最低でも、これだけは(そろ)えなければ『準備をした』とは言えない。『たまご泥棒は準備が九割』とは昔からのゴブリンの格言(かくげん)である。


「そんなに荷物要らないわよ。それにこれから行く場所に【荷車】は持っていけないのよね」


魔女は骨ピの荷物を見て呆れたように言った。

魔女の言葉を聞いて、骨ピは思わず目を丸くする。


「バショ?オマエ『カリバ』アルノカ?」


これは意外な事実だ。自分の『狩り場』があるということは、この魔女は『たまご泥棒』の経験があるということになる。…これは、自分(骨ピ)の方が相手に対して礼を(しっ)してしまったようだ。


「あるわよ〜。大きいのが!だから、荷物はさっさと片付けて来なさい」


これは骨ピの方が一本取られたらしい。

ともすれば骨ピは、この魔女に『たまご泥棒』のなんたるかを教える気でいた。どうやら余計なお世話だったらしい。

骨ピは素直に反省して荷物を戻しにまた家に戻る(むね)を魔女に()げて、スマナイ…と頭を下げたのだった。骨ピは勇者とはいえ、他者への(れい)(わきま)えている。




To Be Continued.⇒【4】

≈≈≈


 【4】


「わ…私も、つ…連れて、い…行け、た…『たまご泥棒名人』、よ」


骨ピが荷物を片付けている時、一緒に片付けを手伝ってくれていた仲間の男が骨ピに申し出た。骨ピが荷車を()くことを依頼した骨ピの仲間だ。

彼は吃音(きつおん)のゴブリンである。ゴブリンの中にも(まれ)にこういう話し方の者が生まれる。しかしゴブリンは元々、言葉をただ伝えるよりも『感情を伝える』ことに重きを置いている。こうした個別の話し方の特徴の違いは、ゴブリンたちにとってなんら問題ではないのだ。

何をどう語るか、ではない。ゴブリンにとって大事なのはその者が『何を()すか』である。


「…ふむ」


骨ピはしばしの間、仲間の男の顔を見ながら熟考(じゅっこう)する。

この仲間の男が、自分の両親から与えられた名は【(まれ)なるうるわしき宝物】という。しかし、男のその夢想的な性格が災いして、仲間内のゴブリンからは『愚かなゴブリン』という蔑称(べっしょう)で呼ばれている。

彼は「星の位置が変わるのは自分たちの『台座』である大地が動くため」などと言って、しょっちゅう仲間のゴブリンたちから失笑される。骨ピは笑わない。大地は普通動かないものだが、かと言って積極的に愚かなゴブリンの言うことを否定する根拠もまた彼は持たないからだ。

むしろ骨ピはその経験則(けいけんそく)によって、愚かなゴブリンの言うことは正しい…と感じることさえある。


問題はこの男がゴブリン特有の『勇気』の変わりに、なにか別のものを持って生まれたということだ。この男は、ヒクイドリのたまごを盗むよりも、イノシシに乗るよりも、他の氏族との血()き肉(おど)喧嘩(ケンカ)よりも、『火はなぜ燃えるのか』とか『水はなぜ形を持たず流れ混ざりそして消えるのか』とか言った『考えても意味のない』ことばかりを考えている。こういった者はゴブリンには非常に(まれ)である。

果たして、この男を荷物()きではなく『たまご泥棒』に連れて行ってもいいものか?


「た…頼む。は…母に、え…栄養の、あ…あるものを、た…食べさせて、や…やりたいのだ」


真剣な表情で愚かなゴブリンは骨ピに言った。

彼は『優しいゴブリン』でもあるのだ。


「分かった。『優しいゴブリン』よ。ただし俺の言うことに(したが)って動いてもらう」


骨ピの言葉に優しいゴブリンは大きく(うなず)いた。




To Be Continued.⇒【5】

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 【5】


「その人も連れてくの?」

「アア、ツレテク」

「ヨ、ヨロシク…オ、オネガシマス。…オ、オセワニナナリマス…マ【マレナル、ウ、ウルワシキ、タ、タカラモノ】デス…」


優しいゴブリンの話し方を聞いて、魔女の態度が変わった。優しいゴブリンは、“どもり”はするものの、骨ピよりもしっかりとした文法(ぶんぽう)で魔女に話しかけている。


「…私は知恵あるものを歓迎(かんげい)する。そうね、貴方のことは『ウンラロ』と呼ばせてもらう。私のことはサキと呼びなさい」


魔女は優しいゴブリンにも、骨ピと同じく名前を付けた。『ウンラロ』と呼ばれたゴブリンは新しい名が気に入ったらしい。ウンラロ…ワ、ワタシ…ハ…ウンラロ…と何度も繰り返している。


