七人とドラゴン
碧色に染まる綺麗な空と、荒れた地で生き長らえるたった一本の大木、龍血樹。
樹齢三百年以上のその木から採れる樹液は赤く、治せない病はないと言い伝えのある最高位の素材。
それを求めて今まで多くの魔術師が挑戦してきたが、持って帰ることができた者は極僅か。
理由は単純。
龍血樹を守るようにして立ちはだかる巨大な魔獣、血餓の暴龍が強力であるから。
龍血樹の樹液を食料とするためか、その鱗は鮮やかな赤色に染まり、龍種の中でも珍しい飛ばずに四足歩行で移動をする龍だ。
その龍が、まだ指の爪ほどに小さく見える距離。
人の気配に敏感なのか、辺りを警戒するように顔を動かしている。
背の高い筋骨隆々の青年が、雲を劈く雷の如く、地を蹴って龍に向かって一直線に駆けたかと思うと、一瞬で龍の目の前まで接近しており、顎目がけて蹴り上げた。
「クソッ、かてぇな」
ドンッ、という鈍い音からもその威力は相当なものと分かるが、暴龍はピクリともせず、大きな瞳でギロリと青年を睨みつける。
宙に浮く背の高い少女が青年に続き、空中で高速移動しながら目に見えない程の剣裁きで、龍の頭から尻尾まで次々と攻撃を繰り出す。
「そう簡単に切れるようなものじゃないわね」
龍は動くことなくその攻撃全てを受けきった。
龍の鱗はとても硬く、まるで金属同士が当たった時のような甲高い音が鳴り響き、鱗に少し切傷を与えられた程度だった。
そして暴龍という名の通り、荒れ狂った咆哮と共に巨大な腕や尻尾で二人を彼方遠くへと弾き飛ばした。
二人を攻撃するその瞬間、暴龍のすぐ後ろに、まるで太陽のように爛々と輝く巨大な火球5つが突如として現れた。
攻撃した瞬間の僅かな隙を狙ったはずだが、暴龍はそれをすぐに察知した様子で、火球が出るとほぼ同時に背中に出した魔術で凌ごうとする。
しかし暴龍の魔術は、発現途中でガラスが割れたかのように綺麗に砕け散った。
『ガァァァァ!』
その結果火球が全て命中し、暴龍が初めて苦しみの声を上げる。
「そこで指をくわえて見てな風女」
「脳筋筋肉ダルマと違って、あの程度の攻撃で膝をつくほど弱くないから」
「そりゃ、褒め言葉だぜッ!」
「……、気持ちわるっ」
さらに吹き飛ばされた二人がすぐに戻り、四方八方から降り注ぐ火球に加え、拳と剣で次々と攻撃を加える。
その猛攻に暴龍も反撃するが、絶え間なく降り注ぐ攻撃は、強固な鱗を以ってしても全てを防ぐことはできないようだ。
「行くぞッ!」
暴龍が動けない状況となったところを狙い、黒髪の青年が声をかけてさらに3人が前衛に出る。
それに対して暴龍は、怒り狂うように数多の魔術を出現させ3人に向けて紅色の斬撃を飛ばす。
だがそのおよそ半分ほどは、先ほどと同様にして砕け散り発現することはなかった。
「当たるなよ!」
血の斬撃と呼ばれているその魔術は、少しでも掠ってしまうとそこから出血が止まらなくなってしまう。
高度な医療魔術か、龍血樹でなければ治すことができないという恐ろしい魔術だ。
「当然です!」
「ギルこそねー!」
黒髪の青年ギルに応じた少女たち二人は、走る勢いを殺すことなく、自分の背丈よりも大きな槌で魔術を相殺していく。
指示を出したギルは腰に刀を構えているが抜く様子は無く、必要最低限の動きで躱していく。 その動きは、まるで魔術が青年を避けているかの様で、何十、何百と降り注ぐそれには掠りもしない。
僅か数秒であっという間に暴龍の前まで辿り着いた三人は、前に出ていた二人に続いて大槌や剣で猛攻を加える。
