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黒猫とアミュレット  作者: 晴恵
第一章 幼少期編
3/12

嵐とアニカ


 ――息をするのも忘れるくらい、美しかった。


 動くと邪魔になるからだろうか、少女は長めの髪を後ろで結っており、前髪は目にかからないよう切り揃えてあり、その髪色は彼女の獰猛なオーラにピッタリの赤髪だ。

 鋭い目つきに隠された深紅の瞳も、彼女自身の強さを示すかのように燃えているようにすら感じる。


 魔道場の中で行われているのは命の駆け引き。


 少女は二、三メートルくらいある先の潰れた木製の槍を両手に持ち、一挙手一投足、どんな些細な動いきでも見逃さないと言わんばかりに、相対する狼を射るように見ている。

 狼はかなりの攻撃を食らっているのだろう、呼吸は荒く、少女を鋭く睨み返しているが、どうにもその目には力があるように見えない。


「「……」」


 たったの1秒、その瞬間だけ世界から音が奪われた。


 ――ダンッ!


 少女は止まった時を現実に引き戻すように、大きな音で鋭く足を一歩踏み込むと、一直線に狼まで切迫する。

 左手左足を前方に、柄の後方を右手で持ち腰に構え、まるで槍が伸びたかと錯覚するかのような鋭い突きで狼の頭を狙って攻撃する。


 狼はそれをスレスレで左に跳んで避けるも、着地したその瞬間には槍が構えの位置に戻っており、次の攻撃をする姿勢が整っている。


 今度は狼の右前足を狙って突きを出すが、それもギリギリで左に跳び避けられたと思ったが、少女はすぐに右足を一歩前に踏み込み、力強く狼の脚目がけて振り払う。


 狼は速い連撃に対応できず、地に体をついてしまう。


 少女はその隙を見逃すはずがなく、振り払った勢いを殺すことなく、そのまま槍を半回転させ柄尻で頭を一突きした。

 

 狼はその攻撃で絶命したようで、まるで砂になったように消散し、少女はスッと音も立てず槍を立て、礼をした。

 その所作は洗練されており、とても幼い少女の動きとは思えない。


「すげぇ……」


 ギルが思わず感嘆を漏らすほどに、その少女は同年代とは思えない程に強く、美しかった。


「誰?」


 少女がギルに気づいたようで、先程同様、狼を殺す勢いと同等な威圧感でギルを圧倒する。


 その見えない力に、思わずギルは一歩後退りした。


「あぁー、ごめんねアニカちゃん。 盗み見するつもりはなかったの。 ギル君は荷物を運ぶのを手伝ってくれたのよー」


 イコルが経緯を説明すると、アニカはなるほど、と言ってギルに向ける威圧感をすぐに消し、軽く笑みを浮かべた。

 

「思わず変態が来たかと思って、身構えちゃったわ」


 (今日の俺はおっさんやら変態やら、酷い例えばかりだな)


 ギルはアニカに軽く会釈をすると、イコルの指示で両手に持つ段ボール箱を隅の方に置いた。

 中に木剣が数本入っているのがチラリと見える。


「ねぇアンタ。 その中の剣、一本取ってくれない?」

「えっと、わかりました」


 ギルは段ボールを開け、どれも同じような形をした木剣の中から1つを手に持った。


 その瞬間、


 ――カンッ!


「はあ?!」

「あら、アンタ見かけによらずいいセンスしてるじゃない」


 後ろから何やら嫌な感じがしたから、振り返りざまに剣を横にして頭を守ったら、本当に槍先が目の前まで迫っていた。


 アニカは音を消してギルに近づいていたようで、当たっても怪我をしない程度の力でギルの後頭部目掛けて槍を振り下ろしたが、まさかガードされるとは思わなかったのか言葉以上に驚いた表情をしており、なぜか喜んでいる。


「ギル君凄いじゃない!」


 そしてそれはアニカだけではなく、イコルも同様だった。


 ギルはあまり褒められるのに慣れていないのか、照れ臭さを誤魔化すように頬をポリポリと掻く。


「いや、なんか嫌な感じしたから。 というかそれよりも、いきなり槍を振り下ろすなんてことある?!」

「なんか生意気な顔しててムカついたから」

「そんな理由で?!」

「でもアンタ、センスあるわ! ねぇ、うちの魔道倶楽部に入らない? 今ならこの美少女、アニカちゃんと2人っきりよ!」


 まるで嵐の様な女の子だな。


 アニカが矢継ぎ早にギルに話しかけるも、当人はまだいきなり槍を振ってきたことの驚きと、その理由で混乱している様子だ。


「か、考えておく……」

「ん。 アンタなら歓迎するから、いつでもいらっしゃい。 あ、18時までしかここにはいれないから、それまでにねー」


 また一方的に話を終え、魔道場の真ん中の方へと歩いて向かっていく。


 アニカは途中でくるりと綺麗なターンでギルの方へ振り返り、


「そこにいると危ないわよー。 それとも、もうやる気になった?」


 先程の戦闘時と違い、年相応に可愛らしくギルを茶化す。

 