「じゃ、今度こそ行くわよ!着いてきなさいっ!」


そう言った魔女は二人のゴブリンの先に立ち、洞窟の出口とは逆の方に向かって歩き出した。

洞窟の『()()()()』と足早(あしばや)に向かう魔女の後ろ姿を見て、お互い目を見合わせた骨ピとウンラロは、同じタイミングで肩を(すく)めたあと、魔女を追って歩き出した。




To Be Continued.⇒【6】

≈≈≈


 【6】



魔女はさらに、洞窟の()()()()とずんずん進んでいく。骨ピとウンラロは大股で後を追う。魔女とゴブリンたちとでは歩幅が違うためだ。

ほとんどのゴブリンは生来せっかちか、もしくは呆れるほどの気長かのだいたいどちらかである。骨ピとウンラロは両方とも後者の方だった。だから、黙って魔女に着いていく。この場の(おさ)はこの魔女である。

しかし『たまごを盗る』のに洞窟の外ではなく、なぜ『洞窟の奥』へと向かうのか?それは聞いておかなくてはならない。

代表して骨ピが魔女に問いを発しようとした時、


「…さて、と。こっから降りるわよ。滑るから気をつけて」


そう言って魔女は『縦穴(たてあな)』の中へ降りようとする。

常識を疑う行動だ。縦穴の底のそのまた奥は【長虫(ワーム)】の領域である。骨ピとウンラロは(あき)れてものも言えない…


…洞窟の【長虫(ワーム)】。

巨大で長い体と鋭い(きば)がたくさん生えた大きな口を持つ、洞窟の厄介者。むしろ『長い体と大きな口しか持たない生き物』と言ってよく、その見た目は他の生き物に例えると『ミミズ』に似ている。しかし危険度はミミズの数万倍だ。

本能に従って、岩山の地面を深くより深く掘り進めることしかしない単純な生き物であるが故に、進行方向に何があっても大きな口を開けて飲み込み、コナゴナに噛み砕き、ただの『土』として全身から排出するワケの分からない生き物。

地面を掘り進む途中に、集落があろうが鉱山があろうが地下都市があろうが関係なく『固い地面』を本能のままに掘り進む破壊者。その一方で、【長虫(ワーム)】が岩盤(がんばん)を掘った後に残る『洞窟』は洞窟のゴブリンだけではなく、ノームやスプリガンなどの洞窟に住む妖精たちにとって大事な住処(すみか)となる。

洞窟を住処とする者にとっては生活に欠かせない、でも『厄介者(やっかいもの)』。それが洞窟の【長虫(ワーム)】である。



To Be Continued.⇒【7】

≈≈≈


 【7】


「…【ワーム】ノスミカイッテ、ドースル?」


骨ピは魔女に問いかけた。

ただ、なんとなく(さっ)しはついている。


「?最初から言ってるじゃない。たまご()って食べるのよ。本体をつかまえられたら、なおいいわね」

「「エ!?」」


魔女からの返答に対し、思わず骨ピとウンラロは声を(そろ)えた。

長虫(ワーム)】の血肉は不老長生の秘薬の原料になる…と伝えられているが、あくまで伝説にすぎない。ただ地面を掘り進むだけの生き物の血肉に、そんな効能がある訳が無い。しかも【長虫(ワーム)】は大きいものになると、口の大きさはゴブリンの単位で言うと『背丈(せたけ)三人分』、体の長さは『(およ)歩幅(ほはば)100歩分』もあるのだ。(つか)まえられる訳がない。

そもそも【長虫(ワーム)】を見たことがある者など、洞窟を住処(すみか)とする者の中でも非常に(まれ)である。骨ピもウンラロも【長虫(ワーム)】の実物を見たことがなく、ただ伝説で語られる姿と【長虫(ワーム)】の残していった螺旋状に()り貫かれた洞窟の穴を見て、その姿を想像することしかできない。数々の状況証拠によって実在は確認されているが誰も見たことがない、いわば『幻の生き物』と言ってよい。

そんなものを、どうやって見つけて『たまご』を手に入れるというのだ…



To Be Continued.⇒【8】

≈≈≈


 【8】


『最初から言ってるじゃない。たまご()って食べるのよ。本体をつかまえられたら、なおいいわね』…?


