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黒猫とアミュレット  作者: 晴恵
第一章 幼少期編
5/12

勝負とイコル


 ギルがイチゴと出会ったその夜も、翌日も、魔力慣らしを欠かさず毎日熟すこと早一カ月。


「……よし、三時間」


 初めは三時間経つと滝の様に汗が出ていたが、今では余裕で熟せるほどに成長を遂げていた。


 季節もギルの成長と共に変化し、雨期と呼ばれるこの一月は一年の中でも雨の降る日が多くなる時期だ。 今日もギルの座る席からはどんよりとした雲が見える。 まだ昼の時間帯ではあるが少し薄暗い。


「めしめしーっと。 ……、ギルって前から変だったけど、最近もっと変になったよな」


 その年で食べることができるのかという量の大きな弁当箱をリュックから取り出した坊主頭のホージは、ウキウキと弁当を広げると藪から棒に話し出した。


「なんだよ急に。 ホージこそ、よくそんな量のご飯食べられるな」


「$&%’#’!”#!%――」


「――食べ終わってから喋れよ、汚いっ!」


 彼曰く、午後は魔術の実技があるため座学よりも集中力と体力を消耗するから、この量を食べないと午後の授業は持たない、ということらしい。

 

「んぐっ。 いやーなんつうか、最近目が生き生きとしてるよな。 それに、なんか知んねーけどずーっと魔力慣らしやってるらしいじゃん」


「魔術のトレーニングみたいなもんだよ」


 ほーん、とさして興味もないと言った様子の彼は適当に返事をし、大量のご飯を一気に平らげた。


「うーし、じゃあ俺がその成果を見てやるよ!」


 午後の実技の時間は実際に魔術を使用するため、そこでギルの力量を図ろうとしているのだろう。 自信満々と言った様子で肩を回している。


 ――まぁ実際、実技は優秀だし丁度いい。


 坊主頭の彼は見かけによらず実技の成績はかなり良く、クラスではギルを抑えてトップに君臨している。 座学の方はからっきしのようだが。

 二人は食事を終えると、楽しそうに話しながら魔道場へと向かった。



「はーい、じゃあまずはこの(おもり)を持ち上げてもらいます。 物を動かす魔術は使うことが多いから、ちゃんと真面目にやってね」


 魔術:浮雲


 相変わらずのふわふわとした雰囲気のイコルは話しながら三十人いる生徒たちの目の前へと錘を配る。 今までは気にも留めていなかったであろう地味で凄い魔術に、ギルは目をキラキラとさせ関心を抱いている様子だ。


「じゃあこれを長く持ってられた方の勝ちだ」


 ホージに勝負を持ちかけられたギルは、よし、と意気込むとせーのの合図で同時に錘を浮かせる。 それ以降は二人ともかなり集中した様子で、錘から目を逸らさずに真剣に魔術を扱う。


(意外と重いな、これ)


 五分、十分と時がどんどんと流れていくうちに、徐々に徐々に二人の様子に変化が見られる。

 ホージはいかにも余裕そうに見せてはいるが、その坊主頭には大量の汗が滲み、ギルもまた余裕があまりないのか呼吸が少し乱れている。


 ――やばっ、なんか急に重くッ!


 ドスン、と錘を先に落としたのはギルの方だった。 それに続いてホージもすぐに魔術を解いて錘を落下させた。


「はぁはぁ、この勝負、俺の、勝ちだぜ。 けど、なかなかいい勝負だったぜ、ギル!」


「ふぅー。 やるな、ホージ」


 お互い認め合う様子でグータッチを交わして、ギルがふと前を見るとイコルが優しい眼差しで二人の事を見ていた。


「二人とも凄いわねー。 その年で三十分近くも持ち上げられるなんて」


「だろー! イコルンわかってるじゃん!」


 わかりやすく調子に乗るホージに対して、少し納得いかないといった面持ちのギルが先生に質問をする。


「今の、先生から見てどうでした?」


 彼女はあざとく人差し指を顎に当て、うーん、と少し考えると、


「ギル君は終始安定して魔術を扱えているように見えたかなー。 日々の訓練の賜物ね。 でも最後の一瞬、急に不安定になったと思ったら、そのまま魔術のバランスを崩して術が解けてしまったのかな。 予想していなかったときもすぐに対応して乗り越える、っていう力も魔術師として大切だから、覚えておくといいかもー」


 思いのほかしっかりとしたアドバイスが返ってきて、二人は面食らったような反応をしている。


「ホージ君はまだ雑なところが多いわねー。 最後の方なんて魔力使い切る勢いで錘を持ってたから、もうほとんど魔力が無いでしょ?」


「うげ、ばれてたっ!」


「この勝負はホージ君の勝ちだったけど、魔術師としてはギル君の方が優れてるのかなー」


 二人はそれぞれ対照的な表情で先生の言葉を噛みしめている。

 それからしばらく、ギルはもう一度錘を持ち上げて浮かせる練習をし、ホージは掃除用の軽いモップでそれを行っていた。

 

