透明探偵物語
岸宮健太郎の幼なじみの女の子、
吉脇紡は、
『キツネさんでチュー』すると…
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「事件よ健太郎!」
紡がいつものように、隣の家から屋根伝いに二階のオレの部屋に入ってきた。
この女のこの奇矯な行動は、ほぼ毎日のことだ。オレは慌てず落ち着いて、勉強机に座りながら聞いていた音楽プレーヤーの停止ボタンを押した。
「…落ち着け紡。事件など平和なこの街にはそうそう起こらん」
頭からヘッドホンを外しながら、オレは紡にさめた視線を送った。このヘッドホンは紡からもらった去年の誕生日プレゼントである。
…せっかくフルトヴェングラーの旋律に酔いしれていたところだというのに、紡ときたら。
第二次世界大戦中に活躍したドイツの指揮者のCDを聴く高校2年生のオレは深く嘆息を漏らした。
このオレ岸宮健太郎と隣の家に住む吉脇紡の二人は、いわゆる男女の『幼なじみ』である。しかし、『タッチ』や『H2』のような甘くほろ苦い関係ではなく、一方的に紡がオレのことを『搾取』する関係が出会ってから高2の春の現在まで11年間続いていた。
痛いことや苦しいことや悲しいことやトラウマになりそうなことを微妙に避け、たまに『オレがほんとに欲しい誕生日プレゼント』なども贈ってこまめにオレの機嫌を取りながら、オレが怒り始めるかどうかのラインギリギリを『ジョー・モンタナのタッチダウンパス』のように正確に狙って、紡はオレの日常を侵略してくるのだった。
…その情熱を別のことに使えば一角の人物になれるだろうに。オレはこの奇矯な幼なじみに対してそう思わざるを得ない。
「事件はあんたが知らないだけでいつも起こってるのよ健太郎!いいから来なさい!」
紡はオレの半袖シャツの袖を引いて、隣家にある自分の部屋まで屋根伝いに戻ろうとする。紡は小さく細い体で頑張って20センチ高く15キロ重いオレの体を引き摺ろうとして「ふんぬぬぬ…」とかいいながら引っ張っている。オレがその場から動かないので、紡はオレの太ももに自分の足の裏をつけたままでオレの袖を引っ張り、自分なりの『テコの力』を利用しようとしている。それ意味あるか?
「…やめろ服が伸びる。あとオレは屋根伝いに隣家に侵入するような趣味はない。玄関から行ってやるからおまえの部屋で待ってろ」
服の袖からやんわりと紡の両腕を離したオレは、そう言いながら部屋の壁にかけてある白いヤッケに袖を通した。
「…お茶くらいは用意しろよ」
屋根伝いに隣家の自分の部屋に戻る紡のスカートのおしりにそう声をかけたあと、オレは自分の部屋のドアから出て一階へ降りていった。
To Be Continued.⇒2
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「紡ちゃん来てたの?」
階段を降りてすぐ右側にある台所のガラス戸の向こうからオレの母の声が聞こえた。二階での紡とのやり取りが聞こえていたらしい。紡の奇行はいつものことなので、この母は慣れたものである。父は今日朝からゴルフに出かけていた。
「…晩飯までには戻るよ」
行ってきます、と母に言い残してオレはすぐ隣にある紡の家まで、自宅玄関から出て歩いて向かった。
To Be Continued.⇒3
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「それで事件とはなんだ?」
紡の部屋のカーペットの床の上に胡座をかき、腕を組んだオレは目の前で忙しく動き回っている紡に問うた。
部屋の花柄のカーテンをキッチリと締め、部屋の中をキョロキョロと伺いながら紡は周囲を警戒している。…自分の部屋なのに。
ひとしきり自分の部屋の中を確認し終えた紡はやがて自分のベッドの上に腰かけ、らしくない真剣な表情でオレに向かって語りかけた。
「…事件というのは、わたしの身に起こっているおかしな『現象』のことよ。あんたにはその謎を解明してもらいたい」