…なにを言っているのだ、この魔女は?

長虫(ワーム)に関わることさえイヤなのに、さらに『たまご』を盗ってくるなど。また、それを『食べる』など…

ましてや『本体を(つか)まえる』など…

しかし、骨ピとウンラロが黙っていたら魔女はどんどん降りていこうとする。骨ピは不機嫌に腕を組み長い鼻を鳴らし、ウンラロはウゥ…としか言えない。その間も、魔女はどんどん下に降りていく。


「ど、どうする?」

「………放っておく訳にもいくまい」

「…し、しかし…お、降りる…し、手段が…な、ない」


ゴブリンの手足は魔女より短いのだ。魔女は降りられても、ゴブリンの二人は降りられない。


「問題ない。コレを使う」


そう言いながら、骨ピが背嚢(はいのう)から取り出したのは長い方のロープである。よく見れば、骨ピは全身にそれとなく便利な道具を仕込んでいるようだ。骨ピはあっという()に鉄の(くい)を硬い石で洞窟の地面に打ち込んだかと思うと、その先に長いロープを結びつけて縦穴(たてあな)の中に落とした。


「…縦穴(たてあな)を降りるなら早く言えばよいものを」


骨ピは怒ったように言った。勇者である彼は【長虫(ワーム)】など恐れない。ただ、仲間になんの相談もなく勝手に行動する魔女の無計画さに腹を立てているのだ。

そして、骨ピとウンラロの二人は、長いロープを伝い魔女を追って縦穴(たてあな)の奥へと降りていった。



To Be Continued.⇒【9】

≈≈≈


 【9】


縦穴(たてあな)の底にたどり着いた三人は、さらに横穴を奥へ奥へと進み、とうとう【長虫(ワーム)】の領域へと足を踏み入れた。骨ピとウンラロにも緊張が走る。いつ自分たちの足元や壁や天井から【長虫(ワーム)】が飛び出してきてもおかしくはない。


しかし魔女は気楽に、


「そんな緊張しなくてもまだ大丈夫!でも、念の為コレ()っといて」


そう言いながら、魔女は小さな(びん)を骨ピとウンラロに手渡した。これは?と二人が聞くと、


「【長虫(ワーム)】の体液(たいえき)よ。コレ()っとけば襲われない…かもね」


そんな曖昧(あいまい)なことを、魔女は恥ずかしげもなく言った。やはり、この魔女には常識がない。曖昧なことは、時に何もやらないよりも危ういのに。

しかも【長虫(ワーム)】の体液というのも胡散(うさん)臭い。誰がどうやって手に入れたと言うのだ…

しかし、『サーディン(イワシ)の頭でも時には(やく)に立つ』という人間のことわざを思い出し、骨ピとウンラロはいそいそともらった液体を体に()りつけた。



To Be Continued.⇒【10】

≈≈≈


 【10】


「…は〜い、ちょっとここからは二人共お静かに…」


魔女がらしくもなく、小声で骨ピとウンラロの二人に声をかけた。体勢を深く沈め、魔女の後方を歩いて着いていく二人を黒い長手袋をした手で制する。

この先はいくつもの小さな『穴』が壁や床や天井に空いている。ここが『危険地帯』であることは、二人のゴブリンにも容易(ようい)に想像できた。


「…【長虫(ワーム)】は『音と振動』に敏感(びんかん)だから、…ふたりとも音立てないでね…」


()()()…と()()()()()()()()()()()()()()、魔女はウィンクする。骨ピもウンラロも初めて見る仕草(ジェスチャー)だが、魔女の言葉の流れから(さっ)しておそらくは『静かに』の意であろう。骨ピもウンラロも、黙ったまま魔女に首肯(しゅこう)する。


すると魔女は、【ポシェット】の中から【太鼓(たいこ)】を取り出し、コホンと一回(せき)をしたあとで、


「あ〜あ、あ〜!…ああ〜あ、あ〜!!」


と、不思議な節回(ふしまわ)しの『歌』を歌い始めた。

びっくりして、骨ピとウンラロは思わず固まってしまう。


…ザリザリザリ…ッ!という音とともに、洞窟の壁の『穴』から一斉に【長虫(ワーム)】がその鎌首(かまくび)をもたげ()でた。退化した目の代わりに発達した感覚器官であり捕食器官(ほしょくきかん)でもある『(きば)』を気味悪くガチガチと鳴らしながら『フシュゥウー…!』と生臭い息を吐く。

骨ピとウンラロは動くことさえできない。


「さ!奴らが穴から出てる間に穴から『たまご』()ってきて!」


一気に言ったあとで、また魔女は『あ〜あ、あ〜!』と歌いだした。どうやら、この歌をやめた途端(とたん)に【長虫(ワーム)(ども)一斉(いっせい)に襲いかかって来るらしい。魔女はらしくもなく真剣な表情で太鼓を叩き歌を歌っている。

なぜそんな大事なことを、前もって仲間に教えておかないのだ?

