ホスト神拳
「いったん……ちょっと落ち着きましょう」
背後ではスケロクと邪鬼のにらみ合いが続いている。目の前には変なテンションの夜王。絶体絶命の状況ではあるが、堀田コウジは冷静であった。
というか。
「まず……あなた達はどういった集団なんですか」
よくよく考えれば彼らが何を思って自分を勧誘しようとしているのか、先ずそれを聞いていなかったのだ。
そもそも思い出してみれば、前回スケロクに助けられた時も、彼らがなぜ危険な存在なのか、何を企んでいるのか、その辺りを全く聞いていなかったのだ。
まあ見た感じでなんとなくヤバい奴らなのは察することができるが。
「フッ、そうであったな」
夜王がニヤリと笑い、近すぎた距離を少し離す。そう。先ずは話し合い。一般市民であるコウジにはそれが最も重要なのだ。一方夜王さんサイドは少し先走り過ぎである。
「我らはDT騎士団。まあ、キリスト教のサークルと考えてよい」
サークル活動。
聞いてた話と大分違う。
キリスト教関係の団体と聞いてはいたがスケロクが話していた感じだと社会の暗部で活躍する、もっとドロドロした感じの連中、というイメージがあったが。
「本社ビルの『サザンクロス』には2つのNPO法人と3つの一般社団法人の事務所を抱えておる。主な業務内容は貧困女性の保護やLGBT性的マイノリティへの支援だ」
イメージしていたものと大分違う。
コウジはスケロクの方をちらりと見る。
おかしい。こんな話ではなかったはず。歴史の暗部で活躍してきたカルト的キリスト教の組織ではなかったのか。
夜王の話を聞いた限りではそれこそ慈善活動をしているボランティア団体ではないか。
これなら、別に放っておいても構わないのでは? という考えがコウジの頭の中をよぎる。
「そしてこの夜王、キリスト教の牧師でもある」
再びコウジはスケロクの方をちらりと見る。
「世に虐げられる弱者の救済のため、うぬの力を借りたいのだ」
ちらりと見る。
― いいひとなんちゃうん ―
― 話がちゃうやん めちゃいいひとやん ―
― 顔は怖いし喋り方も変だけども ―
「騙されるな堀田先生!!」
今更ながらのスケロクの弁解。しかし彼はここまで何一つ有用な反証となる物を示していないのだ。それに反して夜王の方はというと、まさか自身がNPO法人と一般社団法人を運営しているなどという大それた嘘はつくまい。そこに対してスケロクの反論もない。
一体スケロクはこれに対してどのような反論をするというのか。
「そいつらはホストだ!!」
「なにッ!?」
事情が変わった。
一般の方々にとってはどうなのかは分からないが、少なくとも童貞にとっては『ホスト』というのは悪魔の人種、水と油の関係。決して相容れざる不倶戴天の敵にして許されざる仇なのだ。
言葉巧みに女を虜にして金を引き出し、挙句の果てには女衒のような事をして風呂に沈める。非モテの対極にある存在。
たとえ他にどんな善行を積んでいたとしても「ホストである」という一点に於いてその全てが反転する。慈善活動をしているというのも弱者を食い物にするために違いあるまい。
「このド外道がッ!!」
コウジは腰を深く落として夜王に対して構えをとる。武道の経験などない。戦い方など知らなかったが、自然とそんな体勢になってしまった。彼の本能が構えを取らせたのだろう。
「待てい! うぬは勘違いをしておる」
しかし一方夜王の方は相変わらず泰然自若に棒立ちの状態である。強者の余裕か。
「この夜王、未だ童貞である」
「ん? ホストのくせに童貞?」
少し意味が分からない。童貞にホストなどという職が務まるものなのだろうか。
「日本ではとかく馬鹿にされがちな童貞だが、キリスト教に於いては汚れを知らぬ清い体は尊ばれる」
……だとすれば、やはりただの良い人なのか。
思考の迷路に陥ってしまったことに気付いてコウジはぶんぶんと頭を左右に振る。
(いいか、落ち着けコウジ。こいつが童貞でもホストってことに変わりはない。女に貢がせて不幸にするクズだ。『童貞』ってことだけでシンパシー感じてどうするんだ。冷静に、冷静になれ)
しかしやはり冷静に考えてみると提示された状況だけ見ればこの夜王たち、それほどタチの悪い輩という感じはしない。
「堀田先生!!」
しかし最後のギリギリのところでスケロクの声が彼を繋ぎとめた。
「俺を……信じろ。そいつらの仲間になるってことは」
夜王に正対しているコウジだが、自分の肩越しにスケロクの方に視線をやる。たしかにスケロクと敵対している夜王の仲間になるという事は、今までの人間関係を失うことになるかもしれない。
「一生童貞でいるっていう事だぞ!!」
― それはイヤだ ―
― それは絶対にイヤだ ―
冗談ではない。三十年の童貞生活。全く女に縁のない生活から一転して葛葉メイという運命の人に出会えたというのに、ここにきて生涯童貞を誓うなどとんでもない話だ。
「冗談じゃない」
今度ははっきりと敵意を込めて夜王の方を見る。NPO法人は立派な仕事ではあるが、そのために個人の幸せを犠牲にするなど到底受け入れられる話ではない。
― セックスってどんな気持ちなんだろう ―
― オナホよりも気持ちいいのかな ―
― おっぱいの柔らかさってどんな感じなんだろう ―
その飽くなき童貞好奇心の前には、慈善事業の綺麗事などほとんど意味をなさなかった。
そして、彼がメイの姿を脳裏に思い浮かべ、次第に股間に血流が集まり始めた時であった。
夜王が口を開いた。
「ふん、あの年増女に未練があるのか」
「あの年増女だと……?」
コウジの纏う空気が変わった気がした。他の三人はその雰囲気を鋭敏に感じ取り、思わず身構える。
「メイさんのことか――――ッ!!!!」
「ぬうッ!?」
瞬時、コウジの身体から爆発するようにオーラのようなものが吹き出した。
「ぬぅ……これほどとは」
「これは、魔力か!?」
夜王と邪鬼の顔が驚愕に染まる。しかしその事態に最も驚いているのはコウジ自身のようだった。
「スケロクさん……これは、いったい!?」
「知らん……初めて見た。なにそれ、こわい」
ほとんど何の役にも立たない童貞の大先輩。
しかしとにかく状況は一転した。2対2という状況は当初より変わっていないのだが、しかし三十歳童貞となったコウジが魔法使いとしての力を顕現したのである。
「いけませんね。抵抗するというなら私達も実力行使に出ざるを得ない」
そう言って邪鬼がスケロクに一歩近づく。
「拳銃を使う俺が近接戦闘ができないとでも思ってるのか? 甘く見過ぎだぜ」
しかし銃口を向けられてもジャキは狼狽えることはない。
「フフフフ、見せてやろう。サザンクロスのナンバーワンホストに一子相伝で受け継がれる伝説の暗殺拳、ホスト神拳をな!!」