 だが、やる気などという言葉とはかけ離れた存在のギルは、なってないです、とだけ言い放ち、そそくさと魔道場の出口へと向かう。

 

 (なんで俺、考えるなんて……)


 ギルは後ろをチラリと振り返って見ると、彼女はまた集中し直している様子で、先程茶化してきた雰囲気とは打って変わり、また一人で魔獣と戦う準備をしていた。


 それを見たギルの手は、無意識なのか力がこもっている。


「そんな顔するなんて意外だなー」


 急に近くで声をかけられたギルの体がビクリと跳ねた。


「そうですか?」

「うん。 いつもと違って今は普通の顔になってる」


 (普段は変な顔だって言いたいのか)


「気のせいですよ。 確かにカッコいいと思いましたが、別に入ろうなんて、考えてません。 俺には無理です」

「うんうん。 私、まだ何も言ってないけど」


 ギルはしまったと言わんばかりに顔を硬らせた。


 隣にいたイコルが楽しげに前を歩いて行き、ふと立ち止まる。


「まぁ性格っていうのはそう簡単に変えられるものでもないしねー、無理にとは言わないよ。 けどさっ――」


 イコルはギルに、優しく包むような微笑みを向け、


「――戦いを見てるギル君、良い顔してたよ」


 まるでギルの気持ちを後押しするかのように、ただ一言そう言った。

 

 ギルは先生の言葉を受けると軽く目を見開き、下を見つめて何か考え事をする。


「俺、今まで続けることができたものって、無いんですよね」


 ギルはそのまま下を見つめながらボソボソと先生に向けて話し出す。


「と言ってもまだ8歳ですけど、スポーツとか勉強とか、何をやっても中途半端で……」


 そう話すギルの顔は、悔しさや悲しさのような感情が混ぜ合わさった、複雑な表情を浮かべている。


 イコルはそれを真剣に聴いている。

 

「ギル君は怖いのかな?」

 

「怖い、ですか?」


 ギルは不安気に顔を上げた。


「うん。 そうやって今まで中途半端にしてきた自分が、少しだけ興味を持ったものにも結局は中途半端にしちゃうんじゃないかーって。 そんな気持ちでいたら、真剣に向き合ってるアニカちゃんに申し訳ないと思っちゃう。 それで、始めるのが怖い、とかさ」


 ギルはそれを聞いても自分の気持ちがわからないのか、その顔が晴れる様子はない。


「難しいことはよくわからないですけど、でも、そうかもしれないです。 勇気が出ないというか――」


「――なんだアンタ、そんなちっちゃいこと気にしてたの。 見かけによらないものね」


 いつの間にか2人の話を聞いていたアニカが、魔道場の入り口で腕を組んで立っている。

 なぜそんな事を気にしているのかがわからない、といった面持ちだ。

 

「そんな難しいこと考える前に、まずはやってみなさいよ。 やっても楽しくなければ辞めればいいだけでしょ?」


 ――言っていることはわかる、確かにそうだ。

 けど、今まで全ての事を中途半端にしてきてしまった自分が続けられるとは思えないし、また続かない自分が出来上がってしまうことが、怖い。


「始める前にあれこれ考えて何もやらない奴よりも、まずはやってみる奴の方がかっこいいじゃない!」


 中靴から外履に履き替え、話ながらゆっくりと、アニカがギルに近づく。


「さっき言ったでしょ、アンタはセンスがあるって。 こんなこと言ったのアンタが初めてなんだから――」


 アニカがギルの正面に立ち、同じくらいの身長の2人の目が交差する。


 そしてアニカは、不敵に笑みを浮かべた。


「――私が逃すわけないじゃない」


 ――かっこいい。

 そんなことを堂々と言える、歳が1つだけ上の女の子に、これほどまでに自分の心を揺さぶられるとは。


「アンタじゃなくて、ギルです」


 するとギルはどこか吹っ切れた様子で、同じような笑みを浮かべる。


 それに対してアニカは、やっぱり生意気、と短く返す。


「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」


 仁王立ちで腕を組み、鋭い目つきに自信満々の表情で、高らかに宣言した。


「私はアニカ、アニカ・アンブレラ。 最高の魔術師になる魔術師よ!」


 アニカは、アンタの番、と言うように顎をギルに向けて軽く突き出す。

 

「……、俺はギル・レインです。 俺も、魔術師を目指してみます」


 アニカに倣い、ギルも同じ格好をして宣言する。


「やっぱり生意気だわ、ギルは」


 アニカはニヤリと口角を上げ、ギルの額にデコピンをした。


 

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