 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン

 

 午後の授業が終わってすぐ、荷物を纏めて足早に教室を出る少年が一人、その雰囲気は今までの彼とは真逆にすら感じる。

 校舎を出ようと下駄箱で靴を履き替え扉を開けると、ちょうど時を同じくして隣の扉から出てきた少女がいた。


「「……」」


 二人は目が合うと、


 魔術:部分強化(ぶぶんきょうか)

 魔術:飛燕(ひえん)


 少女は両足に、円が二つ重なった白色の魔術式を展開させると地面が弾けるくらいに勢いよく走っていき、少年は地面とは垂直に青色の円形魔術式を展開させると、それを踏み込んで一気に魔道場へ向かって跳んで行った。

 少女は列車の如く尋常じゃない速度で駆けるが、そのすぐ後ろからは彼女を追い越す勢いで跳ぶ少年が迫る。


「よっしゃーッ!」

「へぇー、やるじゃないの」


 最後は少年が魔道場へ飛び込むと、僅差で勝ったようで地面にへばり付きながら喜んでいる。 対する少女はそれを見て負けたことを認めつつも余裕そうに腕を組んでいる。

 この二人はここ最近事あるごとに勝負をしており、今のところは当然アニカの圧勝だが、ギルも稀に勝てるようになってきている。


 それからは各々が特訓を始めた。 ギルは魔道場の周りを走りながら魔力慣らしを、アニカは中で魔獣と戦っている。 最近は魔術よりも槍術(そうじゅつ)に力を入れているらしく、イコルと打ち合いをしていることが多い。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 (俺はこのままでいいのだろうか)

 正直二人はレベルが違う。 アニカは勿論、イコル先生の強さには驚いた。 あのアニカを相手に一歩も動く事なく完封しているところを見てしまったのだ。 アニカの動きなんて目で追うのでやっとなのに、それを意図も容易く、何も持たずに素手で相手していた。


 ――魔術に関しては、継続こそ最大の近道となるわ

 わかってはいるが、一体アニカに追いつくのにどれだけ時間がかかる。 どれだけ訓練すればいい。 あのレベルまでいくのに、最短で、最も効率の良いやり方はなんだ。


「視野を……、広く……」


 ギルは走るのを止めると辺りをゆっくりと見渡す。


 ――予想していなかったときもすぐに対応して乗り越える、っていう力も魔術師として大切だから

 

「……、よし」


 何かを決めたギルは魔道場を離れ、どこかへと向かって行った。


 そうしてギルが魔道場から離れた時、中ではアニカが頬に伝う汗をタオルで拭いながら次の戦いの準備をしている。

 

「あれ、アニカちゃんだけ? ギル君は?」


「まだ外で走ってるでしょ」


 すると途中やってきたイコルからギルの行方を尋ねられた。 アニカは集中力を切らしたくないのか話半分といった様子で聞いている。

 

「うーん、それがいないのよねー。 まさかっ、嫌になって帰っちゃったとか」


「……、まぁ、それなら仕方ないわね」


 イコルは少し茶化すつもりで大げさに言ったのだが、アニカはそれに対してどこか冷めた様子でつっけんどんに言う。 そしてすぐに槍を持って魔獣と戦おうとしたその時、


「あれー、なんか裏の方にいるかも」


 魔術:(てん)


 一定範囲内にいる魔力を持つ物体や人物を調査する魔術だ。


「……イコルちゃん、打ち合い頼むわ!」


「見に行かなくてもいいのー?」


「ギルのことだし、何かやっているに違いないわ。 すぐに追いつかれるわけにはいかないから」


「ふふっ、了解。 じゃあ、厳しめにいくよ!」


 そうしてイコルとアニカが打ち合いを行っている頃、


「やっぱしんどいな、これ」


 まばらに木が生えた魔道場の裏で一人特訓を行っていた。 飛燕を使って木と木の間で着地の瞬間に飛燕を出し、もう一度同じ場所に戻ってくるといった内容だ。

 魔術を創り出す速度と、動きながら正確に生み出す2つの力が要求されるであろうこの特訓はそう上手くいかず、木々の間を通りぬけてはその先すぐある木に何度も体をぶつけていた。

 目標としている木と木の間を通過するまでは約5メートル、ギルは飛燕により最大約10メートルは地に足をつかずに跳躍できるが、その力加減も一定にしなければ木と木の間に着地できないため難しいようだ。

 

 (自分で考えて、行動するのって楽しいかも)


 その目は諦めるどころかむしろ燃え滾っており、その後も何度も何度も挑戦しては失敗を繰り返していた。

 時間が過ぎていき、元々薄暗かった空の色がより黒色に近づいてきた。


 ――まずは飛燕で地面低め、ギリギリを狙って跳ぶ!


 足元に出した飛燕を生み出す速度は、アニカと勝負した時のそれを遥かに上回っていた。


 ――今ッ、速度が落ちてきたこのタイミングで、着地予想位置に飛燕を!


