幹部
「またのお越しをお待ちしております」
満面の笑みで二人を送る邪鬼、いまだにふらついている網場、そしてその二人の後ろで仁王立ちし、無言でまなざしを送る夜王。
「……ッおととい来るわ」
メイにはその程度しか言い返せることができなかった。
キリエの使い込んだ二百万を取り戻そうとして勇んで来たものの、結局のところ金を取り戻すどころか逆に十二万の出費となってしまった。
「いや~、楽しかったわね! あんたもいい社会勉強になったでしょう」
そして全ての元凶たるこの女には何の反応の色も見えない。他人の金で飲む酒はさぞ美味かろう。
「あんた本当に反省してる?」
「え?」
してない。何が悪いかもわかってない顔である。
「いい? あんな反社連中のところになんて二度と通わないでよ! ましてや絶対に私の金ではね!」
「ええ~、反社って……メイは考え過ぎよ。皆良い人達だって」
唖然とした表情を見せるメイ。同じ物を見ていてもこれほどまでに評価が違うとは。
元々自己評価が低くて陰キャ気質のメイは正直言ってホストに褒められても「コイツ何企んでやがんだ」という感想しか浮かんでこないのだが、キリエは未だに恍惚の表情を浮かべている。
「分からないかな? こう、自分の推しホストが私の投資でのし上がっていく達成感、っていうか、さあ?」
「私の金だったんだけど?」
さらに言うならアイドルなどにもハマった事がなく、スポーツ観戦もしない。自分以外の誰かを「応援」した経験すらない。
要するにメイにとってホストクラブはかすりもしなかったのだ。
「とにかく、あのホストクラブは怪しいわ。私の直感だけで言えば真っ黒よ。女性支援とホストクラブなんて絶対一緒にしちゃいけないもんでしょうが」
サザンクロスから歩いて離れ、百数十メートルも離れた場所で、振り返ってメイはそのビルを見上げる。夜の町の光の中に浮かび上がるその姿は、まるで巨大な墓標のようだ。
「それにさ……あいつら、どうも怪しい気がすんのよね」
「どういうこと? 怪しいって……反社とかそういうんじゃなくって、まさか悪魔とか?」
小さく唸ってメイが顎を触りながら首を傾げる。彼女もはっきりと「何か」を感じ取って、それを言語化できる状態にまでなっているわけではないのだ。
だからこそ、かつてはともに魔法少女として活躍していたキリエに意見を求めたかったのだが。
「『悪魔』じゃあない。ガリメラも特に奴らに反応してないみたいだし……でも普通の人間とも違う。どちらかと言えば私達に近い存在のような気がするのよね」
メイの言葉に、キリエの脳内には魔法少女の衣装に身を包む夜王の姿が目に浮かんだ。
「別に魔法少女だってんじゃないわよ。ただ、悪魔と魔法少女以外にも魔法を使う奴等ってのは存在するわ。スケロクみたいにね」
「あいつらがそうだっていうの?」
それはまだメイにも分からない。そもそも仮にそうだったとして奴らの持つ独特な「胡散臭さ」とはまた別の話であるが、二十年に及ぶ魔法少女生活がメイにそれを予感させていたのかもしれない。
――――――――――――――――
「まさか向こうの方から乗り込んでくるとはな」
営業時間の終了したホストクラブ『サザンクロス』……薄暗い店内でくつろぐようにソファに座っている、ホストクラブのオーナー夜王、そして幹部の網場と邪鬼。
その三人に語り掛ける男が一人。他の三人に比べるとそれほど体格はよくないが、立ったまま臆することなく話しかけるその姿は、彼がこの三人と同等か、もしくはそれよりも上の立場であることを暗に示している。
「あれが、うぬの言っていた葛葉メイか」
やはり独特な口調の夜王。どうやら客の前にいる時だけのキャラ付けでやっているわけではないようである。
「夜王、お前の見立てではどうだ? あの女、我々の敵になりうると思うか?」
少し部屋の離れた場所にいる男の顔は暗がりの影の中に潜んでおり、その表情を伺い知ることは出来ない。
「あの女、ただ者ではないな」
そう言ってから夜王はシャンパンをあおる。二メートル越えの体躯に筋肉質なこの男が持つとシャンパングラスもお猪口のようである。
彼がちらりと網場の方を見ると網場はバツが悪そうに目を逸らした。
不意打ちだったとはいえ幹部が一撃で昏倒させられた。さらに夜王を前にしても一歩も退かず、負け惜しみとはいえ散々悪態を吐いて堂々と出て行ったのだ。その胆力たるや尋常の女性とは全く違うという事は誰にも読み取ることができる。
「やはり元暴力団の君から見てもただ者ではないか。そうだろうな」
「奴に関してはうぬの方が詳しいであろう。我をなぶる気か」
夜王が鋭い視線を向けるが、闇の中にいる男はニヤリと笑みを見せるのみである。
「それよりも」
引き続き夜王は殺気をも孕む鋭い視線を彼に向ける。
「ホストクラブ以外のこのビルの法人は一向に金を産まぬ。謀ったのか?」
「落ち着いてくれ」
男はそう言って両手を前に出しながら夜王に近づく。
「言ったはずだ。取り込み詐欺や特殊詐欺で稼ぐのはもう古いと」
明かりの下に出てきたその男。それはメイもよく知る人物、山田アキラであった。
「シャブはすぐに足がつく。暴力に物を言わせる時代はもう終わった。君達ヤクザが持つべきフロント企業の最新の形、それがNPO法人だと、何度も説明しただろう。ホストクラブじゃまずいんだよ。まだ準備段階だ。あれらが本格的に金を産むのはこれからだからな」
夜王は表情を変えなかったが、網場と邪鬼はニヤリと笑みを見せた。
「お前達だって目先の金を求めてるんじゃあるまい。必要なのはこれからの世界で私達が貴族として君臨し、絶対的な勝者となる仕組み作りだ」
薄暗い明かりの中、山田アキラの顔が、醜く歪んで笑顔を作る。
「これからの時代、ヤクザのシノギは『人権』と『環境』だ。この二つを謳ってさえいればいくらでも公金や寄付金を引っ張ってこれる。ボロい商売だ」