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僕とアネモネ先生。part2

師匠(マスター)、ちょっと時間ありますか?」


 リナは先生の傍へと駆け寄って、その袖を引くようにして向かいのパン屋のほうへ歩いて行く。


「ユーノが師匠(マスター)に聞いてほしい話があるみたいなんです。なんか色々大変みたいで……」

「そ、そうなの? 別に、時間は大丈夫だけど……」

「じゃあ、お願いします。――ユーノ、師匠(マスター)来たよ!」


 パン屋のドアを開けて叫ぶと、


師匠(マスター)~!」


 と、今朝と同じくフリルの多い白黒のメイド服を来たユーノちゃんが、そこから飛び出してくる。先生が両手に荷物を抱えていることにも構わずガバッと抱きついて、


「どうしよう~! 昨日、知らない人からお手紙貰っちゃったの~!」


 言葉の表面だけを見れば困っている様子だが、それにしては声が浮ついて嬉しそうな気がしなくもない。


 なんてことを思っているうちに気づくと、


「そんな手紙を貰って何が嬉しいというんですの? 封筒も貧乏くさいし、きっとロクな相手じゃありませんわ」


 金色の長い髪をロールにして、水色のドレス風ワンピースを着た少女――すぐ近所にある銀行家の娘であるオデットちゃんがいつの間にか来ていた。ついでに、

「そんなのはくだらない決めつけ。自分が貰えなかったからって嫉妬してるだけ」


 黒い下縁メガネに、ピシッとした白い襟つきシャツに黒い膝上のスカート、それに黒い腰エプロンという出で立ちの少女――うちの右隣にある喫茶店の娘であるノエルちゃんまでやって来ている。


 こうしてあっという間に店の前に女子の輪ができたが、これもいつものこと。


 アネモネ先生がこの辺りを通ると、リナ、ユーノちゃん、オデットちゃん、ノエルちゃんという同い年四人組の誰かしらに捕まって、パン屋の店先にあるベンチで恋愛相談会が開かれるのだ。(だから先生はこの子たちから『恋愛師匠(マスター)』と呼ばれているというわけだ。)

 

 五人の声はそれなりに大きいから、耳をそばだてなくとも話し声は聞こえてくる。


「うーん……私は、ちょっと少し様子を見たほうがいいと思うかな……」

「そうなの? どうしてどうして? こんなに真剣なラブレターなのに……」


 横長のベンチの先生の左隣に腰掛けているユーノちゃんが、食い入るように先生を見つめながら尋ねる。


「だって、この人はたぶん、これからユーノちゃんに告白をしようとしてるわけでしょ? なのに、わざわざここから遠い場所にまでユーノちゃんを来させようとするなんて、おかしいと思わない?」

「そうかもしれませんけれど……もしかしたら、景色の綺麗な、この方のお気に入りの場所に招待しようとしてくれているのかもしれませんわよ?」


 と、先生の前に立っているオデットちゃんが、相手を庇うようなことを言う。あれ? オデットちゃんはさっき『きっとロクな相手じゃない』って言ってなかったっけ?


「だとしても、よ。自分の理想があるかもしれないけど、そのために相手に苦労をさせるのはどうなのかしら。こういう人って、つき合ってもきっと同じことをするような気がする。ユーノちゃんが優しいからって、どんどん甘えて自分勝手になっていくタイプよ」

「な、なるほど……」


 オデットちゃんの隣に立っているリナが神妙な顔で頷く。


「それに、ユーノちゃんに顔も名前も知らせないっていうのも、なんだかあまりよくない気がする。向こうはユーノちゃんを知ってるのに、こっちには何も教えないなんて、ちょっと厳しく言えば卑怯というか……。こういう所も、甘えん坊の勝手な人っていう感じがしない?」

「この手紙からそれだけの情報を推理するなんて……流石です、師匠(マスター)



 先生の右脇に座っているノエルちゃんが、メガネを鋭く光らせながら言う。


「…………」


 男としては、何も言えない。というか、なんだか自分のことを言われているようで、一言一言が心を刺してくるような気がしなくもない。


 可哀想な手紙の差出人の少年よ、僕は君の味方――でもないか。


 どこぞの馬の骨とも知れない奴に、僕の妹みたいなものであるユーノちゃんを渡すわけにはいかない。先生の言う通り、まずはその名を名乗ってもらおう。話はそれからだ。


 しかしそれにしても、先生は本当にいい人だ。今みたいに相談の相手が子供だとしても、いつだって真剣だ。決して邪険にしたりしない。仕事でもないのに、1ロウリーのお金にもならないのに、それでも先生は真心で人に向き合ってくれるのだ。


 だから、考えてしまう。


 ――もしも、僕がこの想いを先生に伝えたら……先生はその時も、今のように僕と向き合ってくれるのだろうか。その答えがなんであれ、僕の言葉を受け止めてくれるのだろうか……。


「……はぁ」


 と、店先に置いてあるブローディアエアの小さな紫の花びらを見つめながら、重いため息を一つ。


 果たして、いつか自分が先生にこの想いを伝えられる日は来るんだろうか? 先生に卑怯だと思われないように、真正面から、ハッキリと……。


 はぁ、と止めどなく溢れてくるため息をまた一つ吐いていると、


「コラコラ、君たち。アネモネ先生は忙しいんだから、あんまり迷惑をかけちゃダメだぞ」


 大人の男性の低く張りのある声が通りに響いた。


 見ると、そこにいたのは一人の衛兵――エミール・ベフトンさんだった。


 整えられた短髪に、ピンと尖った立派な口髭、そして戦士とはかくやと言うような背が高く頑強な体つき。衛兵の黒い帽子と赤ワイン色の制服姿は、まるで初めからこの人のために作られていたかのように絵になっている。


 腰に下げたサーベルをチャキッと鳴らしながら先生を向いて気をつけをして、律儀に帽子を取る。


「ア、アネモネ先生、お休みのところ申し訳ありません。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか」

「はい、大丈夫ですよ」


 先生は微笑んで立ち上がり、少し離れた場所でエミールさんと何やら立ち話を始める。


 エミールさんに追い払われるような形でこちらへ来ていた少女たちもまた、身を寄せ合うようにしてコソコソ話し始める。


「っ~~~! 見てみて、あんなに顔を近づけて。やっぱりあの二人、つき合ってるんだわ」


 ユーリちゃんがキラキラと目を輝かす。


 フン、とオデットちゃんは険のある眼差し。


「わたくし、あの人はあんまり好きじゃありませんわ。だって、いっつも偉そうなんですもの」

「実際エラいんでしょ。衛兵だし、しかもその中でも優秀な人みたいだし」


 と、どこか冷めた目のノエルちゃん。


 リナはと言うと、何も言わずにじっと睨むように二人を見つめている。


 それから程なくして、少女たちは噂話も飽きたように解散し、アネモネ先生もしばらくエミールさんと何か話し込んでいたが、やがて一人で自宅のほうへと去って行ったのだった。

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