…やはり、魔女には常識がない。



To Be Continued.⇒【11】

≈≈≈


 【11】


「…結構たくさん()れたわねっ!初めてにしては上出来だわ!」


魔女は両手に抱えた【長虫(ワーム)】の『たまご』を見ながら機嫌よく言った。二人のゴブリンも革のロープで編んだ【(あみ)】の中にたくさんの『たまご』を抱えている。

意気揚々と帰り道を歩く魔女と打って違って、二人のゴブリンは憔悴(しょうすい)しきっている。

…まさか、【長虫(ワーム)】の巣穴に入り『たまご泥棒』をする日が来ようとは…


「あんた達が居てくれて助かったわ。太鼓(たいこ)叩いてる間は、他に何もできなくなっちゃうから…」


…だから、魔女はこの『たまご泥棒』に仲間を必要としていたのか。と骨ピは心の中だけで思う。…ならば最初からそう言えばいいのに。


「…“【長虫(ワーム)】の巣に『たまご』を採りに行く”なんて言ったら、みんな怖がっちゃってね。まったく意気地(いくじ)が無いったら…」


魔女はそう言って嘆息(たんそく)した。“みんな”というのは、この魔女の『集会』に集まる(しゃべ)る生き物(ども)の中で最も弱い生き物すなわち人間たちのことであろう。無理もない。勇気あるゴブリンにさえそれは難しいことなのだから。

…だからこの魔女は最初不機嫌だったのだな、と骨ピは心の中だけで思った。


「だから、あんた達が来てくれて助かったわ」


…実際いくら魔女でもなかなか一人では生きられないもんなのよ…と、魔女は前を向き歩きながら小声で言った。『魔女』の口からそう言われると真実味がある。


フム…と骨ピは考え込む。案外(あんがい)この男はゴブリンには珍しく『悩む』タイプである。しかし、その『悩み』は全く前向きなものだ。骨ピは考えていた。


(…俺は、たまご泥棒名人などと仲間に呼ばれて浮かれていたのだ。世の中には俺の知らないこんな『たまご泥棒』のやり方もあるのだな。自分以外の『他者(たしゃ)()すことを学ぶ』のは全くためになる…)


骨ピは心の中だけでそう思った。(となり)を見るとウンラロも何やら思案(しあん)げな顔をしている。(もっと)も、この男はいつでも思案げな顔をしているが。


「さあ、帰って集会の準備よ!…勿論(もちろん)手伝ってくれるわよね?二人共…」


魔女は二人のゴブリンに流し目を送る。『赤い石一個』では割りに合わないな…と、骨ピは心の中だけで思った。



To Be Continued.⇒【12】

≈≈≈


 【12】


その()も、名持ちのゴブリン『骨ピ』と『ウンラロ』、と魔女は何度も連れ立っていくつもの冒険に出かけた。時には彼らの洞窟を飛び出し三人で別の国に出かけることもあった。洞窟以外のゴブリンの国、鉱山のドワーフの国、草原のオークの国、そして、いと高きエルフの国…

すべての冒険が三人にとって、とても学び多く豊かな出会いに満ちたものだった。…ただし『人間の国』だけは、少しトラブルに巻き込まれたけれども。


『骨ピ』は、その(のち)、洞窟のゴブリンの各氏族をまとめ上げる偉大(いだい)な首長となった。彼が首長となったことで、それまで争っていた洞窟のゴブリン各氏族は喧嘩(けんか)をやめ、お互いのやり方を認め合い、お互いの持ち物を持ち合って生きるようになったという。洞窟ゴブリンのこの種族的な変化は、彼らの中に『勇気』以外にも多くの新しい価値観を生むこととなった。これは洞窟のゴブリンにとっては偉大な進歩である。多くの場合、彼らは『勇気』の使い所を間違え、そのために命を落とすことが往々(おうおう)にしてあったのだから。

