迷宮とキンキュウ
「どうだい、いい時間を過ごせたかな」
ギルとアニカが魔術の練習や組手をやっていると、アルタスとこの家に来て最初に出会った老女が顔を出した。とても貴重な経験ができましたとギルが言うと、アルタスは嬉しそうに微笑む。
「娘にとっても、同年代の子と魔術を練習するのはいい経験になっただろう。 そこで1つ、私から提案があるのだが、迷宮へ行ってみないかい」
まるで子どもが悪戯の提案をする様にニヤリと笑みを浮かべ、驚愕の提案をした。
「迷宮、ですか……」
「ま、いい機会なんじゃない?」
迷宮とは危険な場所であるため実力のある者でなければ生きて帰れないとされているが、特に入場の制限は設けられていない実力主義の場だ。
以前に父から少し話を聞いていたギルはそこに憧れがあるものの、現状の自分の実力不足と、当然その危険性を知っているため浮かない顔をするのも無理はない。
「当然すぐにというわけではない。御両親の許可もいるし、まずギル君には相応の実力を付けてからになる。そうだな…… 」
顎に手を当て少し考えると、アニカを見て目配せをする。
「まず、魔獣との戦いに慣れること。 これはうちから魔道具を貸し出しているから、学校で出来るはずだ。 そして武器をある程度使いこなせるようになること。最後に――」
アルタスが全て言い切る前に隣に立つ少女が前に出て、
「――私から一本取ってみせなさい」
いつものように自信満々に言い放つ。
(アニカから一本……、どれくらいで取れる)
厳しい顔をするギルに、それくらいはできてみせなさいといった様子のアニカ、相変わらず笑みを見せて表情が読めないアルタス。
「やります」
「そうこなくっちゃ!」
「では、ある程度知ってるとは思うけど、迷宮に関しておさらいしておこうか」
迷宮とは、いつ誰が何の目的で作ったのかわからない、謎の多い地下世界の事を指す。
一説によると、300年ほど前に突如として現れ、未だ人類はその4層にしか辿り着けていない。
「中でも特徴的なのは魔獣だね。 迷宮にしか存在しないのが人類にとって唯一の救いだろう」
魔獣とは迷宮に存在する、魔術を使う生物の総称であり、人間にとって無害な温厚な生き物から、虎や狼などの凶暴な生物まで幅広くそう呼ぶ。
その中でも一線を画するのが龍種であり、最も危険度の高い魔獣に認定されている。
「龍種は黒級魔術師でも手こずる相手だ。私も、正直龍種と戦うのはめんどくさくて嫌いだ」
魔術師の位は白、紫、青、緑、黄、赤、黒の順で上がり黒が1番上となる。
その上に段位として、銅、銀、金、白金とあり、この段位は国への貢献度で上がるものとされている。そのため、実質的に1番上の位は黒となり、それ以上となっても強さの差が大きく開くことは少ない。
「まぁ、当日は私が同行するから問題ない。安心して迷宮に挑むといい」
「お父様が? 仕事が忙しいって言ってなかった?」
「なに、将来有望な魔術師の卵の教育だ。これも私の仕事のうちの一つさ」
3人で迷宮や魔術のことで談笑をしていると、アルタスから一歩下がったところにいた老女から一声かかる。
「旦那様、そろそろ」
「あぁ、そうだね。 ではギル君、御両親には私から話をしておこう。 次会う時にどのくらい成長しているか、楽しみにしているよ」
そう言って踵を返し、再び扉の奥へと消えて行った。
「ギルの両親は大丈夫かしら?」
「あぁ、大丈夫だと思う。 2人とも魔術には理解があるし、最近家でも迷宮の話とかよくするし」
迷宮にはギル、アニカ、アルタスの3人で向かうこととなり、ギルの戦闘力の強化に関しては学校でイコル、家では父に雨天一刀流を学ぶということで落ち着いた。
アニカの父と話がひと段落したところで今日は解散となり、まだ日が出ている時間に家に帰ることとなった。
(雨天一刀流を身に付けることと、魔術をもっと使いこなせるようにならないと話にならないな)
今日はいつもより足早に家へと向かっていった。