暴龍もそれに負けじと腕や尾、魔術を駆使して振り払うが、払えども払えども他の場所からの攻撃が絶えず、自身の身を守る様にして全身を丸めた。
すると突然、暴龍が眩いばかりの赤い輝きを放つ。
「――ッ、離れろ!」
ギルの一言で全員が一斉に距離を取りつつも、すぐにいつでも攻撃ができるように体勢を整える。
赤く輝いた暴龍が風船のように膨らんだかと思うと、その硬い鱗で覆われた鱗が溶けてマグマのように赤黒く変化し、姿形を変えた深紅の龍となって現れた。
禍々しい存在感に、怒りに満ちた殺気が津波のように押し寄せる。
だが、それに狼狽える者はここにはいなかった。
その変化が収まると同時に二人の少女が動く。
「姉さん!」
「うん!」
二人が大槌を天へと向けると、大きな魔術式が暴龍の頭上に展開される。
「「稲妻落としッ!!」」
大きな雷が暴龍へ直撃し、轟音共に周囲全体に衝撃波が走る。
今までのどの攻撃よりも大きな威力だったその魔術によって暴龍も倒されたかと思われたが、
「あちゃー、やっぱダメかー」
「やはりあの状態だと魔術はあまり効かなそうです」
雷の魔術を使った姉妹は、魔術が効かないことを知っていたように呑気な声で呟く。
「エイギス、フォルン、2人とも手筈通りに行こう」
「お前ら足引っ張んじゃねぞ」
「はいはい。 はぁ……、なんて協調性のないチームなのかしら」
先程よりも力を増したような3人が魔術を駆使して暴龍へと向かう。
ギルは着地の瞬間に足元へ魔術を展開し、凄い勢いでバッタのように跳んでいき、エイギスは先程以上の力強さで大地を蹴り飛ばし、綺麗な羽衣を纏ったフォルンは空中を高速で飛んでいく。
暴龍が身体から何十とある紅色の触手を生やし三人に攻撃するも、それを剣や拳で次々と捌いていく。
しかし、斬れども斬れども触手は驚異の速度で再生されるため拮抗状態となった。
「クソッ、きりが、ねぇぞッ!」
フォルンが高速で旋回し隙を作ろうとするも、ギルが魔術で抜け出し高速で暴龍の裏へと回るも、暴龍の周囲一帯が触手の攻撃範囲であるようで近づくことは叶わなかった。
いつまで続くかわからないこの攻撃を抜け出し、きっかけを作らなければジリ貧になることは考えるまでもない。
「任せなさい」
背の小さい赤髪の少女がどこからともなく最前線に現れると、暴龍の触手全てが一気に全方位から囲い込む様にして迫る。
「白蛇!」
白く輝く炎が赤髪の少女を守るようにグルグルと回り、迫りくる触手を全て弾くと、当たった触手の根元まで炎が侵食し再生を止める。
この場にいる全員の前に立つその背中は、とても小さいのに絶対に大丈夫だと思えるほどの大きな存在感がある。
彼女が手を振り翳すと大きな魔術式が展開され、暴龍は阻止しようと再生した触手が伸び、口からは巨大な紅色の球が放たれた。
危機的状況に見受けられたが、彼女の口元がニヤリと微笑んだ様に見えた。
すると三人が彼女を守る様にして前に立ち、フォルンとエイギスが触手を迎え撃ち、凄まじい威力で迫り来る巨大な紅色玉を、
「……、なるほど、そこか」
ギルが刀の柄に手を添え、目にも留まらぬ速さで縦に一振り抜刀すると、凄まじい爆風と共に消え去った。
そして彼らの頭上には、暴龍と同じくらいの大きさの槍が燃え盛り、
「――炎炎たる業火槍」
赤髪の少女の掛け声と共に、その大きさからは想像できないほどの速度で暴龍へと進撃する。
暴龍の触手は意味を成さずに弾け散り、大きく口を開き先ほど同様に魔術の展開を始めた。
「残念」
