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黒猫とアミュレット  作者: 晴恵
第一章 幼少期編
6/12

進化とセイカ


「どんな手段を使ってもいいからねー。 どこからでもかかってきなさいっ!」


 イコルは軽くストレッチをしながら楽な姿勢で待つ。


「やるからは本気でいくわよ、ギル」


「もちろん!」


 2人もイコルに(なら)ってストレッチをしながら作戦を(くわだ)てる。

 そんな中、アニカの様子が普段よりも静かに感じる。

 

「イコルちゃんとは結構な数打ち合いをしているの。 それでも今まで1回も勝てたことは無い、どころか、まともに動かすことさえ出来てないわ、悔しいけど」


 いつも前向きでやる気に満ち溢れているアニカが自嘲気味に弱く笑う。 ギルはそんな彼女を見て、少し考えながら話す。


「……、前に2人が戦ってるところを見たよ。 俺なんか、アニカの攻撃を見るのがやっとだった。 そもそも、俺が先生に有効打を与えられるなんて考えてない」


 ――俺はこの1ヶ月、毎日朝起きてから寝る前までずっと魔力慣らしを欠かさなかった。

 逆に、それしかやっていない。

 体術も剣術も魔術も、ほぼ経験が無いに等しい。 だとすればできる事は一つ。


「全力でサポートする。 どうにかして先生の隙を作るから、頼むぞ」


 ギルが真剣な眼差しでアニカの瞳を貫く。 その様子に彼女は少し驚き、


「わかってるじゃない。 まあ、あまり期待しないでおくわ」


 悪巧みをしているかのような顔でニヤリと笑う。


 2人がこれから戦う相手(イコル)の顏を見ると、向こうも準備万端のようで軽く頷く。

 

 魔術:飛燕


 まず飛び出したのはギルだ。 飛燕を使った素早い移動でイコルの攻撃範囲を避けつつ背後を取り、さらに着地と同時に『飛燕』を展開させる。


 (最初から全力でいくッ!)

 

 彼女は途中チラリと見るも、大して気にした様子はなくアニカの方へ警戒を強める。

 

 まるで赤い髪が燃え盛るような闘志を見せる少女は、ギルが背後を取ったのを確認すると、イコルを挟むように低い姿勢で一気に詰め寄り、腹目がけて殴りかかる。 驚くべきはその速度、飛燕を使ったギルと遜色無い。


 「お、いいねえー」


 2人の攻撃をいとも容易く両手で掴み、その力を利用してそれぞれ反対方向へと投げ飛ばす。


 ギルはそのまま壁へ激突し、アニカは空中で体勢を変えて壁に足を着け、その反動でで壁を蹴ると、その勢いのまま駆け抜け再度攻撃に転じる。


「がはッ、はぁはぁ、くそッ!」


 ギルは投げ飛ばされながらもなんとかイコルの方を向いていた。 しかしその目に映ったのは、彼を全く見ていない(イコル)と、投げ飛ばされながらも視線はずっと敵に向け空中でも自在に体を操り、さらに攻撃が加速していく仲間(アニカ)だった。

 悔しさでいっぱいの彼だったが、苦しみのあまり立動くことができなかった。


(クソッ、アニカの隣で戦いたいッ!)


「もっと……、もっと速く!」


(この一カ月、魔力慣らしは毎日やってきた。 その成果を今、見せろッ!)


 少年は素早く『飛燕』を展開させると、その魔術は今まで見せた事のない青い輝きに満ちていた。


 その頃、アニカはイコルに隙を与えないくらい、鋭い攻撃と高度な駆け引きで攻撃を繰り出していた。


「それじゃあいつもと変わらないよ、アニカちゃん」


「わかってるわ!」


 アニカは一対一の状況でも果敢に攻め込む。 素早いステップで左右に動きながらタイミングを見計らい、鋭く踏み込んだかと思うと一瞬にしてイコルの正面へ迫り右手で殴ろうとする。 イコルはそれを冷静に手で受けて捌こうとするが、