紡はオレに対して重々しく、ささやくように言った。…なんで?というオレの疑問の表情を紡は華麗にスルーする。
「…いいわね、よく見てなさいよ」
紡はらしくない真剣な表情でオレに向かって語りかける。そして紡は、自分の顔の横に右手で『キツネさん』を作った。
影絵で使うあの『キツネさん』の指の形だ。
幼なじみの表情は相変わらず真剣そのものである。
「…オレはなにを見せられている?」
思わずオレは目の前の幼なじみに問う。
土曜日の昼下がりに、隣の家の幼なじみに突然部屋に呼び出されて目の前で『キツネさん』を見せられて、他になにを言えばいいのか。
しかし、顔の横で右手を『キツネさん』にした紡は真剣な表情のまま、左手の人差し指を自分の口元につけてオレに向けて「しっ…」と呼気を吐く。どうやら『黙っていろ』と言いたいらしい。
ベッドに腰かけて片手で『キツネさん』を作っていた幼なじみは、もう片方の手でも同じく『キツネさん』を作る。そして真剣な眼差しをオレに向けながら言った。
「…よく見ててよ」
To Be Continued.⇒4
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『…よく見ててよ』
そういった後で、紡は右手と左手で作った二匹の『キツネさん』の口に当たる部分を寄せ合い『チュー』をさせた。
その瞬間に、目の前にいたはずの紡は忽然とオレの前から姿を消した。『両手のキツネさんでチュー』した途端に、紡の姿が空間の中に突然かき消えたようにしかオレには見えなかった。
「…?なにこれ」
紡の部屋の中に突然一人きりにされてしまったオレは、腕を組み胡座をかいたまま思わずつぶやく。
オレは非科学的なことは科学が証明するまで信用しない。超常現象やオバケや幽霊など、科学で証明できないものは自分が困らなければあってもなくても興味はない。そんな性格のオレは、目の前で幼なじみが突然消えたのもなんかの『トリック』だと思った。
人間が突然消えるなどあり得ない。しかし、オレの目の前には紡の部屋のベッドしか見えない。部屋の中を見回しても、どこにも紡の姿は見えない。
「…どこいった?」
なんの気なしに、直前まで紡がいた場所にオレは自分の右手を伸ばしてその手をゆっくり左右に振った。するとオレの右の手のひらと手の甲が『サワ…プニ、サワ…プニ』と、表面がサワサワしていてその奥が柔らかく温かく心地よい大福モチのような感触のものに交互にさわった…ような気がする。
でもなにに触ったのかは、オレの目には見えないので分からなかった。
To Be Continued.⇒5
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突然バチンッ!という凄まじい破裂音がして、オレの左頬に今までの人生で食らったことのないほどの衝撃が炸裂した。
『顔の横のなんにもない空間がすごい音とともに突然破裂し、弾け飛んだ』。
そんなふうにしか、オレの主観には感じられなかった。
全く予期せぬ方向からの衝撃を受けたオレは、胡座をかいたまま上半身を右に傾けて右手を床に着ける。そして、フローリングの上に敷かれている花柄のカーペットを見る。
『紡の趣味じゃないから親の趣味かな?』
そんなどうでもいいようなことが、パチパチと光が明滅しているオレの頭の中に勝手に浮かんできた。
「……えっ…?」
オレは胡座をかいたまま傾いた自分の身体を右手一本で支えながら、左手で自分の左頬を抑えて顔を正面に向ける。オレの目の前には紡がいた。紡は、消えた時と同じく空間から突然出現したとしかオレには見えなかった。
紡は腰かけていたベッドから立ち上がって、オレに向かって平手打ちを打ち終わったような姿勢で、はあはあと肩で息をしている。
どうやら、さっきの衝撃と破裂音はこいつの平手打ちらしい。
そして突然、紡の口から叫びが迸り出た。
「ッ…!こッこのドスケベ変態がぁ!」
『頭痛が痛い』みたいな表現でオレを罵倒した後で紡は、はぁはぁと息を荒げながら自分で自分の躰を抱きしめる。
さらに紡はオレに対する罵倒を続ける。