しかし再度放たれることはなく暴龍の口元で暴発し、さらに頭に槍が当たると爆発した。
『ガギャァァァァァッ!!』
それでも暴龍は倒れることなく、最後の力で立ち上がる。
「二人ともッ!」
しかし大きく怯んだその隙に、鳴りを潜めていた二人の少女が、
「もっかいいくよッー!」
最大火力の攻撃をもう一度繰り出す。
「「稲妻落としッ!!」」
天から巨大な雷が暴龍の頭へと直撃し、その頭から首元あたりまで大きな傷が出来た。
そしてそこには、キラリと光る龍の鱗が見えた。
「ギル!」
「おうッ!」
黒髪の青年ギルが、それを狙い今までよりも一層速く跳び出すと、暴龍も怯みながらもそれを守ろうと触手で応戦する。
だが彼にとってそれは無意味であった。
目の前が真っ赤に染まるほどの無数の触手は、見るも無惨に散っていく。
どれか一発は当たってもおかしくはない量だが、それら全てを最小限の動きで躱し、刀で捌く。
さらに暴龍へと向かう勢いは衰えることなく、どんどんと増していく。
僅か三秒で暴龍の元へとたどり着いたギルは、剝き出しになった一枚の鱗を狙い剣を振り翳す。
暴龍はそれを守ろうと触手を傘の様に束ね、1枚の大きな盾を作りだしギルの行手を阻む。
「それが魔術である以上――」
剣と触手が当たる寸前、パリンッという音と共に砕け散った。
そして今度は再生することなく、
「俺たちには、効かないッ!」
刀が鱗を真っ二つに切り裂いた。
すると暴龍の動きが止まり、その巨体がぐったりと龍血樹の麓へと横たわると、マグマの様な赤黒い身体が次第に鱗へと変化し、元の、血餓の暴龍の姿となった。
「コイツ、かなり強かったな」
「ええ。 正直、アニカさんとスールーの攻撃で倒れないから驚いたわ」
「でもやっぱり、アニカがいると安定してやりやすい」
「アニカさんを前線に出さないのが目標だったのに、残念です」
「だねー。 ちょっと悔しいなー!」
「後ろから見てたけど、みんな凄かったよー!」
こうして一行は、血餓の暴龍や龍血樹などの素材を集めながら、もっとこうすれば良かった、ああすれば楽だったと反省会をするのがこのメンバーの日常だ。
「よし。 必要な素材も集めたことだし、帰るわよー」
素材を取り終わった暴龍は砂の様に粉々になって空中に拡散され、一定期間経つと再度その姿を見せる。
その間は自由に龍血樹に近づけるのだが、素材を採ることができない。
龍血樹もまた、一度に採れる場所と量が限られており、一度採ると血餓の暴龍が復活するまでの間は樹液が一滴も出なくなっている。
こうして素材を全て採り終えた七人の魔術師たちは、素材を提出すべく魔術協会へと向かった。
「本当に血餓の暴龍を倒してしまうなんて……」
「まぁ私の師団、最高だからね!」
採ってきた素材を提供すると協会の受付嬢に大層驚かれた。
「本当に凄いです。 過去最速で師団クラスが上がっていますし、まさかたった一年で、こんなにも存在感のある師団になるとは、正直思ってもいませんでした」
「私もここまで早く来れるとは想像してなかったわ。みんなの成長が凄いのよ」
その後、素材の引き渡しや換金をしたのちに解散となり、訓練所に行く者やご飯を食べに行く者がいる中で、黒髪の青年ギルは一人で街中を歩いていた。
「もう、あれから一年経ったのか」
――振り返るとこの一年、いや、今までの十九年間があっという間に感じるな。
ギルはふと歩みを止めると、街の中央に生える大きな木を見つめ、今まであったことを思い出すかのように、感傷に浸っていた。