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キリエ、襲来

「ちっ、一体誰だこんな時間に」


 缶の中の少なくなったスト□ングゼロを一気に煽り、少し赤くなった顔のまま、メイは立ち上がった。


 仕事を終え、面倒な部活の顧問などはせず、ジムに直行。百六十キロという女性としてはあり得ないくらいの重量をデッドリフトで上げ、悠々と家に帰る。魔法少女は体が資本である。


 家に帰ると高たんぱく低カロリーで犬猫のエサのように塩分の少ないヘルシーな食事を手早く作って食べ、そしてやっぱり足りないのでつい先ほどのヘルシーな食事がほとんど無意味になるような思い切り塩っ辛いつまみをあてに、ストロングゼロをあおる。


 特別なことがない限りメイが毎日続けているルーチンワーク。


 酒もいいカンジにまわり、まどろみの中明日の仕事の準備をしたら、そろそろ寝ようかと思っていたところ、それを邪魔するノックの音。


「ゲッ……」


 ドアスコープから覗いた景色に見えるその人物に、メイは思わず魔法少女らしからぬ悲鳴を上げた。


「『ゲッ』じゃないわよ」

「うわっ!?」


 迂闊であった。声を聞かれてしまった上に、ドアに鍵もかかっていなかった。


 バランスを崩して玄関に跪くメイ。そしてそれを見下ろす人影。有村キリエ。パンパンに膨らんだキャリーバッグを横に携えている。


「な……なんの用? こんな遅い時間に」


 時刻はもう九時を過ぎている。遅すぎるという事はないものの、しかし人の家を訪ねるにはいささか非常識な時間ではある。


「旧友が久しぶりに家に尋ねて来たっていうのにそういう言い方は無くない?」


 キリエはメイの質問に答えることなく、靴を脱ぐとずかずかと家の中に入っていった。


「あんたこんなとこに住んでんのね~、なんか独身男性の安アパートみたいだわ」


 独身女性の安アパートである。


「別に私がどこに住もうが勝手でしょうが!! それにどうせこんなとこ結婚したら出て行くんだから、その前までは無駄なところにお金使わずにしっかり貯金した方がいいでしょう! 余計なお世話よ!!」


 叫ぶようにメイが抗議の声を上げた瞬間、部屋の壁からドン、と大きな音が聞こえた。二人ともびくりと驚き言葉を詰まらせる。


 プリミティブな意味の壁ドン。「でけー声で話すな、うるせーぞ」という隣の部屋の住人の意思表示である。


「……ここ壁薄いのよ。あんまり大きな声出さないで」

「大きな声出したのあんたじゃないのよ」


 何故この古い友人が突然に家を訪ねてきたのか。それはまだ分からないままであるが、キリエはコートを脱いで、まるで自分の家かのように気軽にちゃぶ台の前に座る。


「しっかしねぇ……こんな汚いところに住んでると心まで荒んでくわよ。嫁入り前の女だっつーのに。自分に投資するってね、つまりそういう事なんだから」


「なにが『そういう事』よ。私はしっかり金かけるところにはかけてるんだから。ジムとか化粧品とか」


「ダメよ。女はヨガとかアロマテラピーとかそういうので磨かれるんだから。どうせあんたの事だからバーベルがちゃんがちゃんやってるんでしょう」


「それの何がいけないって……」


「うるせーって言ってんのが分かんねーのか!!」


 ドンドンとドアを叩きながら怒鳴りつける声。どうやら先ほどの壁ドンの主がうるささに耐えかねて怒鳴り込んできたようである。メイは「テメーの方がうるせーよ」という言葉を飲み込んでキリエに話しかける。


「ちっ……102号室のおっさん、めんどくさいのよ。あんたのせいで出てきたんだからあんたが対応してよね」


「ええ~おっきな声出したのあんたじゃない~」


 不満を漏らすキリエを無理やり立ち上がらせ、ぐいぐいと玄関に押していく。ドアを開けるとメイよりも少し大柄な無精ひげの生えた巨漢の中年男性が怒り心頭という表情で仁王立ちしていた。


 出てくる人物が予想と違っていたのか、一瞬面食らったような表情をしたが、すぐに抗議の姿勢を示そうと口を開く。が、それをキリエが封じて彼の腕を引っ張って隣の部屋に入っていこうとする。


「えっ!? ちょっ……」

「まあまあ落ち着いて。あなたの部屋でゆっくり話しましょ。話せば分かる。話せば分かるわ」

「いや、そうじゃなくて! 俺はただ静かにしろって……」

「まあまあまあまあ」


 バタム、と勢いよくドアが閉められて二人の姿は見えなくなった。


「ちょっと……キリエ……?」


 一人残されたメイは立ち尽くす。その時である。


 ジュプポポッ! ズコココッ ジュコッ ジュコッ ジュコッ!!