「おまえはアレか?お約束とかフラグとかを回収して周る業者かなにかなのか?おまえの目の前で忽然と姿を消した幼なじみは手を伸ばせばまだおまえの目の前にいるに決まっとるやろがい!」
無茶苦茶な理屈を吐きながら、紡はオレを怒鳴りつける。
でも言いたいことは分かるし、オレが紡になにをしてしまったのかも即座に理解した。
「……ごめん」
両手で自分の肩を抱きしめて真っ赤な顔で怒る紡に、横座りして痛む左頬を抑えているオレは素直に謝った。
To Be Continued.⇒6
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なにも見えない空間から食らった予期せぬ平手打ちの衝撃から立ち直ったオレは、紡の部屋から一旦退室して、一階にある紡ん家の台所から拝借した冷蔵庫の氷を風呂場から拝借したタオルに巻き左頬に当てて、さっき紡に打たれた部分を冷やした。台所に行ったついでに、紡とオレの分の飲み物を準備して部屋に戻る。
ちゃんと事前に言っといたのに、紡は飲み物を用意してはいなかった。
『突然、幼なじみから二回胸を揉まれた』ショックから立ち直った紡は、まだ痛む左頬を冷たいタオルで抑えながらフラフラ部屋に入ってきたオレを「遅い!」と簡潔に叱った。
そしてオレの右手からアップルジュースの入った小さなガラスコップを一個ひったくり、飲みながらまたベッドに腰かけ直す。
『山賊みたいな奴だ…』
山賊を見たことがないにも関わらずなぜかオレはそう思いながら、またカーペットの上に胡座をかく。
腕を組みベッドに腰かけたままスカートの紡は、仏像の『半跏趺坐』のような姿勢で足を組んでいる。ただこいつ(紡)は弥勒菩薩像のような穏やかな顔はしていなかった。紡は憮然とした顔でオレの方を見ずに言った。
「あんたにわたしの胸を揉ませるために部屋に呼んだ訳じゃないのよ。『わたしがなんで消えるのか』の謎を解き明かすために呼んだの。あんたがしたことはホームズの家に来た相棒のワトソンが、突然ホームズの胸を鷲掴みにしたことに等しいのよ」
…その例えだとオレの方がホームズになるし、それにオレは『胸を鷲掴み』になんてしていない。
とオレは思ったが、口には出さない。はずみでとはいえ、幼なじみの胸に触れてしまったことを結構反省しているのだ。
「このことは後日問題にするとして『わたしがなんで消えるのか』の謎を早く解きなさいワトソン君!」
こんな無能なホームズ見たことない。
しかも、オレがこいつ(紡)の胸を触ったことは後できっちり問題にするつもりらしい。
「…いつからこうなってんの?つまり透明になり始めたのは」
親に言われたら嫌だな…と思いながらも、オレは目の前の無能なホームズに問いかける。
「今日!さっき、あんたの部屋に行く直前からよ」
つまり自分が透明になることを知った直後に、迷いなく自分の部屋からオレの部屋に屋根伝いで来たわけだ、こいつ(紡)は。
普通もっとこう『躊躇』というか。
…多分ないんだろうな、こいつ(紡)にはそんなもの。屋根伝いに人の部屋に来る女だもの。
To Be Continued.⇒7
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「…その状況再現できる?」
そう、オレが言うと紡はベッドから立ち上がり勉強机の椅子に座る。小学校のころから紡が使っている、机の横のハンドルを回すと高さが調節できる木の机である。
「『ヒマね』…」
椅子に座った途端に、紡が突然つぶやいた。
『その状況を再現』しろとは言ったが、まさかセリフ付きとは…
紡は机に座って左手で頬杖をつき部屋の窓の外を眺めながら、黙ったまま右手だけで手遊びを始めた。その視線は窓の外のオレの部屋の方をぼんやりと見ている。
オレは座っていた床の上から立ち上がり、手に持っていた麦茶入りの小さなガラスコップを紡の机の端に置いて、辛抱強くその様子を観察する。幼い頃からこいつ(紡)に振り回されているオレには『紡の行動を大人しく待つ』という条件反射のようなものがいつの間にか体に染み付いていた。
