Woke
「それでは、聖一色中学校第二回、秘密職員会議を執り行いたいと思います」
「教頭」
聖一色中学校の職員会議室、土曜日の午前中にその会議は行われていた。
会議が始まって直後、二十代半ばくらいの女性教諭が手を上げて教頭に意見をする。
「なんですか? 君津先生?」
「質問が三つあります。まず、秘密職員会議ってなんです? しかも第二回?」
「月曜日の放課後に一回目やったじゃないですか。葛葉先生の事は追い詰められたアラサー女が暴発したら怖いから、とりあえず放置しようって閣議決定したじゃないですか」
「え、あれ職員会議だったんですか」
その週の月曜、葛葉教諭が午前中遅刻してきた。事前に山田アキラ教諭から『やむにやまれぬ事情』があって出勤できないという連絡が来たが、その『やむにやまれぬ事情』がとてもではないが受け入れ難い荒唐無稽なものであった、が……あまりにも荒唐無稽すぎてとりあえずは「見て見ぬふりしよう」という事になったのである。
「じゃあ、次の質問です。なんで土曜に職員会議を? これって業務なんですか?」
「いい質問ですね」
教頭はくいっと眼鏡のブリッジの部分を指で押し上げる。
「業務では、ありません」
会議室がざわりと揺れる。
つまりは、給与は出ないという事だ。
(私はどっちにしろ部活の顧問があるから出る予定だったけど、そうじゃない先生も多い筈……何故そんな反発を受けるリスクを冒してまで教える頭は土曜日に会議を……?)
君津教諭は考えを頭の中で巡らせながら周囲を視線だけで確認する。思った通り不満げな表情を見せている教諭が多かった。
「しかしながら、土曜出勤、業務扱いでない、となれば、『あの女』は絶対に来ないからです」
『あの女』という単語に即座に全員が同一人物の顔を思い浮かべる。つまりはこの会議はやはり葛葉メイの処遇に関する話し合いなのだと理解した。
「じゃあ……最後の質問。これ以上何を話すと?」
もうみんなで見て見ぬふりすることになったんだからいいじゃん。という意見が実は教師の間での大勢を占めているのだ。あんなわけのわからない女と関わりを持ちたくない。波風立てずに生活したい。それが本音なのだ。
だが一般の教師はそうだろうが教頭はそうはいかない。彼女が何か問題を起こせば彼の責任になるという事もありうるのだ。
「正直に言いましょう。葛葉先生にはやめて頂きたい……と、思っていたんですが」
教頭の本音が吐露される。が、その舌の根も乾かぬうちのトーンダウン。
「何か問題が? いくら事情があるって言っても月曜の遅刻を月曜の朝に、それも同僚を通して連絡するなんて社会人失格ですよ。それなりの処置があって然るべきだと思いますが」
メイが顧問をやっていない事への風当たりは当然ながら他の教諭からも強い。口には出さないが誰もが苦々しく思っているのだ。同時に「自分もそうしたい」とも思っているのだが。
「その……『寛大な処置を望む』……と」
「校長が?」
もしくは教育委員会か。言い方からして教頭よりももっと上の立場、もしくは上部組織からそんな圧力をかけられた、といった風である。
「いや、公安から」
「公安!?」
聞き慣れぬ単語に一斉に教師たちが驚愕の声を上げる。普通に暮らしていればまず関わり合いになる事のない組織である。
「公安って、攻殻機〇隊の、あの公安ですか!?」
「その公安じゃないけどその公安です」
実は教頭自身具体的なことは分からない。ただ、公安を名乗る謎の.go.jpアドレスからその一文を貰っただけである。従わなければどうするだとかの内容もない。しかし宮勤めの地方公務員には効果は十分だったようだ。実際にそのメールを送ったのはスケロクであったが、教頭は知る由もない。
「うそでしょ? なんで公安が出てくるの」
「じゃあ葛葉先生が草薙〇子ってこと?」
「なんとなく分かるけども」
おそらく映画の方の草〇素子はストロングゼロをがぶ飲みしたりはしないだろうが、漫画の方だとしかねないし、長身で泰然自若とした姿は葛葉メイと被る。どうやら教師たちはメイ自身が公安と勘違いしたようだ。
「お静かに」
ざわつく教師たちを若い男性が制した。
「今重要なのは葛葉先生の立ち位置がどうかではありません」
声を上げたのはまだ四月に着任したばかりの山田アキラ教諭だった。甘いマスクと堂々とした態度は、新任でもあるにもかかわらず妙な発言力を彼に持たせている。
「彼女が魔法少女のコスプレをしてその辺をウロウロしようが、無断遅刻をしようが、そんなことは大きな問題ではありません」
「ゆうほどそうか?」
教頭は訝しげな目を向ける。この男はメイが遅刻した日、その「やむにやまれぬ事情」を説明した人物でもある。彼はメイに対して同情的な立場であると目していた。当然今回もメイを庇う方向で論陣を張るのだろうと思われたのだが。
「重要なのは、彼女が『暴力を振るう』ということです」
どうやら違うようだ。
「いいですか? 暴力は『悪』です」
メイを断罪するようなことを話し始めたのだ。
「葛葉先生がいったいどんな敵と戦ってるのかは知りませんが」
戦っていた張本人が、この山田アキラである。
「たとえどんなに意見の食い違う相手であろうと、人間であれば話し合いが可能です。それをせずに暴力で解決するなんてことが、この二十一世紀に行われてはなりません。どんな理由があろうとも」
『どんな理由があろうとも』という言葉には数人の教師が首を傾げた。
「子供達にも悪影響です」
しかしこの言葉を吐かれると教師は途端におとなしくなる。
「子供達は自分の頭で考えて、判断するという能力に欠けます。そんな未熟児に、暴力で物事を解決する大人が近くにいることがどれだけ危険な事であるか、みなさんは分かるでしょう」
完全に山田アキラの独演会になってしまっている。しかしおおよその流れとしては教頭の意図するところと変わりないので、止める者はいなかった。
「公安が出てこようが、悪の組織が出てこようが、私達『教師』にとって大事なことは一つ、『子供達を守る事』です。そこに異見のある方は?」
そんな言い方をされたら誰も声を上げることなどできない。
「葛葉先生をのけ者にして臭い物に蓋をするんじゃなく、『再教育』してまっとうな人間にしてあげましょう。いつまでも暴力で物事を解決する前世紀の遺物みたいな人間を『目覚めさせ』なければならないんです!!」
絵にかいたような美辞麗句。
そこには唯一の善たる『自分』以外の価値観は存在せず、それを理解しないものは全て野蛮な未開人のように投げ捨てられる。
しかし盲目なる羊たちはそれに気づかず、立ち上がり、歓声を上げ、拍手をもって彼の言葉を迎える。
「Stay woke!!」