宝物。
下水の臭いが立ちこめる裏路地を、僕は必死に走っていた。
背後からは僕を追ってくる複数の足音と、男たちの怒鳴り声。どうして行き先が解るのか、狭く入り組んだ路地をどこまで逃げても、あらゆる方向から男たちは迫ってきた。
「っ……うあぁっ!」
呼吸の苦しさで視界が霞み、僕は路地を塞いでいた木箱に躓いて転倒してしまう。
もう限界だ。
立ち上がることもできず、僕は臭く冷たい水たまりの中で手をついて座り込む。
「貴様! そこを動くな!」
追いついてきた数人の衛兵――その先頭にいた知り合いのエミールさんが、その筋骨隆々とした体躯で路地を塞ぐようにして僕の前に立つ。
「ロッジ、それを寄越せ」
『それ』とは、僕がいま胸に抱え込んでいるもの――淡い金色の光に違いない。
だが、絶対にこれは、これだけは渡すわけにはいかない。転ぶ瞬間でさえ、僕は自分の身体よりもこれを守ることを優先した。これは僕にとって、僕の命くらいに大事な宝物なのだ。
「イヤです。絶対に、誰にも渡しません」
「それはお前の身には余るものだ。花屋ごときが持っていていいものじゃない」
だから寄越せ、そう言って歩み寄ってくるエミールさんの目は、暗がりの中でも不気味に光って見えるほど血走っている。
僕は金色の光をさらに深く抱え込んで、
「イヤだって言ってるじゃないですか! これは絶対にあなたになんか渡しません!」
「そうか……。ならば仕方ないな」
言って、エミールさんは腰のサーベルをスラリと抜く。掃きだめのような裏路地には不釣り合いな、鏡のように綺麗な細身の剣が僕の顔に突きつけられる。
「身分にそぐわぬものに手を伸ばそうとした者は、それゆえに身を滅ぼす。恨むなら、花屋などに生まれてしまった運のなさを恨むことだ」
裏路地からわずかに見える夜空、そこに浮かぶ下弦の月と重なるように剣が振り上げられた。そして――