唇に人差し指の指先をつけて、えーと…なんだっけ…とか言いながら紡はさっき起こったことを正確に思い出そうとする。そこまで正確さ求めてない…とオレは思ったが口には出さない。
辛抱強く腕を組み、オレは紡の様子を観察する。
「『えいっ』!」
また自分の状況再現にセリフを付けながら紡は、おもむろに右手と左手で『キツネさん』を作り二匹に『チュー』をさせる。すると、紡は椅子の上の空間から忽然と消えた。
立ったまま観察を続けるオレは、紡がいるであろう椅子の背もたれの後ろに自分の手のひらを向ける。見えないが、オレの手のひらに紡の体温の感触があった。
どうやら紡は、光を遮断して体と身に着けている物を透明化できるだけのようだ。透明化した後も、紡の『肉体』と『その熱』はその場にあり続けている。
「ヴァニラ・アイスじゃなくてアクトン・ベイビーの方か…」
オレの好きな聖典の記述を元に、オレはオレなりに分かりやすいように解釈する。
オレは「…続けて」と透明な紡に顎をしゃくって合図を出す。
「…『あれ、わたし消えてる』?」
またセリフ付きで紡が状況再現を再開した。
紡の勉強机に置かれていた小さなスタンドミラーが揺れる。多分、透明化した紡がオレに分かりやすいように、指でつんつんしているのだろう。変なとこ芸細な奴だ。
鏡の表面を見ても紡の姿は映っていない。
突然、パッとオレの目の前の椅子の上に、紡の姿が出現した。その両手は『キツネさん』の形のままだったが、『チュー』はさせていない。
戸惑ったような演技で紡がつぶやく。
「…『なにこれ』?」
オレは椅子の後ろに立って腕を組み、辛抱強く紡の観察を続ける。
「…『なにこれ』?」
もう一度同じセリフを言った紡は、また両手の『キツネさん』にお互い『チュー』をさせる。紡が忽然と消える。
またすぐ出現する。現れた紡は両手を『キツネさん』にしたまま『チュー』はさせていない。
また紡は、両手の『キツネさん』に『チュー』をさせる。紡がまた忽然と消える。
オレは椅子の後ろに立って腕を組み、辛抱強く紡の観察を続ける。
紡は消えるときも現れるときも『少しの時間差もなく、紡の全身が同時に、着ている服ごと』忽然と消え、また突然現れている。
そして、現れたり消えたりを何度も繰り返した紡はおもむろにこう言った。
「…『そうだ、健太郎に見せてみよう』!」
姿を現した紡はそうつぶやくと、部屋の窓に向かい「ガチャッ…」っと口に出して窓を開ける仕草をしたあとで、オレの方を振り向いた。
「…こんな感じだったわ、たしか」
紡は真剣な表情をしている。
「そうか…」
窓枠に手をつき、オレを見つめる紡の真っ直ぐな眼差しを正面から受け止めたオレは、腕を組み真剣な表情で頷きを返した。
To Be Continued.⇒8
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オレたちは、もう一度ベッドと床の上にそれぞれ座り直して、改めて紡の身に起こった現象について検証してみることにした。
ベッドに腰かけ腕を組みスカートのまま半跏趺坐の紡に、花柄カーペットに胡座をかき腕を組んだオレが話しかける。
「…『きっかけ』というか、透明になる条件は両手のキツネさんでチュー?」
オレの口から『チュー』という言葉を聞いて紡が露骨にイヤそうな顔をする。
オレだって、こんな事件に巻き込まれなければ一生言わない言葉だ。『両手のキツネさんでチュー』なんて。
「そうね。もっかいやってみるわね」
そう言うと、紡は躊躇いなく両手で作ったキツネさんをチューさせた。
オレももうすでに『両手のキツネさんでチュー』を当たり前のひとつの表現として受け入れつつある。
両手のキツネさんをチューさせた途端に、またしても紡はオレの目の前から忽然と姿を消した。
「やっぱり『コレ』がきっかけで間違いないみたいね」
この現象によって自らに降りかかる『かもしれない』リスクとか全く考えずに紡は、オレの目の前で消えたり出現したりを繰り返す。
この現象に、オーラとかMPとか魔素とかの消費はないのだろうか?
