慈善団体
「おぉぉおおおおお!!」
夜の住宅街だというのに奇声を上げて一気に突っ込んでくるジャキ。しかしスケロクは銃を主武器としながらも近接戦闘を得意とする人物である。
「受けて立ってやる」と言わんばかりに同時に間合いを詰めてこれを迎え撃つ。ジャキが仕掛けたのは何の変哲もない右拳……に見えた。
「むっ!?」
左右の連打。しかし恐ろしく速い。そう言えば以前に追い詰めた時は魔法による糸で筋力の増強をして逃走に使っていた。同じような方法で拳速を上げているのだろうか。
スケロクは銃の照準をジャキに合わせることもできずに両手でその拳を打ち払うので精いっぱいである。
しかし一瞬、超高速の拳の連打の中で、さらに拳の回転が一段上がったように感じられた。
(まずい! まだ速くなるのか!?)
もはや目でその拳を捉えることは出来ず、相手の体勢と重心の移動から拳の位置を読み取って連打を受けていたスケロクだが、とうとうそのうちの一発が彼の胸を叩き、そして一撃が入れば続々と連打がクリーンヒットし始める。
「ぐああッ!!」
拳雨に晒されたスケロクの身体が宙を舞い、民家の塀に叩きつけられた。
「ホスト百裂拳!!」
「スケロクさん!! 大丈夫ですか!?」
コウジは両拳の連打によって疲労困憊のジャキを上手くパスして吐血しているスケロクの上半身を支える。血を吐いているという事はおそらくその連打の攻撃により内臓をまで痛めているのであろう。重症である。
「あくまでも我らには従えぬと申すか」
これでハッキリとコウジの心は決まった。メイとの関係を考えても、友人であるスケロクを目の前で害されたことをとっても、やはり夜王との共闘などあり得ない。
「時流の見えぬ男だな。これからの時代、世を支配するのは弱者だぞ」
その言葉に思わずコウジは顔を上げ夜王の方を見る。
今「弱者」と言ったのか、と。
たった今圧倒的な力でスケロクを打ち倒し、そして現在コウジを威圧している夜王達が『弱者』だと。
「よいか、我らがうぬを欲しているのは童貞だからではない。『魔法使い』になったことなど、入り口に過ぎぬ。些末な事だ」
「どういうことだ? 三十年間童貞で魔法使いになったから仲間に引き入れるって、そういうことじゃないのか?」
どうやら話はそう単純ではないようだ。さらに先ほど言った『弱者』という言葉。それとの関連があるのか。
「今の世の中、弁護士と医者が揃えばいくらでも金を引っ張ってくることができる。『患者』の候補は上階のNPO法人が抱えている人間からいくらでも選り取り見取りだ。うぬにはサザンクロスのお抱え医師として『診断書』を書いてもらおう」
「なっ!?」
ようやく夜王が何を言わんとしているのかがコウジにも理解できた。
あまりにも悪辣な手段。
つまりは「保護」した「支援の必要な人達」を『被害者』に仕立て上げるために医師の診断書が必要になるのだ。さらに言えば健常者を『障碍者』に仕立て上げ、生活保護の申請や福祉に係る予算を食い荒らすことも考えているかもしれない。いずれにしろ診断書を書ける医師が仲間内に居れば戦略の幅は大いに広がる。
「ようやくわかっていただけましたか? コウジさん」
ジャキが冷たい笑みを浮かべる。
「あなたほどの男が何を迷うことがあります! 奪い取れ。今は弱者が微笑む時代なんだ!!」
今度ははっきりと。
コウジは自覚した。彼らを自分が忌諱する理由を。
「弱者の立場を利用して社会を支配するなんてことが許されるか。第一そんな事をしたら本当に支援の必要な人達に福祉がいきわたらなくなるぞ!!」
しかし夜王達はその反論を鼻で笑うのみ。
「あと僕肛門科だぞ!!」
「ふふ、そうだな。肛門に重い障害を負っているという設定で……」
「障碍者手帳がもらえるほどの? そこは別にDVのPTSDとかうつ病とかでいいのでは?」
実際医師免許を持ってさえいれば何科などはあまり関係ない。とにかく、DT騎士団がコウジに接触してきた主目的が明らかとなったのだ。
「これで分かったろう、堀田先生。奴らの正体が。慈善団体を名乗りながら、やってることは実際には弱者の上前をはねる貧困ビジネス。弱者を装ったただの反社だ」
「ん~? なんのことかな? ふふふ……」
夜王がその厳めしい顔を歪ませて口角を上げる。
「この男はな……元々……」
「ふっ、その通り」
スケロクが何か言おうとするとそれを遮って夜王が口を挟んだ。
「私は、ヤクザ上がりなのだ」
(この人一人称安定しないな……)
とはいえ、何が言いたいのかいまいち分からない。弱者を装った反社の上にヤクザ。余計に悪い材料が揃っただけのような気がするが。
「分からぬか。元ヤクザが足を洗って牧師となり、NPO法人を運営して慈善事業をしている。マスコミが飛びつきそうな美談ではないか。文句を言うものは『障碍者差別』の一言で黙らせる。そのためには堀田コウジ、うぬの力が必要なのだ」
コウジの胎の内には怒りの感情が渦巻いていた。
ヤニアの鏡の中に取り込まれた時は正直言って周りのいう事も他人事のようで、実感がわかなかったが、しかし今回ははっきりと分かる。
「悪」に対する怒りが自分の中で燃え上がっていることに。
年中病気や体質の事で深く悩んでいる人間が彼のもとを訪れてくる。(スケロクみたいに自業自得の奴もいるが)だというのに、この目の前の男たちは偽の診断書を書いて、偽の弱者に金を吸い取らせ、さらにその上前を撥ねようというのだ。これが悪でなくて何だというのか。
「堀田先生……」
スケロクが苦しそうに声を絞り出す。
「己の中の魔力を感じるんだ……あんたはもう、『戦う力』を手に入れているはずだ。イメージするんだ」
そうだ。彼にはもう闘う力があるはずなのだ。魔法使いとして覚醒したはずなのだ。しかし、なにぶん初めてのことなので何をどうすればよいのかが全く分からない。
「自分の一番イメージしやすい形でいい。己の中の魔力を練り上げて、敵にぶつけることを。難しい事はいらない。自分の最もイメージしやすい形で、敵にぶつけるんだ。イメージしたことがそのまま力になるはずだ!!」
闘争などというものとは無縁の世界で生きてきた。
「非営利団体で金を稼ぐことなど造作もない。行政にくっついて補助金をもらう、大衆受けする『ストーリー』を作って寄付金を募る、マスコミに媚を売る、方法はいくらでもある。特にサザンクロスは複数の法人が入っているだけでなくホストクラブなどの民間企業まであるからな。事業費の転用も簡単だ」
だが、闘わねばならない時というのはいつか来るのだ。それも唐突に。
自分にはできる……そう言い聞かせ、震える膝に力を込めて立ち上がる。
ゆっくりと、腹の奥に渦巻く様に力の奔流が感じられた。深く腰を落として、両掌の中に、力を集めることを強くイメージした。
「堀田先生? まさか……その構えは!?」
にわかにスケロクが焦り始める。
コウジの放とうとした技、その技に見覚えがあったのだ。そして彼の実力ならば、確実にその技をやってのけるだろうと。その危険な技を。
「やめろーッ!! 堀田先生、その技は危険だ!! どうなってもしらんぞ――ッ!!」