金を取り戻せ!!
「夜王様!!」
悠々と階段を下りてくる身の丈2メートルを越える大男。どうやらこの金髪の男がホストクラブ『サザンクロス』のオーナーのようだ。色々とギリギリな外見と名前にメイの目が据わる。
(一度も名乗ってないのに……なんで私の名を……?)
しかしそのメイの思考の答えを待つことなく夜王は言葉を放つ。
「網場……オーダーの通っていないドリンクを勝手に入れるとは、痴れ者め。うぬの様な奴がホストの品位を貶めるのだ」
独特な喋り方である。
「品位もへったくれもないわよ」
しかし彼の醸し出す異様な空気と、場の雰囲気に飲みこまれることなく、メイは堂々と口を挟む。
女性としてはかなり大柄なメイであるものの、夜王との体格差は明らか。頭一つ分以上の身長差がある。おそらく目方では倍以上。
「女を食い物にして有り金巻き上げる屑の口からよく『品位』なんて言葉が出てくるわね。どっちも痴れ者でしょうが」
午前零時をまだまわらない時間であったが、どうやら他の客の避難は完了したようである。こういった荒事には慣れているのか、それともメイの事を知っていて何か面倒なことになるだろうと予測していたのか、とにかく手際が良い。
「どうやらこの方は勘違いをしているようですね」
キリエについていたホスト、邪鬼が声をあげた。
「うちは明朗会計、決してそこいらのぼったくりバーみたいなことはしてませんよ」
「一般人の主婦から二百万も搾り取っておいて何が『ぼったくってない』よ。笑わせるわ」
「あくまでも正当なサービス料とお酒の値段ですよ? それともキリエさん、うちのサービスが値段に見合いませんでした?」
邪鬼は隣にいたキリエの顎の下を人差し指でセクシーになぞり、その顔を自分の方に向けながら尋ねる。
うっとりとした表情のキリエとは対照的に、メイは台所の三角コーナーを見るような目つきである。幼馴染みであるメイとキリエではあるが、その性格も、外見も対照的な二人。
メイはそもそもここへ「少しでも金を取り戻す」という目的で来ているのだが、キリエの方はもはやそんなことどうでもよくなっているのが実情である。
こんな状態では金を取り戻すことなど夢のまた夢。というか普通に考えてボられてるわけでもないのに金を取り戻すことなどできるはずもない。
何しろこの女はメイの金で飲みに来ているというのに彼女に確認もせずに平気でシャンパンのボトルを開けるような奴なのだ。
「くだらない」
床に唾を吐いてメイは言い捨てる。
「女の靴舐めて金を恵んでもらおうってその魂胆が気に食わないわ。こいつらもそれに入れ込むアホ女共も何の魅力もないクズね」
方針転換。
メイは金を取り戻すのは諦めて、せめて悪態を吐くだけ吐いてストレスの解消をすることにした。なんとも非生産的である。
「どうやらお客様は勘違いを為されてる様子。うちは日々の生活に疲れた女性に癒しの空間を提供するお店ですよ」
「ハッ、よく言うわ! 泥沼に嵌めてシャブ打って風呂に沈めて何人も女を泣かせてよくそんなセリフが吐けるわね!」
酷い偏見である。
「ハハハハハ!! 吠えたな女!!」
声がでかい。
空気が張り裂けんような夜王の大声にキリエとメイは思わず耳を塞ぐ。
「よいか、このサザンクロスは確かに一階はホストクラブだが、それだけのビルではない」
確かにこのビルには遥か上の方まで上階が伸びていた、が、それが何だと言うのか。
「このサザンクロスのビルには二つのNPO法人と三つの一般社団法人を内包しておる」
やはり独特な言い回し。しかしそれ以前にメイとキリエにはまずNPO法人と一般社団法人が何なのかが分からない。
一般社団法人、NPO法人共に社員に利益の分配のできない非営利法人というくくりでは同じだが、基本的に内容の自由な一般社団法人と違ってNPO法人は不特定多数の利益のために法に定められた特定非営利活動に則した活動を行う団体であり、強い公益性を持ったものである。一般社団法人と違って所轄庁の認証も必要としない。
「要は慈善活動ってこと?」
キリエがメイに尋ねてくるが、メイも正直よく分からない。先生だからって何でも知ってると思っちゃいけない。
加えて言うならそれがどうかしたのか。夜王が何を言いたいのかが分からない。
「えっとだな、つまりお前は私達を弱者から搾取する悪のように言っているが、実際には全くの逆だという事だ」
口下手な夜王に代わって邪鬼が通訳に入る。
「法人の主要な活動内容は女性の生活支援、シェルター、DVからの保護、不登校児童の支援、LGBTなど性的マイノリティの活動支援などだ。この世界で『生きづらさ』を感じている人間はサザンクロスに来れば大体どれかの法人の活動に引っかかる。言ってみれば弱者のための楽園なんですよ、ここはね」
キリエは感心したような顔をしているものの、一方のメイは下唇を突き出して不満顔である。
中学校の教師という立場でありながら、彼女はこういった『綺麗事』が何よりも嫌いなのだ。そして同時に『綺麗事』を口にする奴の事が信用ならないのである。
「えらっそうに……下の階で女から身ぐるみ剥いでおいて、上の階で保護するなんてコメディにもならないわね」
「フッ、どう言おうが自由さ。世間は私達の実績を見て判断してくれる。弱者の味方である私達と、ホストクラブで暴れる女教師、どちらの事を信じてくれるかな?」
邪鬼の言葉に思わずメイは言葉を失う。足元に転がっていた網場は意識を取り戻したようだが、この件が警察沙汰になればメイが不利なのは明らかだ。現状、「悪」は彼女である。
「ちっ、足元の明るいうちに帰るわよ、キリエ」
「あっ、ちょっと待って」
そう言うとキリエは一枚の紙を渡した。
「じゅ……十一万さんぜん、えん……」
目玉が落ちんばかりにメイの目がひん剥かれ、ふつふつと額から玉の汗が噴き出す。
「あんたねえ!! 人の金でどんだけ飲みまくってんのよぉッ!!」
「てへぺろ」
とはいうものの、「払わない」などという選択肢はない。
「この金額……マジ?」
せめてもの抵抗。半笑いでメイは夜王に問いかけるが、彼の目に慈悲の光はない。
「支払いの意思を放棄した客は客にあらず。ただ笑いと媚びに生きて何が人間だ」
「一回払いで!!」
納得いかないながらもクレジットカードを差し出すメイ。怒りは収まらないが、しかしぶつける場所も無し。
支払いをしながら夜王を睨みつける。
(こいつら……なんで私の職業まで知ってやがる……ッ!!)




