禁断の技
「か~め~〇~め~……」
「やめろ堀田先生ッ!! その技は危険だッッ!!」
あまりにも危険な技である。
コウジの両手のひらの間に黄金色の魔力が集まり、バチバチとスパークを放つ。
「波――――ッ!!」
やってしまった。
大丈夫だろうかこれ。
それはさておき。
夜王とジャキはその直撃を受けて2メートル以上も弾き飛ばされて路上に青天でひっくり返った。
夜王はまだその力の片鱗すら見せてはいないものの、しかしその体格と纏う雰囲気から尋常な実力の持ち主ではないことは察することができる。
その男と、たった今スケロクを打ち破ったジャキを一撃で倒したのだ。
「こっ……これが……ッ!?」
「ごほっ、やったな、堀田先生。それがあんたの隠された潜在能力だ。予想以上の力だぜ」
「…………」
「……予想以上の力だけど、もうやらないでくれ」
「ホントに」
「……すいません」
スケロクは少し咳き込んでから立ち上がり、夜王達二人を見下ろした。その後ろ姿を不安そうな目でコウジが見つめる。
一体スケロクは彼らをどうするつもりなのか。
それが現実であったのか、それとも夢であったのか、判然としないものの、鏡の中の世界でメイはヤニアを躊躇することなく殺害していた。果たしてスケロクも同じようなことをするのか。当然一般市民であるコウジには許容しがたい事態だ。
「残念ながら、現状で俺はお前らをどうこうできる権限は持ってはいねえ」
苦々しそうな表情でそう吐き捨てる姿を見て、コウジは内心安堵のため息を吐く。
「ふ……ふふふ、見逃すというのか」
意外にも夜王はあまりダメージがないようで、何事もなかったかのように立ち上がり、未だ失神したままのジャキを肩に担いだ。
「だが覚えておけ。弱い者勝ちのこの社会において『正義』を定義することが出来るのは我らのみ!! たとえどんなに法的に正しくとも!! ましてや貴様ら公権力には……」
「うるせーぞ!! なにやってやがんだ!!」
塀の向こう側から大声が聞こえ、中年男性が顔をのぞかせた。夜王も含めて全員が沈黙する。
「警察呼ぶぞコノヤロウ!!」
警察ならここにいるが。
しかし誰も言葉を発することが出来ない。
あまりにも近所迷惑であった。
それでも尋常な事態であればスケロクが警察手帳を見せて事なきを得ることもできたかもしれないが、其れも憚られる。
原因はコウジにある。
なぜならば少し前に結構な声の大きさで「かめ〇め波」と叫んでしまっているからだ。
― いい歳こいたおっさんが、陽の沈んだ住宅街で、ドラ〇ンボールごっこして遊んでる ―
おそらく一般人から見ればそうとしか思えないだろうし、半分くらいはその通りだ。
「……すいません」
申し訳なさそうな表情で顔を伏せ、小さい声で謝るスケロクとコウジ。
「すまぬ」
夜王も口調はそのままであるが、素直に謝った。
先ほどまでのクソデカ声とは同一人物と思えないほどに弱弱しい声である。
「ほな」
そう言って夜王はジャキを肩に担いだまま消えていった。
あと怒ったおっさんも塀の向こうに消えていった。
「はあ……なんとか」
コウジは脅威が去って気が抜けたのか、腰を抜かしたかのようにその場にへたり込んだ。
なんとか事なきを得た。しかし殆ど不確定要素とも言っていいコウジの実力頼みの勝利であった。
「悪いな、堀田先生。情けない姿を見せちまった……」
「これからも……つけ狙われることになるんでしょうか」
「つけ狙われる」……というよりは、完全に敵にしてしまったという形だろう。
スケロクは元々公安として彼らの存在に目を付けていたからいいものの、コウジは民間人でありながら完全に決別宣言をして敵対してしまったのだ。あの反社集団と。
冷静になって考えて、コウジは身震いがする思いであった。
昨日まで、いや、ほんの数刻前までただの医師であった彼が、元ヤクザの反社組織、しかも尋常ならざる怪異なる力を持つ者達に狙われることになるのだ。
「とりあえず、これからどうするんですか」
人差し指の先でトントンと顎を叩きながらスケロクは考え込む。
「一般の警官やらが捜査を進めてはいる……が、荒事にならない限り俺の出番はまだないな……正直奴らが確実に反社会的行動をとっていると分からない限り身動きが取れない状態だ」
確かにスケロクは屈筋団の時のように問答無用で攻撃の体勢を見せてはいない。おそらくDT騎士団の方もそれが分かっているから大っぴらに違法行為に訴えるような行動はとってはいないのだろう。
強力な能力者が跳梁跋扈して絶え間なく攻撃を仕掛けてくることも脅威ではあるが、しかし危険であると分かっているものがその危険な貌を見せず、むしろ正義のように振舞っており、その尻尾がつかめないというのはなかなかに恐ろしいものだ。
「逆に考えれば向こうもそう簡単にこっちに手は出せないってことさ。そんな兆候があればすぐに逮捕してやるがな」
「でも……あいつらは『魔法使い』なんでしょう?」
コウジはその先は喋らなかったが、しかし何が言いたいかは分かっている。前のヤニアの時のように特殊能力で証拠すら残さずに拉致されてしまう危険性もあるという事なのだ。
ただ、コウジにとってはあれが夢か現か、まだ判然としない状況ではあるし、スケロクの方もメイがアレを隠したいというのなら多少は配慮せねばなるまい。
それに、DT騎士団はコウジに表社会でさせたい仕事があるのだからそこまで強硬的には暴力に訴えてこないだろうという考えもある。
あるとすれば……
「まあ、人質を取られて脅迫される、なんてのが今一番危ないところか?」
「人質……」
コウジの親族は県外の別の場所に住んでいて、晴丘市にはあまり知り合いがいない。いるとすればメイ辺りだが、彼女が人質に適さない女だという事は彼にもなんとなく分かる。
「まあ、もし心配なら警察のもんをやって警備を付けさせるぜ。何でも言ってくれ」
「だったら、是非お願いしたいですけど……スケロクさんの方は大丈夫なんですか?」
「俺か? 俺はまあ大丈夫さ。そんなに深い関係の知り合いがいるわけじゃないからな」