どうやら、両手で作った『キツネさん』を『チューさせている間だけ』紡は透明になれるらしい。そして、左右の『キツネさん』を離せば透明化が解ける。
このやり方で透明になる原理はオレにはさっぱりだが、こいつ(紡)の身にならなにが起きても不思議ではない、とオレは思った。なにせ、幼なじみの男の部屋に自分の部屋から屋根伝いで来るような女なのだ。むしろ『こいつ(紡)には、いつか何かが起こるのでは?』とすらオレは考えていた。
「コレって考えようによっては便利なのかも」
と自分の身に降りかかった理不尽な運命を全く悲観せず、紡は早くも受け入れつつある。ほんとに幼なじみ(紡)のこういうところは歴史上の偉人並だ、とオレは思う。
オレにこの現象を見せたのも、おそらく『これ見せたら健太郎がビックリするだろうなぁ』くらいの気持ちが大きかったのではなかろうか。
いや、オレにはこの状況をすでに受け入れてるおまえ(紡)の方がびっくりだわ。
To Be Continued.⇒9
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「…今こっち見えてるの?」
小さなガラスコップに入れた麦茶を飲みながら、オレは消えている状態になっている紡に話しかけた。なんとかこの非常識な事態を科学的に考察してみようとオレは試みる。
『目でものを見る』ということは『眼球がレンズとして機能しなければならない』ハズだ。
瞳孔から入った光を光彩で調節し、目の中の水晶体で光を屈折させたあと硝子体の中を通過して、目の奥にある網膜に焦点を結び、その光が電気信号として視神経から脳へ伝達され、最終的に脳が物の色と形を認識する。
それが『目で物を見る』ということだ。
…ったと思う。たしか。
しかし、目の前にいるはずの紡はどこが目でどこが口やらも分からない。
『瞳孔や光彩』自体が全くの無色透明でなんの凹凸もないならば『目のレンズ機能』が果たせないし、網膜も透明なので光の屈折を『網膜に投影する』ことができない。
つまり完全に無色透明な『目』は、『目で見て物の形を認識することはできない』ハズだ。
だから、透明状態の紡の目にはなにも見えているはずがない!
「…?見えてるわよ。当たり前じゃない」
なにをいってるのだこいつは、という紡の声が目の前の空間から聞こえてきた。どうやらオレの科学的考察は無意味で無駄だったらしい。一生懸命考えたのに…
それに、透明な時の紡は『口の中』も透明らしい。目の前のオレに向かって話している時も唇や口の中の動きが見えない。ただ紡が使っているミント歯磨きの息の匂いがするだけだ。
身に着けている衣服も透明だし、内臓とかも透明なのだろうか。
だとしたら、その『内容物』も…とオレは連想して、そこで止める。いくら幼なじみとはいえ女の子に対して考えていいことではない。
「原理はなんだろう?」
考えても分からないオレは逆に紡に質問する。そもそも、これは紡が考えるべき問題である。
「『体質』じゃないの?こんなの原理もくそもないわよ。使ってて疲れたりとか頭痛くなったりとかもないし多分何回でもできそう」
そう言って紡は、また消えたり出現したりを繰り返す。
『体質』。
両手のキツネさんでチューしたら透明になれるという、『体質』…
あるか、そんなもん。
To Be Continued.⇒10
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○≧≫10≪≦●
「…結論から言うと、科学的にはありえない、としかオレには言えない」
常識的見地に基づきつぶやくオレ。
「実際なっとるやろがい!」
感情的反応に基づき怒鳴り返す紡。
オレにそんなこといわれても。
「とにかくあんたに望むのは、一刻も早くこの現象の謎を解くことよ」
どうやら紡は自分の身に起きたことなのに、自分で考えることをすでに放棄したらしい。
「…一回見ただけで分かるわけないだろう。ある程度の経過観察が必要だ」
わりとマトモなことをオレは言ったと思う。幼なじみの身の上にこういうことが起きれば、普通もっと動揺するに決まっているのだ。
役に立たないワトソンね、とシャーロック・ホームズの物語を一度も読んだことのない紡はオレのことを評した。
こんな謎、ホームズにだって解けやしないと思う。
「とにかく他の人には言うなよ。家族にもな」
ただでさえ変人なのに、さらに透明になれるなんて。こいつの人生はこれから一体どうなってしまうのか。
「…そうね。実験動物にされてコードに繋がれて電流を流されちゃうものね」
なんでそう思ったのかは知らないが、オレの言葉を聞いた紡は、真剣な表情で頷いた。
