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黒猫とアミュレット  作者: 晴恵
第一章 幼少期編
4/12

猫とカコ


 学校から歩いて十分、それがギルの家までの距離だった。 周りには高い建物などなく、野菜や果物を育てるための畑が広がっている。 学校から出て少し歩けば、段々と2階建ての大きな家がぽつんと1つ建っているのが見えてくる。 それがギルの家だ。


「ん?」


 もう歩いて1分もかからないであろうところで、地に降りた烏が3匹ほど集まって何かしている。 ギルが目を凝らして見ていると、その中心で真っ黒な子猫が襲われているのが僅かに見えた。


 ――助けなきゃ


 ギルは一目散に、やめろー、と大声で叫びながら烏の群れに突っ込んで行き、それに驚いた烏はギルとは反対方向に急いで飛び去って行った。


「大丈夫か?」


「ニー……」


 ギルが駆け寄ると、まだ掌に乗るくらい小さな子猫が、青く澄んだその瞳で不安気にギルを見上げる。 見たところ大きな怪我は無いようだが、足を突かれたのだろう、指を少し怪我してしまっている。 幸い血は出ていないようで、軽症だ。


「どうしたのーッ?!」


 ギルが子猫を優しく手で持ち上げると、家の中からギルの母親と思わしき若い女性が慌てた様子で出てくる。

 先程のギルの大声を聞いて急いで駆けつけたのだろう、エプロンを身につけたままで、サンダルが左右でチグハグになっている。


「あー、この子が烏に襲われてたんだよ。 それでつい……」


「そうだったのね。 でも、よかったわ。不審者に襲われたのかと思って焦って出てきちゃった」


 (仮に不審者がいたとして、その格好でどうするつもりだったんだろう)


 ギルの母親は安心しきった様子で、ホッと溜息を漏らした。


「それよりこの子なんだけど、うちで保護できないかな」


「そうね。 見たところ大きな怪我をしてないみたいだし、暫く様子を見ましょうか」


 そうして2人は1匹の黒猫を抱えて、家の中へと入っていった。



「お、ギルおかえりー」


 のんびりとした声で、リビングの方から着物を着た若い男性がゆっくりと歩いて2人の方へと向かってくる。

 

「ただいまー。 父さん、もう帰ってたんだね」


 ギルの父、ニーグ・レインは息子と同じく黒髪で、ギルの目元は父親譲りの優しい目のようだ。


「ああ、仕事が早く片づいてね。 しばらくは家でゆっくりしているよ。 っと、その子はこっちだ、温かいタオルを用意してある」


 ギルはリビングへ向かい、テーブルの上に置いてあったタオルの上にゆっくりと黒猫を乗せた。

 その下で魔術によって温められている。


「子猫は体温を維持するのが難しいらしいから、寝るときは暖かくしてあげるんだ」


 ギルは頷くと、小さく丸々子猫を優しく撫でる。


 少し遅れてギルの母がリビングへと入ってきた。


「言ったろ? ギルなら大丈夫だって。 母さんだって、俺の耳を疑ったことは無いはずだ」


「そうだけど。 でもちゃんとこの目で見ないと心配だったんだもの」


 ヨルフ・レインはギルの母で、おっとりとした話し方からもその性格がわかる。 赤みがかった長めの髪は、後ろで1つに結われている。


 ギルは両親の話を聞いて、何かを確信したような面持ちで2人に、ねぇ、と話しかける。


「父さんと母さんは魔術師だったの?」


 するとギルの両親は少し驚いた表情をした。


「そうだが、ギルに話したことあったかな?」


「いや、今日イコル先生に聞いたんだよ」


 2人は納得した様子で、ああ、と頷き、


「いい機会だし、少し昔の話をしようか。 ギルもどうやら良い経験を積んでるみたいだしね」


「そうね。 まさかギルが魔術に興味を持つなんて、これも遺伝かしら?」


 ギルは魔術を始めた話はしていなかったが、魔術師特有の雰囲気があるのだろうか、ギルの両親にはすぐにわかったようで、3人は嬉しそうに夜ご飯の支度を始めた。



「俺たちが魔術師だったのか、の答えは半分当たりで、半分外れだな」


 ギルは湯気の立った具沢山のシチューをもぐもぐと食べながら話を聞いている。


「母さんは引退して暫く経つが、俺はまだ一応現役で活動しているんだ」


「そうだったの?!」


「ギルには魔術のこと、全然話したこと無かったものね。 まぁ、今までは興味無さそうだったし」


 するとギルは最近学校あったこと、魔術に興味を持つようになった理由や、アニカという少女や担任のイコルと一緒に魔術の訓練をしていることを楽しそうに話した。

 2人はそれを楽しそうに聞いている。


「何かを始めるのに大きな理由なんていらないさ。 目標だって、そのうち変わるだろうしね」


 ニーグはグラスを片手に氷を回しながら、遠い目をして話をする。


「この先、生きていれば辛い経験だって1度や2度は必ずある。 その時に、ギルがどう思うかだ。何も、魔術師として生きる道だけしかないのではない。 ギルの思っているよりも世界は広い。もしギルが立ち止まってしまった時は、一度辺りを見渡すと良い。 その時に近くにいる人が、ギルにとって大切な人かもしれない、何か新しい発見があるかもしれない。 自分の底にある、本当に大切な事が見つかるかもしれない。 常に、視野は広く持つんだ」


