父とブキ
家に帰ったギルは、食後に冷たいジュースを飲みながら家族で団欒していた。
膝に座るイチゴを撫でながら、今日あった事、明日アニカの家に行く事などを話した。
「そうだ、ギルも剣を練習してみたらどうだ? 1番使い手が多くて、色々な流派があると聞くぞ」
この先どのように戦えば良いかという話になり、ギルの魔術の相性的には武器を持つことが好ましいと父と母揃って勧めている。
ただ、当の本人はうーんと少し嫌そうな顔をしている。
「学校に木剣があったんだけど、いまいち合わなくて。 でも、他の武器とか見てみようかなって思ってるよ」
両親ともそれ以上は何も言わず、焦らずに自分のペースで見つければいいと助言をした。
「あまりメジャーじゃないけど、あなたの武器見せてあげたら?」
「えっ、父さんって剣士じゃないの?」
ニーグは剣だけど少し違うと答えると、
「父さんが使うのは刀と呼ばれるものだ。 まぁ実際に見た方が早いな。 来い、叢雲」
魔術:蝶々雲
遠く離れた物を手元に呼び寄せる魔術。
1メートルほどある黒い刀がどこからともなく現れた。
幾千もの戦いを経たのだろうか、叢雲と呼ばれたその刀は見る者を圧倒させる存在感を放っている。
「基本的には剣も刀も斬ることを目的としていて性質は似ているが、その違いは両刃を剣、片刃を刀と呼ぶことだ」
その他にも細かい違いがあるそうだが、覚えるほどのことではないようだ。
「そして、刀の良さは切れ味にある。 斬れない物は存在しないと云われるほどにね」
剣も刀も斬ることを目的としているのは同じだが、その手段が異なり、剣は押して、刀は引いて斬ると云われている。
刀の切れ味は、魔獣の硬い首を一振りで一刀両断できるほどらしいが、刃こぼれし易いため扱いが難しいようだ。
そのため刀よりも剣の方が主流となり、今では使い手が減ってしまい少ないそう。
「そうだ、模造刀もあるから軽く振ってみるか」
ギルは父が扱っている武器に興味津々のようで大きく頷くと、膝でごろごろと声を鳴らして寝ているイチゴをヨルフに預け、ニーグと共に隣の部屋へ移動すると、襖の中にしまってあった木製の刀を父に渡された。
見ると随分と使い込まれた跡が残っており、これを使ってどれだけ修練に励んだのかが窺える。
模造刀の鞘を抜いて見てみると、斬れないように加工されているようで刃がなく、重さや形だけを本物の刀に寄せたものとなっているようだ。
ギルは初めて見る武器に目をキラキラとさせ、早く使ってみたいと父の目を見て訴える。
「俺は雨天一刀流という流派を使っている。 この流派は、相手の気を読むことを念頭に置いて技を出す」
気を読むとは、相手の呼吸や動きの癖から次の一手を先読みすることであり、それを利用した技を使うのが雨天一刀流という流派のようだ。
「雨天一刀流には刀術だけでなく体術や魔術まで幅広く含まれる。 そしてその根幹となるのが――」
息子と話ながら部屋の隅の方までゆっくりと移動した。
「――縮地と呼ばれる技だ」
まさに一瞬。
そこまで距離が離れている訳ではなかったが、気がついた時にはギルの目の前に立っていた。
これが実践であれば、何もできずに斬られていたに違いない。
「すげぇ……」
今まで見たことがなかった魔術師としての父を体感し、ただただ凄いと感嘆の言葉を漏らす他なかった。
「ギル、この技を見てどう思った」
優しい口調で問われたギルは少し考えるも、これ以外考えられないといった様子で疑念を抱きながらも答えた。
「凄い速さで移動した、んじゃないの? 俺がわからないくらい」
その答えに対しニーグは、残念ながら不正解だと言い、ギルの心臓部に人差し指を軽く当てた。
「言ったろ、相手の気を読むと。俺は何も、魔術を使って高速移動した訳じゃない。 側から見れば、少し速く駆けたくらいにしか見えないだろう。 雨天一刀流はそうやって戦いを物にするんだ」