「自分からバラさなきゃ多分、一生バレないと思うけどね。『わたし両手で作ったキツネさんにチューさせると透明になるんですよ』、なんて」
オレは、自分で言ってて馬鹿らしくなった。
ただ、唯一の不安要素は、紡本人である。遣らなくていいことを遣り、言わなくていいことを言ってしまうのは、紡の本能のようなものだ。
「…裏切るなよ。もし他人にバラしたら…わかってるな?」
急にマフィアのようなセリフと口調で、紡はオレに向けて言った。
「裏切らん」
自信満々でオレは紡に請け負う。
『オレの幼なじみ両手で作ったキツネさんでチューしたら、消えるんですよ(笑)』
なんて人に話せるわけないではないか。
オレの方がおかしいと思われてしまう。
To Be Continued.⇒11
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○≧≫11≪≦●
オレは一旦、紡の家から自分の家に帰ることにした。晩飯の時間だったし、これ以上紡と話を続けても、建設的な意見は出ないだろう。
「これからも経過観察を続けるとして、今日はこれまでな」
そう言って紡の部屋のドアから出るオレに、半跏趺坐で自分のベッドに座っている紡はチロッ…と鋭い目を向けて、
「…裏切るなよ」
ともう一度繰り返した。
…だったらオレにも話さなきゃよかったのに。
「裏切らん。おまえも人に話すなよ」
ドアから出て行くオレの背中に紡は再三、裏切るなよ…と声をかけた。
どうやら、こいつの頭の中で『ハードボイルドなストーリー』がすでに始まっているらしい。
肩越しに紡の方へ振り返り、口元でフッ…と笑ったオレは、自分なりのハードボイルドな感じを出しながら、花柄の装飾が多い紡の部屋から出ていった。
To Be Continued.⇒12
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○≧≫12≪≦●
紡の家から帰ったオレは、母親が作った晩飯を食った後自室に籠もり、しばらくフルトヴェングラーのCDを聞いてゆったりと過ごした。半日も紡に振り回され疲弊し切ったオレの神経を、旧ドイツで録音された交響曲がゆっくりと解きほぐしていく。
「…しっかし、今日は色々(イロイロ)あって疲れたなっと」
わざとらしく一人つぶやき、オレは一回部屋の中のタンスをチラッ…と見る。タンスの中にはオレの『趣味の小道具』が入っている。
こんなストレスのたまった日には、『アレ』をやってリフレッシュするに限るのだ…
机の上の置き時計を見ると、深夜0時。
『アレ』を始めるのにいい時間帯だ。
オレは自分の部屋の中なのにキョロキョロと周りを見回したあと、厳重に部屋のドアの戸締まりを確認し、窓に鍵をかけカーテンを二重に閉める。
「…よし。…やるか」
一発気合を入れたオレは、小一時間ほど『アレ』に時を費やすことにした。この『趣味の時間』は変な幼なじみを持つオレにとって、唯一の心安らげる時間である。
………小一時間後………
「…ふう。よし!」
『趣味の時間』を終えたオレは、いそいそと『後片付け』を始める。『アレ』に使った『小道具』たちをタンスの一番奥の鍵付きスペースに押し込み、また鍵をかける。
この『オレの趣味』のことは紡にも親にも話していない。むしろ、今後だれにも話すつもりはない。
机の上の置き時計を見ると深夜1時を回っていた。
「そろそろフロ入って、寝るか」
『趣味の時間』を終えてフロに入ったオレは、やがて安らかな気持ちで自室のベッドで眠りについた。
To Be Continued.⇒13
≈≈≈
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○≧≫13≪≦●
翌朝。
朝の光がカーテンを貫き、オレの顔を照らす。
おかしなことが起こった翌日にも、普通に朝は訪れるものだ。少し夜ふかししてしまったオレは、まだ眠たい目をこする。
今日は日曜だ。
もう少し寝よう。
そう思ったオレがまたベッドで布団をかぶり直すと、
「…驚いたわ。まさか幼なじみのあんたに『あんな趣味』があったなんてね」
寝ているオレの顔の真横から紡の声が聞こえた。続けて耳の穴の中にフッ…と息を吹きかけられて、オレは思わず布団から跳ね起きる。
上半身だけを起こしてベッドの端を見ると、床の上に横座りして両肘をオレのベッドにつけて体を預けた紡が、眠そうな目でオレの顔を見上げている。
「………なんでいる?」
息苦しくなるほどオレの心臓が激しく鼓動を打つ。
部屋の窓にもドアにもちゃんと鍵がかかっているハズだ。昨日オレの『趣味の時間』を誰にも悟らせないために、戸締まりを念入りに確認したのを覚えている。
しかも、セリフから察するにこいつ(紡)はオレの秘密をすでに知っている!