 いつの間にかシチューを食べ終えていたギルは、真剣な面持ちで話す父の言葉に聴き入っていた。


「あはは。 ギルには少し難しい話だったかな。 ああ、でも、魔術師を目指すのに魔力慣らしから始めるっていうのは、とても良いことだよ」


「そうね。 私たちの頃はその考え方があまり無かった時代だから、ギルが羨ましいわ」


 どうやらギルの両親の世代では、魔術を多く使うことが力を強めると云われていたらしく、その思想が今でも植えついている地域もあるそうだ。


「俺も母さんも、魔術師としては優秀な部類に入る。 もしわからないことがあれば、何でも聞いてくれ」


 ギルの父は胸にドンと手を当てる。

 そのオーラは、魔術師としての実力からだろうか、頼もしく安心感を与えてくれる。


「魔術師の仕事って、やっぱり迷宮に行って魔獣を倒すことなの?」


「それも半分正解で半分外れだな」


「魔獣も倒さなければいけない時もあるんだけど、魔術師が目指しているのは迷宮の攻略ね」


「こうりゃく?」


「簡単に言えば、迷宮を全部知り尽くすことだ」


 ニーグの話によると、全部で10層から成る地下に出来たもう一つの世界、それが迷宮と呼ばれているものの正体らしい。 地下なのに太陽もあるらしく、下に行けば行くほど魔獣の獰猛さは増し、その大きさも桁違いになる。

 今現在で攻略済みなのはたったの2層で、人類が踏み入れた最高到達層は4層。


「え、たったの4?」


「そうよ。 迷宮が生まれてから数百年経つけど、それでも人類が辿り着いたのはまだ4層なのよ」


「1層1層が全世界で繋がっていてかなり広い。 その上、下へ進むにはその層にいる階層主と呼ばれる、その階にいる魔獣の中でも最も強力な魔獣を倒さなければならない。 だがそれも、どこにいるのか、そもそもどんな魔獣なのかもわからないんだ」


 深刻そうに話す2人とは違い、ギルは目をキラキラと輝かせて話を聞いている。


「魔術師って、カッコいいね! 冒険家みたいでワクワクするよ!」


「ギルは7人の賢者のお話が大好きだものね」


 ギルはヨルフの方を見て大きく頷く。


「はは。 まあ男なら1度は迷宮に挑戦してみたいと思うよな」


「それで、父さんと母さんはどんな魔術師だったの?」


「ん? ああ、魔術師にも色々と種類があるんだが、父さんは剣を使う魔術師で、母さんは魔術だけを使う魔術師だな」


「私たちの世代では男の子は剣を持ち、女の子は魔術だけっていう謎の風習があったのよ。 今はそんなの無くなってるけどね」


「あとはユグドラスっていう魔術師団を立ち上げたりもしたなー。 その時の最初のメンバーが父さんと母さんだ」


 その後もニーグは、ドラゴンを倒した、何百人もの人を救った、などの嘘か本当かわからないような話をして、ヨルフはその話を懐かしむように聞いていた。

 ギルはまるで英雄譚を聞いているかのように目を輝かせて聞いている。


『ニー!』


「あ、起きた」


 温かいタオルの上で寝ていた黒猫は心地が良かったのだろう、両手両足を思いっきり伸ばして、大きな欠伸をした。

 そしてお腹が減ったのか、にー、にー、とずっと鳴いている。


 魔術 |浮雲


 (やっぱ難しいな)


 ギルは黒猫の近くに置いてあった、コップに入っているミルクに向けて手をかざし魔術で取り出そうとするも、コップごと動いてしまうようで悪戦苦闘している。


「ギル、対象とする位置は物ではなく点だ。 もっと明確に位置を取ることを意識すると―― 」


 ニーグが人差し指を向けると、ミルクが小さく丸い塊となって取り出された。

 それを黒猫の口元へと持っていくと、黒猫はそれをぺろぺろと舐める。


「――こんな風に取り出せる。 まず最初に意識すべきは点だ。 物全体を見るのではなく、その中の点で操るんだ」


 再度ギルが挑戦するも、今度は中のミルクが揺れるだけで掴む事ができない。


「最初はそう上手くはいかないものよ。 何度も何度も練習を続ける事が大切よ」


 (継続こそが最大の近道か……)


 ふぅ、と息を吐いて先程よりも集中して魔術を発動させる。

 すると、


「ほぅ……」

 

「ふふっ」


 今度は(いびつ)ではあるがミルクを浮かせることができ、黒猫の口元へと運ぶ。

 黒猫は目を細めて美味しそうにそれを飲む。


「そうだ、名前はどうするの?」


 ギルは顎に手を当てじっと考え込むと、ふと何かを思い出したように辺りを見渡す。


 ――視野を広く持つ


 すると目に入ったのは、ヨルフがキッチンから運んできた苺だ。


「苺……」


『ニーッ!』


 ギルが苺とつぶやくと大きな声で黒猫が鳴いた、まるで自分の名が呼ばれたかのように。


「お、いいじゃないか。 ギルが大好きな果物だしな」


「よし。 お前の名前はイチゴだ、よろしくな!」


 イチゴと呼ばれた黒猫は、ニー、と鳴くと嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしてタオルの上で丸くなった。

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