「んひょあああぁぁぁああぁぁ♡♡♡ らめなのおおぉぉおぉぉぉお♡♡♡」


 中年男性の野太い悲鳴。


 少し遅れてガチャリとドアが開けられて、ハンカチで口を押えながらキリエ一人だけが出てきた。


「おまっ、ちょ……マジかお前……」


「話し合いで分かってくれたわ」


「あんたマジで何してくれてんのよ。このアパートに住めなくなったらどうしてくれんの!?」


「大丈夫。ねえ、そんな事よりなんか食べるものないの? 夕飯食べてないからお腹すいちゃって。カップ麺とかでいいからさ」


 なんともマイペースな女である。こんな夜中に押しかけておいて理由の説明よりも先に食べ物の要求である。しかしそんなことを言われても今日の食事はもう終わってしまったし、他には酒のつまみにしていた乾き物くらいしかない。


 玄関先の通路で二人が話していると、今度は反対側の部屋のドアが開いた。


「あの……どうしたんですか? 何かトラブルでも……」


「あ……105号室の笹原さん」


 またもやお隣さんの登場である。気の弱そうな大学生といった風体の男。102号室の男の怒声や二人の話し声が気になって出てきたのであろう。


「す、すいません。なんでも……」

「ねえあなた、申し訳ないけど何か食べるものないかしら?」


 メイが謝ろうとしたがそれに割り込むようにキリエが話しかける。初対面の人間に突然の食料の無心である。非常識にもほどがある。


「え? あ、いや、カップ麺くらいしか……」

「それで十分よ! 私ね、凄くお腹がすいちゃって」


 バタム、と105号室のドアが閉じられ、またも置き去りにされるメイ。


「え……? うそ、えっ?」


 ぶぢゅるるるるッ! ジュッポ、ジュッポ、ジュッポ!!


「んひぃぃぃぃぃぃぃぃ!! おひんひんたべないれえぇぇぇえぇぇぇぇ♡♡♡」


 この世のものとは思えない異様な水音と共に若い男性の悲鳴がこだまする。


 しばらくするとガチャリとドアが開けられ、両手いっぱいにカップ麺を抱えたキリエが部屋から出てきた。


「親切な人ね。こんなに貰っちゃった」


「おま……ほんっ……マジかお前」


 口の端にひじきを張り付けさせたまま笑顔を見せるキリエ。メイは彼女の異常な行動に驚きを隠すことができない。


 が、これ以上玄関の先でうだうだやっていてはさらに被害者を増やさないとも限らない。とりあえずはご近所の問題もあらかた解決したようなのでメイは急いでキリエの腕を引いて部屋の中に引っ込んでいく。


「とりあえず、あんた急に何しにここに来たのよ」


「まあね……ちょっといろいろあってしばらく泊めて欲しいのよね」


 ラーメンをすすりながら事も無げにそう答えるキリエであるが、冗談じゃない。メイからすれば迷惑以外の何物でもない。


「あのねえ。あんたの息子、今私の生徒なのよ?」


 そう。キリエの息子の有村ユキの担任教師は目の前にいる葛葉(くずのは)メイである。


「事情も分からずに生徒やその家族と一緒に住むなんて出来るわけないでしょう? そんなのがバレればちょっとしたことで『贔屓されてる』とか言われて私もユキ君も破滅よ?」


「でもなぁ~、他に頼れるところもないのよね。スケロクの家に行ったらもう先客がいたし。事情は話すからしばらく泊めてくれないかな?」


 食事を終え、両手を合わせて「お願い」をしてくるキリエ。なんと面の皮の厚いことか。しかしこんな夜中に追い出すのも気が引けるメイは、とりあえず彼女の話を聞いてみることにした。


「実はね……ホスト通いがバレて家追い出されちゃったのよね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] キリエ、ヤバイっスね(;´д`)
[良い点] キリエの魔法すごーい(白目)! 今ん所、完封じゃーん(白目)!
[一言] なんか……どこんちも大変だなぁ…… まともな大人が少ないよぉε-(´∀`; ) ワイの中ではキリエが一番やばい。倫理観的に。 と思ったけどヤニアの方がやばいか〜
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