「おっと」


 それはフェイントで、殴る動きそのままの勢いで頭を床に着くくらいに下げ、反対に右足を上げてイコルの左腹部を狙って攻撃を急転換させた。 その洗練された動きは、まるで身体に一本の棒が入っているかのように真っ直ぐでブレない。

 

 バシン、と足と脚が当たった音とは思えない大きな音が鳴り響く。

 イコルからすると、目の前にいたアニカが視界から急に消え、さらに視界の外から蹴りが迫るような動きだったのだが、それを左脚で見事に受けきった。


 当たった反動を利用して流れるように滑らかな動きで体勢を戻し、イコルの攻撃範囲から素早く距離を取る。


「はぁ、これでも――」

 

 どんな攻撃を仕掛けようとも崩れないイコル相手に次の手が浮かばないアニカだったが、その思考を遮るように、とてつもない勢いで視界の横から黒い何かが飛んでいった。

 

 ――俺もいるぞッ


 鬼気迫る表情で今までに見たことない速度で跳んできたギルは、左脚を前にして右拳を振りかぶる。

 驚いた表情のイコルは顏を逸らして攻撃を避け、掌底でギルの腹部を狙う。


「なッ!」


 しかし、それが当たることは無かった。

 ギルの踏み込んだ左足には『飛燕』が展開されており、するりとイコルの頭上を跳んで身を翻す。

 その一連の動きは明らかに今までとは異なる、洗練された思考の中にある考えられた動きであり、一朝一夕で身に付くような代物ではなかった。


 その動きに驚いたのはイコルだけでなくアニカも同様で、呆気にとられてしまって動けずにいた。


「アニカッ!」


「ッ! 」

 

 ギルに呼ばれてハッとした彼女は、再び二人で挟むようにして攻めかかる。


「まったく、急にどうしちゃったのよッ」


 先ほどまでとは明らかに違う動きを見せるギルに意識を持っていかれ、急に現れた警戒対象に不快感がイコルを襲う。 何をしてくるかわからない、アニカにも勝るとも劣らないオーラを出す少年からどうしても目を離すことができない。

 ギルは『飛燕』を駆使し、イコルがアニカへ防御から攻撃に転じる一瞬の隙に範囲外から迫る。 それを毎回、寸分の狂いもなく攻める彼に、イコルもやりづらそうにしている。 その攻撃の鋭さもどんどんと増していき、この戦いが始まえう前の彼とは大違いだ。


 ――もっとだ、仲間のために隙を作れ!


 どんどんと攻める速度が上がるギルを一度引き離そうと、今日初めてイコルがギルに身体の正面を向け、この瞬間だけ一対一の真っ向勝負となった。


 ――今ッ!

 これだけの間顏目掛けた攻撃しかしてこなかったんだ、少しでも次もそう来ると意識するだろ。


 一番最初の攻撃と同じく顏目掛けて殴り掛かるギルと、どんな動きも見逃すまいと彼を射抜くように見るイコル。 同じ背丈の二人の視線が交差する。


 ギルの動きは最初とは違い、ただ跳ぶだけでなく別の攻撃にも転じられる良い姿勢で、まるでその動きはアニカのように見えた。

 最初とは全くの別人で何か考えている少年、そして攻撃するその瞬間に足元へ展開させた『飛燕』と、背後から燃えるように迫る少女、それら全てイコルは気付いており、半身になって左右から迫る2人を同時に捌こうとする。


 その光景は、この戦闘が始まった最初の光景とぴったり重なる。

 

 2人の攻撃が再びイコルの手の平に収まるかと思われたが、アニカは突っ込んだ勢いを殺すように左足をダンッ、と踏み込みその直前でぴたりと止まった。

 その大きな音と動きに一瞬視線を奪われ隙を見せたイコルに、攻撃をわざと空振り、『飛燕』を使わずに抱き着つく形でギルが胸元へ飛び込んだ。


「えぇっ?!」


 まさか自分に向かって抱き着いてくるとは思ってもいなかったイコルは思わず声を上げ、日ごろ見せるイコル先生の状態に戻った。

 もちろん、その隙をあの少女は見逃さない。


 魔術:部分強化

 

