Happy birthday
『誕生日おめでとうございます。週末はあいてますか?』
スマホの画面を見て堀田コウジは思わず笑みがこぼれてしまった。慌てて顔を押さえて平常心を取り戻して、どうやら今のにやけ面を誰にも見られてはいなかったようだと一安心する。
メッセージの送り主は葛葉メイ。おそらくは週末、何かささやかなお祝いとプレゼントでもくれるのだろう。コウジは熟考してメッセージを返信してから、はた、と立ち止まった。
「いやな予感がする」
コウジは来た道を振り返りながらそう呟いた。最近の彼の「いやな予感」はよく当たる。
数週間前、コウジは謎の人物に襲われた、というか、勧誘されて、危ないところをスケロクに助けられた。それ以来帰宅時はなるべく毎日通る道を変え、時間も適当にずらし、待ち伏せされにくい状況を作っていたのだが。
しかしやはり嫌な予感がする。コウジは少し考えて通ろうと思っていた道を手前で曲がり、少し細い路地に入って方違えをする。
「むおっ!?」
しかしそこでも足が止まってしまった。
進もうと思った道の先、そこにある電柱の陰に明らかに人が隠れていたからだ。
というかこれを「隠れている」と表現してよいものか。細い電柱からは完全に両肩と足、それどころか肉厚な胴体がはみ出ている上に、よくよく見れば顔も見えている。
というか、異様にデカい。全てがデカい。丸太のような手足に冷蔵庫のような胴体。はち切れんばかりの筋肉をアンダーアーマーのシャツの下に無理やり押し込めているような、明らかに尋常でない体形。
それだけではない。身の丈もゆうに2メートルを越えている。本当に隠れる気あるのか。
どうやら危険を避けようとして余計にドツボに嵌ってしまったようだ。まだ距離があるうちに元の道に戻ろうとコウジは振り返って引き返そうとしたのだが、しかしもう遅い。
「はっぴばーすでぃ とぅ~ゆ~♪」
「ゲッ」
既に逃げ道を塞がれていた。振り返った先にはついこの間の前髪で顔が隠れた男が通せんぼしていたのだ。右手にはクリームパイを持っている。
「フフフ、そう構えないで下さい。私はあなたのお誕生日を祝いたいだけですよ」
「絶対違う。百歩譲って仮にそうだとしても、なんでケーキじゃなくてクリームパイなんだ。絶対それバラエティ番組とかで顔にべちゃってやる奴だろう!!」
しかし要点はそこではない。べちゃっとされるのも確かに嫌だが、彼の目的をコウジはスケロクから聞かされているのだ。
「そう邪険にせず。一体何を迷うことがあるっていうんですか。私はただあなたと仲良くしたいだけですよ」
そう男は言ったが、しかしスケロクの話していたニュアンスでは彼らは危険なカルト集団の可能性が高い。コウジはもう一度先ほどの大男の方を見てみる。普通に考えれば奴の方もこの男の仲間の可能性の方が高いとは思うが……
「はっぴばーすでぃ う~ぬ~♪」
ダメっぽい。
異常に低い声で電柱の陰から姿を現す……というか最初から姿は丸見えであったが。彼の方は右手にウェディングケーキもかくやと言わんばかりの巨大なホールケーキを持っている。
「うぬが堀田コウジか」
二人称がうぬ。
「この夜王の軍門に下れ」
やはり予想した通りの展開であった。おそらくは自分の味方に引き入れるため、彼が童貞のまま三十路を迎えるのを待っていたのだろう。
「お気持ちは嬉しいですが……」
当然コウジはこれに応じるつもりはない。彼らDT騎士団が何をするつもりかは知らないが、公安のスケロクに敵対しているという事は市民の治安に深刻な打撃を与える集団である可能性が高い。
さらに言うならスケロクには友人としての「義理」もある。葛葉メイを紹介してくれたのは彼なのだ。
「僕には、お付き合いしてる人がいるんです」
口に出してからコウジは微妙な表情をする。なんだか異性に交際を申し込まれて体よく断っているような口調になってしまった。
「つまり、近々童貞を捨てる可能性が高いという事です」
慌てて付け加えたが、なんだかこれも微妙である。メイとの交際がまるで下心丸出しのスケベ目的のようだ。
「くどい! 誰を愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ。最後にこの夜王の横におればよい!!」
(夜王の返答の方もなんか微妙だな……ちゃんと意図が伝わってるのか不安になってきた。というか『仲間に引き入れる』ってのが俺の勘違いで、実際にはこいつホモって可能性ないよな……)
「堀田先生!!」
前門の虎、後門の狼といった絶望的な状況の中、彼の名を呼ぶ声があった。
「くそっ、出遅れたか。今助けるぞ!!」
「スケロクさん!」
コウジの誕生日になればこうなることを予測していたのか、少し遅れてスケロクが姿を現した。これで状況は2対2ではある。
「邪鬼、邪魔をさせるな。コウジはこの俺が口説き落とす!!」
すぐにコウジとスケロクの間に先ほどの小さい方の男、邪鬼が立ちはだかる。スケロクは拳銃をベルトから取り出したが、しかし発砲することは出来ない。細い道路でコウジを挟んで邪鬼と対峙しているからだ。万一銃弾が逸れればコウジにも被弾する可能性がある。
「ふふふ、この間のようにはいきませんよ。こちらには夜王様もいるんだ」
邪鬼が前回と同じように金色の糸を揺らめかせながら構えを取る。
助けは来たものの状況はそれほど良くなってはいない。コウジは改めて夜王の方に視線をやった。いつの間にかケーキを道路の上に置いて彼は仁王立ちしていた。結局そのケーキはどうするつもりで持ってきたのか。
「ふふふ、よく見ていろ、夜王様のトークスキルを。今は一線を退いて経営側になっているとはいえ、以前はこの晴丘市で伝説の男と呼ばれたナンバーワンホストだ。なかなか見られる物じゃないぞ」
スケロクは邪鬼の背中越しに夜王達の方に訝し気な視線を送る。
正直言ってあの大男にそんなトークスキルがあるように見えなかったからだ。どちらかというと腕力にものを言わせて従わせるような、そんなタイプに見える。もしくは言葉よりは実行力と態度で示し、背中で引っ張るタイプ。どちらにしろあまり口上手には見えないし、ここまでもあまり大したことは喋っていない。むしろ言葉が分かりづらく、口下手に見える。
「付き合っている女がいる、と言ったな……」
しかし迫力だけはある。
「え~? うぬ彼女いるの~? 見えぬ~」
破顔一笑し、コウジの肩をバンバン叩きながら語り掛ける。
「されど~? 結局いざという時に頼りになるのはマジで男強敵達なるぞ~
たとえ袂を分かとうとも~、強敵の間に女は入れぬし~」
やたらテンションが高いその語り口は、やはりホストであることを実感させる。
「いや……そういうの……いいんで……」
「え~? うぬ厳しい~ うぬ厳しいわ~」
コウジの歯切れも悪い。夜王に圧されているのだ。
邪鬼がスケロクの方に振り向いて話しかける。
「どうだ? 夜王様のトークスキルは?」
なんだか誇らしげな表情である。
「……ちょっと面白いやんけ」