惚れ惚れした様子のギルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「っと、そんな中身の話よりもまず刀だな」
どうだと言われ、ギルは鞘を抜いて軽く振る。 一度も刀の振りを見せた事が無いのに意外と様になっており、それを見て父も嬉しそうに頷いている。
「うん、いい感じ。 重さはそこまで剣と変わらないのに、なんかしっくりくる」
「じゃあギルには刀が合っているのかもな。 これも遺伝なのかな」
ニーグに少し振り方を教わりながら何回も素振りをしていくうちに、ギルも決心がついたようだ。
「俺、刀を学びたい。 雨天一刀流を教えてほしい!」
「もちろんだ。 いやー、息子に刀を教えることになるとは、父さん嬉しいよ」
「えぇーいいなー! 母さんも何か教えたいー」
2人が楽しそうに話をしているとイチゴを抱えたヨルフが様子を見にやってきた。
どうやらニーグに嫉妬しているようだが、ヨルフとギルでは魔術の方向性が違うようで、結局教わるのは雨天一刀流だけらしい。
「今日はもう遅いし、ここまでにしよう。 また明日続きを教えるよ」
それから布団へ行ったのだが、ギルは目が冴えてしまって寝つきが悪かったようで、翌日学校へ行くと隣の席に座る坊主のホージに、三十のおっさんがいると揶揄われることとなった。
授業中もうつらうつらしながらもどうにか乗り切り、気が付くと授業が終わり放課後になっていた。
「はぁ、どうにか乗り切った……」
アニカを待たせまいと少し速足で校舎をでようとすると、すでにアニカが腕を組んで待っていた。
「あら、やっときた。 さ、行くわよ」
「あ、ちょッ!」
すると目にもとまらぬ速度で手を取られ、引っ張られる形で校舎を後にした。
その後も物凄い速さで引っ張るアニカに何とか付いていき、気が付くとあっという間に彼女の家へとたどり着いたギルは、あまりの事態に心が追いつかなくなる。
「で、でっかぁー」
ギルの家も大きい方だが、ここはその何倍あるのだろうか。
入り口には巨大な門、家の玄関へと続く一本道には綺麗な石が敷かれ、広大な庭には噴水や池、周りには色とりどりの綺麗な花が咲いており、まさに絵に描いたような大豪邸が現れた。
(近くにこんなお城みたいな家があって、それがまさかアニカの家だとは)
ふと前から気配を感じ取ったギルは正面を向くと、いつの間にか老女が2人の前に立っていた。
「おかえりなさいませ、アニカお嬢様。 今日はお友達をお連れのようで」
ギロリ、一番その言葉が似合う目つきをした目の前の老女は、まるで品定めをするようにじっくりとギルの事を観察した。
「やめなさい」
今まで聞いたこともないくらいに語気を強めて言う彼女は、ギルと共に魔術師を目指す幼き同士ではなく、一国の王女様のような品格を感じさせる。
ギルは何とも言えない空気感にとても息苦しそうだ。
「失礼いたしました。 旦那様より話は聞いております、中へどうぞ」
鈍く重い音を鳴らしながら門が開くと、老女は玄関へ向かって真っすぐ歩いていく。
アニカもそれに続いて歩き始めると、ギルも慌てて彼女へとついていく。
「ごめんね、うちの人が。 普段はもっと優しい人なんだけど、私の事となるとちょっとね」
「あぁ、いや、大丈夫」
今度はいつものアニカに戻ったようで、どこか居た堪れない様子であったギルも落ち着きを取り戻した。
「それにしても凄い家だな」
「あぁ。 私はもっと小さくていいんだけどね、無駄に大きくて疲れるし。 まぁ、家の威厳みたいなものよ」
ほーん、といつものように良く分からないけどとりあえず返事をしておこう、という様子のギルもどうやら普段通りに戻ったようだ。
玄関の前で2人は足を止めると、木製の両開きの扉が2人の方へとゆっくりと開かれる。
「私の名はアルタス・アンブレラ。 ようこそ我が家へ、歓迎するよギル君」
開かれた扉の中央には、アニカとは対照的なおっとりとした雰囲気の白髪の男性が優しく微笑んで立っていた。