 止めた左足を軸に、部分強化を乗せた強烈な旋回蹴りを放つ。

 イコルは急いで両腕でガードして後方へ軽く跳び、その攻撃をある程度殺すも直撃は避けられず、一歩、二歩、三歩とバランスを取りながら後退していった。


「おっとっとー。 うん、2人ともよくできましたー」


 ギルは抱き着いていた手を離し顔を上げ先生の言葉を聞くと、よっしゃーとアニカに向かって駆け寄る。


「やったぞアニカー、俺達でぶへッ!」


「この変態ッ! イコルちゃんに何してんのよ」


 喜んだのもつかの間、アニカからチョップが飛んできた。


「だ、だって、先生が最初にどんな手段でもいいって言ったから」


 アニカは言葉に詰まったようで、それとこれとは違うとギルを(とが)めている。


「いやー、私も久しぶりにドキドキしちゃったよー。 でもギル君、いくら先生が可愛いからって結婚はまだ早いわよ! そうねぇ、あとあなたが十年後にまだ同じ気持ちなら、考えなくもないけど――」


「――いや、そんな気はないっすけど」


 ぶっきらぼうに言われたイコルは、大袈裟にえーんと泣く演技を始めた。

 そんな教師にギルは何も言わず呆れた顔で放置し、疲れた様子で床に座り込む。


「それにしてもギル、後半のあれは何だったのよ」


 ギルは思い出すように上を見上げ、ぼーっとしながらぽつぽつと話し出した。


「正直どうやったかとか技術的な事は全然覚えてない。 こうしたい、ああしたいみたいなのが頭に浮かんできて、それをそのままやったら偶然上手く出来たってだけな感じかな。 とにかく、アニカを助けたい。 ただその一心でやってたら、なんか出来た」


「そ、そう。 ……でも、助けるとか生意気よッ!」


 戦いの疲れからか、照れからか、アニカはほんのりと頬を赤らめると腕を組み早口でそう答えた。


「じゃあこれからの方針だけど、アニカちゃんとギル君、これから毎日1回2人で組手しよっかー。 ギル君は後半の戦いで見せた動きをいつでも出来るようにすること。 アニカちゃんも、ギル君と組手することで学びがあると思うの」


 2人は納得した様子でその提案を飲む。

 今後の方針が決まったところで今日は終わりとなり、後片付けをした3人は魔道場を後にする。

 仕事が溜まっているらしい先生は、2人を見送って校舎へと向かった。


「そういえばアニカって学校だと槍や体術しかやってないよな? 魔術はどうしてるんだ?」


 ギルとアニカはいつも通り途中まで一緒に帰っていると、アニカの魔術に関して見たことが無かったギルは一体どこで練習しているのか気になるようで、食い気味で質問を投げかけた。


「前にも聞いたと思うけど、私の魔術は火属性なの。 だから一応、安全のために学校では使わないことにしてるのよ。 その分、家で魔術の練習をしてるわ」


 家でも練習をしていると聞き、あれだけ動いてなお家でもやっているのかと感嘆のため息を漏らす。 そんな話をしているときに彼女がふと、そうだ、と何か閃いたようでギルに提案を持ちかける。

 

「ねぇ、来てみる?」


「え、どこに?」


 突拍子もない呼びかけに、ぼーっとしていた彼は反射的に言った。


「どこって、話の流れ的に決まってるじゃない――」


 そう言って、隣で歩いていた可憐な少女はギルの前へと回り込み、満面の笑みで、


「――私の家よ!」


 少年を誘った。

 年が近い女の子からの誘いに普通であれば喜ぶ場面ではあるはずだが、ギルにはその言葉がどう感じたのだろうか。


「お、おう」


 心ここにあらずといった雰囲気だ。

 そんな様子にお構いなしの少女は、決まりねと手を叩き、


「じゃあ明日、学校終わりに校舎出たとこで待っててね! イコルちゃんにも伝えておくからー」


 そう言って走り去っていった。


「……俺、明日生きて帰れるだろうか」


 彼は彼女の家を迷宮か何かと勘違いしているのだろうか、疲れ切った顔でとぼとぼと歩いて帰っていった。

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