「…なんでいる!」
もう一度同じセリフを、オレは繰り返した。
オレのベッドに肘をつけて頬杖をついていた紡は、眠そうな顔にニンマリと笑顔を浮かべる。
すごく面白そうなオモチャを見つけた子供のような笑顔だった。
「…一体いつからわたしが『この部屋にいない』と錯覚していた?」
「なん…だと…?」
オレと紡は、二人に共通する聖典の名ゼリフを応酬し合った。オレ側には『趣味を幼なじみに知られた…』という危機感と恥ずかしさもある。オレの全身を脂汗が伝い、緊張のあまり手のひらが痒くなってきた。
「…当然、『わたしの秘密』をバラしたら『君の秘密』もバラされる。その点はいいかな?ワトソン君…」
ニヤニヤ笑いながら紡はオレに言った。
こんなゲスなホームズ見たことない。
自分の秘密を守らせるために、逆に相棒の弱みを握ろうとするホームズなんて…
「なんか変なことになっちゃったな〜って人知れず悩んでたんだけど、こういう『使い道』があったとはね〜。これから楽しくなりそうだわ…
これからもよろしくねワトソン君!」
オレに向かってそう言った後でニンマリ笑った紡は、『両手のキツネさんをチュー』させて忽然と姿を消した。
カチッガラガラ…っという音がして鍵をかけていたはずの部屋の窓が空き、ピシャッ…という音とともに窓が自動で閉まる。
紡がオレの部屋から出ていったらしい。
…紡はいま、透明なまま窓を開けて出ていった。
つまり、何らかの方法で『キツネさんのチュー』を継続したまま窓の鍵を開けたか、もしくは『キツネさんのチューを一旦解除しても透明状態を継続できる』方法を、紡は自分で編み出したらしかった。
オレは無言で紡が出ていった窓の鍵をかけ直す。そして大きく息を吸う。
…どうやらはこいつ(紡)は、紡が一番手に入れちゃいけない力を手に入れてしまったようだ。
「うああ゛ァーぁぁぁぁ…ぁぁ…ァァ゛ッ………!!」
決して人に知られたくない『秘密』を紡に知られてしまったオレは、部屋の中で獣のような咆哮を上げる。
「うるさいよ、健太郎!」
一階から母親の声が聞こえた。
オレは枕に顔を埋めたまま、ベッドの上で体をねじり、しばらく身悶えを続けた。
To Be Continued.⇒14
≈≈≈
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○≧≫14≪≦●
これ以降、
『両手のキツネさんでチュー』をしている間だけ身に着けた物ごと透明になれる幼なじみと、ただの普通の高校生であるオレがコンビを組み、この平和な街の裏で起こる数々な謎を解いていくのだが。それはまた別の話である。
オレの部屋の中に一晩中いたらしい紡が、オレの部屋の中で一体なにをしていたのかは分からない。
ただ一言だけ言うならば、オレは紡に知らないうちに『写真』を撮られ、それをネタにイジられ冷やかされ『これをバラ撒かれたくなければ、これからもわたしの言うことを聞きなさい!』と、今も脅され続けているのだ。
…『写真』の具体的な内容については、オレ個人のプライバシーに関わることなので説明するのは差し控えさせていただきたい。
『透明探偵物語』
了
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読んで頂き有難うございました。
この他にも、
『名持ちのゴブリン〜骨ピとウンラロ、と魔女〜』というものも書きましたので、
宜しければそちらの方も、
よろしくお願いします。
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