『骨ピ』の功績(こうせき)のおかげで、ゴブリンたちはどんどん数を増やし、なかには洞窟の外に集落を作ってそこで暮らす者さえ現れるようになった。彼らは“山守(やまもり)のゴブリン”や“森守(もりもり)のゴブリン”や“(わた)(もり)のゴブリン”と呼ばれ、中には人間やドワーフと一緒に生活し、“(まち)のゴブリン”となった者さえあるという。

また、『骨ピ』とその妻はいつまでも仲睦(なかむつ)まじく、二人は合計14人の子供をもうけた。これはゴブリンとしても子だくさんな方である。もちろん(みんな)長い名前を持っていて、彼の子供や孫の何人かは魔女とウンラロが名付け親である。


『ウンラロ』は、その()学者になり、自らの経験をまとめた書物を生涯(しょうがい)にわたって作り続けた。

彼の書いたものは読みやすく、面白く、ためになり、洞窟ゴブリンたちへの大陸共通語の普及(ふきゅう)に一役買うことになる。また彼の生来の特徴である吃音(きつおん)も文字に書くならば、ゴブリンであれ異種族であれ、他者との関わりをなんら阻害(そがい)することはない。むしろ、彼と同じ吃音の特徴を持つ多くの洞窟のゴブリンたちに新たな道を指し示すこととなり、その功績を(たた)えて洞窟ゴブリンたちから『賢きゴブリン』の尊称(そんしょう)を以て呼ばれるようになったという。

彼の書いた書物は洞窟のゴブリンだけではなく他の種族、たとえばドワーフや人間の子供たちにも愛されるようになった。『ウンラロ・サビオ((まれ)(かしこ)き者)』の名は、ゴブリン以外の他の種族の間で最も名の通ったゴブリンとして知られるようになった。一躍(いちやく)有名人となった彼のもとには毎日のようにたまごが届くようになり、そのおかげで病気がちだった彼の母親もすっかり元気になったという。


『魔女』は、…相変わらずの魔女である。

洞窟の中で色々と(さわ)ぎを起こしつつ、何も変わらず気ままに今も生きている。

己の好きなように生き、己以外の何者にも(しば)られぬがゆえに『魔女』なのだから……



To Be Continued.⇒【エピローグ】

≈≈≈



 【エピローグ】


「…という『お(はなし)』じゃ…」


パイプのけむりを(くゆ)らせ、揺り椅子(いす)に揺られながら、老いた『骨ピ』こと【偉大なる洞窟ゴブリンの首長(しゅちょう)】は孫や近所の子どもたちに、自分の思い出話を聞かせた。孫たちも近所の子どもたちも、(みな)目をキラキラさせながら【偉大なる洞窟ゴブリンの首長】の冒険話に耳を(かたむ)けている。

そんな子どもたちの様子に、【偉大なる洞窟ゴブリンの首長】もまた目を細める。…子どもは国の(たから)だ。国が立派でも子どもがいなくなれば、やがて国は(ほろ)ぶのだ。【偉大なる洞窟ゴブリンの首長】は、経験によりそれを()っている。その250年の生涯の中で、いくつもの偉大なる『人間の国』が(ほろ)(さま)を彼は見てきた。

未来を(にな)う子どもたちに『お(はなし)』を伝えることが、年老いた今の彼にとって最も重要な最後の責務(せきむ)である。


「…その魔女は、手に入れた【長虫(ワーム)】の『たまご』をなにに使ったの、おじいちゃん?」

「なんで魔女は太鼓叩いて『あ〜あ、あ〜!』って、やったの?ねえなんで?」

「…それに、魔女が太鼓叩いてる間にどうやって『たまご泥棒』やったの?」

「【長虫(ワーム)】ってどんな形なの?」

「あと【長虫(ワーム)】の巣の入口は今どこにあるの?」

「ねえ、魔女はなんで色々知ってるの?」


好奇心旺盛(おうせい)な子どもたちは、口々に彼らが疑問に思ったことを、年老いたゴブリンの首長に問いかける。

これが学びの源泉(げんせん)になるのだ。


「それはな…」


()()()…と()()()()()()()()()()()()()()、子どもたちに向けて『骨ピ』は『()()()()』をした。


…この仕草(ジェスチャー)は『楽しい秘密』を意味するものであることは、孫娘はじめ洞窟のゴブリンの子らは、今はみんな“()()”として知っているのだった。




『名持ちのゴブリン〜骨ピとウンラロ、あと魔女〜』


≈≈≈

≈≈≈


読んで頂き有難うございました。


この他にも、

『透明探偵物語』

というものも書きましたので、

宜しければそちらの方も、

よろしくお願いします。


≈≈≈


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