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後編

 それから、ヴィルシーナはバーラムの親が経営する街の宿屋に住み込みで働くことになった。


 最初は緊張したが、彼も彼の両親もとても優しくて、暖かくて。仕事は覚えることが多くて大変だったけど、毎日が楽しかった。


 バーラムと過ごす時間は更に格別で、どんなに大変だった日の疲れも吹き飛んだ。





 半年程経ったある日の夜、リビングでくつろいでいるところに、バーラムが不意に言葉を投げかけた。


「仕事の方はどうだ?」

「そうですね、もうだいぶ慣れました」


 コーヒーカップに手をつけながら、ヴィルシーナは微笑む。


「バーラムの方はどうですか? 仕事は上手くいっていますか?」

「ぼちぼちってところかな。ま、それが一番嬉しい事だけど」


 そう言って、バーラムはコーヒーを片手にヴィルシーナの前に座る。


「親御さんからの連絡はまだないのか?」

「全くありませんね。一通ぐらいはあるだろうなと思ってはいたのですが……」


 多分、実家にはもう勘当されたのだろうが……。それすら通告がないとは。 


「……寂しくは無いのか?」

「それは──」


 ない。と言いかけて、ヴィルシーナは口を噤んだ。


「……寂しくない、と言えば嘘になります。ですが、今、貴方と一緒にいる方が、私は幸せです」

「…………そうか」


 と、バーラムはそれだけ呟いた。残っていた仕事を始める彼を、ヴィルシーナは無言で見つめる。


 二人の間に会話はない。だけど、心地のよい沈黙だった。





  †





 翌日、バーラムは家を出た。なんでも遠方の人との取引だそうで、帰るのが遅くなるらしい。

 



 ──バーラムを見送ってから、一週間が経った。彼はまだ帰って来ない。




 そのまま、一ヶ月が経った。流石におかしいと思ったヴィルシーナと彼の両親は、宿を閉めて何か手がかりがないかとヴィルシーナとバーラムが住む家の中を探し回った。


 そして、三人は見つけてしまった。“バーラム・ガイヤース”とサインされた軍の志願令状を。


 記入日は5月13日。彼が家を出る、前日だった。それを目にした時、ヴィルシーナは酷い喪失感を覚えた。


 どうして。どうして、相談も無しに。誰にも、何も言わずに行ってしまったのか。


 前日の夜に話したのにも関わらず、気づけなかった自分が情けなくて、目から涙が溢れた。


「……大丈夫だ、あいつなら必ず帰って来る」


 バーラムの父親がそう言って、ヴィルシーナの肩を優しく叩く。


「今はただ、バーラムが無事に帰って来ることを祈りましょう」


 彼の母親の言葉に、ヴィルシーナは啜り泣きながら頷いた。




 それから二年が経って、バーラムの父親が軍に招集されて戦地に旅立った。




 更に一年後、ランド帝国の爆撃機編隊がヴィルシーナ達の住む都市を襲った。


 翌日の新聞で、アラジ・ウォーリック公爵がその爆撃によって亡くなったことを知った。


 二度目の爆撃で、今度はガイヤース家が経営していた宿が倒壊した。仕事中だった彼の母親は瓦礫の下敷きになってしまって、助からなかった。





  †





 それから更に二年後、五年にも渡った戦争はランド帝国の敗北という形で終戦した。その間にヴィルシーナの元へ届いたのは、父の戦死報告書だけだった。


 街の人々は勝利に酔いしれていたが、天涯孤独となってしまったヴィルシーナはただただ、昏い気持ちだった。


 父も、優しかったバーラムの両親も、──バーラムも。みんな、逝ってしまった。


 悲嘆に暮れて、ヴィルシーナは家でわあわあ泣いた。泣いていないと、どうにかなりそうだった。




 気がつくと、時計の針は六時を指していた。どうやら、泣いているうちに疲れて眠ってしまっていたらしい。


 気分転換に外に出ると、空は東から淡く朱に染まっていた。人気がないのに気づいて、ヴィルシーナは今更早朝であることに気づく。


 あてもなく彷徨って、気がついたら海に来ていた。五年ほど前、ウォーリック公爵家から追放されて、初めてバーラムと出会った場所。


 ぼんやりと水平線を眺めていた、その時だった。


「こんなところに居たのか。探したぞ?」

「──っ!?」


 瞬間、ヴィルシーナは心臓が飛び出しそうになった。驚愕に突き動かされるままに、声の方へと身を向ける。その声は──!


「──バーラム!」


 思わず、彼に抱きついていた。


 五年間待ち続けていた人──バーラム・ガイヤースは、やはり王国軍の軍服に身を包んでいた。


「……すまない、遅くなった」


 抱きついて泣きじゃくるヴィルシーナに、バーラムは色んな感情が入り交じった声で謝罪の言葉を呟く。


「いいんです! いいんです……!」


 貴方が生きていてくれて良かったと、ヴィルシーナは涙を流しながら言う。


 日の出の光を涙が反射して、視界が更に悪化する。だけど、そんなことはどうでもよかった。


「……帰ろう。家へ」

「っ──! ……はい!」


 微笑むバーラムに、ヴィルシーナは満開の笑顔でそう答えた。


初めて異世界恋愛というものを書いてみました。

異世界要素がどことか言うのはナシでお願いします。

面白いと思って読んで頂けたのならブックマークや評価をしてくれると嬉しいです。

戦場のワルツhttps://ncode.syosetu.com/n6210ih/というハイファンタジーも現在執筆していますので、興味がありましら、是非!


追記:競走馬の名前を沢山借りましたが、幾つ見つけられたでしょうか? 7頭の馬名を借りました。読者の皆さんは見つけられましたか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] たくさんの人の、死はあったけど最後に幸せになれそうで良かった! [気になる点] 戦争中の彼の行動や、戦後少しは偉くなってたのかな? [一言] 偉くなってなかったら、また宿やはじめるのかなと…
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