 空中で片手を地面に向けると、着地する場所ピンポイントで飛燕を出すことに成功。


 ――態勢を変えて、一気に踏み抜く!


 そして空中でくるりと横に身を翻すと、一気に跳躍し元の位置を大きく過ぎたところで着地をした。


「踏み抜きすぎた……、でも、できたッ!」


 この特訓を思いついてから2時間、ようやく始めて成功することができた。


「おぉー、ギル君凄いじゃない! でも今日はもう暗いから、中でやりましょ」


 パチパチと手を鳴らしながらギルに近づいたイコルは、彼の手を取り魔道場へ連れて行った。

 イコルがギルを連れて魔道場の中へ入ると、アニカが疲れ切った様子で汗を拭きながら水を飲んでいた。 そんな些細な動作でも、彼女からは気品が感じられる。


「それじゃあ授業を始めます!」


「「授業?」」


 すると突然、イコルが授業をすると言い始めた。


「授業って、何の?」


「もちろん魔術に関することよ。 ギル君が知らないこともあると思うし、今のうちに知っておいた方が今後のためにもいいかなーって思って!」


 2人はそういうことかと納得したようで、先生の話を聞く姿勢を取った。


「もう二人が一緒に特訓を始めてから一月経ってるし、学校の授業でもやってるからある程度は知ってると思うけどおさらいね」


 そう言うと何やら空中に文字を書き始めた。


 魔術:雲描(くもえがき)

 魔力を一点に集め留める事により空中に文字や絵を書くことができる魔術。

 

「アニカちゃんが得意とするのは自然系魔術の火系統と槍術ね。まぁギル君も薄々感じてたとは思うけど、 強さとしては同年代で敵無し、どころか大人顔負けの強さなのよ。 で、そもそも自然系魔術って言うのは――」


 自然系魔術とは、火、水、風、土の四系統に分類される魔術のことで、使用者はかなり少ない珍しい魔術のこと。 魔術協会が無償で行なっている魔力測定により、おおよその得意な魔術がわかる。

 それ以外の魔術を非自然系魔術と呼び、その中でも一般と特殊に分かれる。


「――ギル君が得意とする飛燕は特殊魔術で、浮雲や天なんかが一般魔術ね。 まぁ特殊と一般で劇的な差は無いけど、特殊は生まれながらにしてもつ魔術で、一般は誰でも使えるってイメージよ」


「確かに、飛燕に関しては術式が頭に勝手に浮かぶ感じがします。 他のは本で読んだり、教えてもらわないとわからないのに」


「あとギルも聞いたことあるかもしれないけど、その特殊魔術っていうのは、術者と一緒に育つ、って云われているわ。 私の自然系魔術もそうね」


「その通り! 自然系や特殊魔術は術者と共に成長する魔術なの。 だから普段の何気ない動作にも、魔術を交えて遊んでみるといいわ。 どんな時でも魔術と共にある、って感じでねー」


 (魔術で遊ぶ、か)


 魔術は生活を便利にするもの、自分の身を守るものと考えるのまでもなく、それが当たり前であるギルにとって、遊ぶという意味で魔術を教わるのは新鮮であったようだ。


「あとは魔術を使う時は魔力を必ず消費するでしょ。 その中継役、橋の役目をしているのが魔術式で、魔術式の出来で魔術は変わってるくるの。 その魔術式にも種類があって――」


 魔術式は式によって魔術の強さが決まる。


 一次式から五次式まであり、次数が低いと式が簡潔であり魔術を速く出すことができる。 反対に次数が高くなると魔術式の構成に時間がかり遅くはなるが威力が高くなる。

 魔術式の形もそれぞれ違いがあり、一次式は円形、二次式は円が2つ重なった二重円、三次式は三角、四次式は四角、五次式は星形となるようだ。


 つまり、先ほどのギルの飛燕は一次式であり、アニカの使った部分強化は二次式ということになる。

 また、次数は強さを示すものでなく式がどれだけ簡単であるかを意味するのだが、やはり威力の高い高次式を扱えると魔術師としての位が高いと思われやすく、特に若い世代ではそこに注目が集まりやすいらしい。


「――と、まあこんな感じでー、自分にあった魔術を覚えることが強い魔術師となる秘訣って感じなの」


 アニカは知っていて当然というように頷いているが、ギルにとっては学びが多くあったようで熱心に聞いている。


「うーん、結構話したなー。 それじゃあ――」


 文字を書きすぎて疲れたのか、彼女は両腕を気持ちよさそうにぐっと上に伸ばすと、なにやらストレッチを始めた。


「勝負しよっかー。 2人とも、どこからでもかかってきなさいっ!」


 何の構えなのか少し腰を落として右手右脚を前に出し、挑発するように指で、おいでと合図を出す。

 意外と様になってはいるのだが、急すぎるのと先生のキャラ的に全く合っていないため、2人は置いてけぼりにされてきょとんとしている。


「……、先生ってこんなキャラだっけ」


「たまに変になるけど、今日は特別変だわ」

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