DTK
― 三十歳まで童貞だと、魔法使いになれる ―
二十年ほど昔からまことしやかに語り継がれている都市伝説。
だがこれが全くの妄言であると果たして誰が言えようか。「童貞であり続ける」という事がどれだけの「制約」と「誓約」であるのか。
ただモテない男が未経験である、という話では、当然、ない。そんなものに価値はない。
たとえば木村スケロク。
前にもふれたとおり、スラッと背の高い美形の男である彼は、国家公務員の一種の資格を持っているスーパーエリートである。もちろん童貞だ。
ロリコンである彼は、まだ見ぬ『理想の少女』にその操を捧げており、年若い頃から彼の将来性を買って誘惑してくる美女が多かったにもかかわらず、そんな奴らを「ババア」呼ばわりして蹴っ飛ばしてきたのだ。
生まれ持った魔力の素質と、そして厳しい制約の元、それが三十歳まで貫かれることにより、天からの褒章として与えられた力、それが『魔法使い』としての能力なのである。
彼はそのリソースを公安としての仕事につぎ込み、そして周り回って彼の信望する少女達を守ることに使っているのである。
遠い昔、誰かが言った……「童貞も守れないような男に、いったい何が守れるというのか」
「…………はぁ」
訝しげな表情を向けるコウジ。
はっきりと言おう。
「何を言ってんだこの男は」が、彼の正直な感想である。
おっと、言わなくても結構だ。おそらく読者も同じ感想を抱いている事であろう。だがここはもう「そういうもんなんだ」と思って流していただきたい。
「そういうもんなんだ……」
渋々ながらもコウジも納得したようである。というか目の前で色々と見せられて納得するよりほかなかったのであるし、彼にはそれよりも気になることが一つあったのだ。
「えっとですね……その件と、僕に何か関係が……?」
とはいうものの、半ばまでは分かってはいるのだ。ただ、認めたくないだけで。
そう、先ほどコウジは件の変質者に「来月で三十歳になる」という事を聞かれたのだ。そして、堀田コウジは、童貞である。清潔感のある外見に、高学歴、高収入であるにもかかわらず。
これらが意味するところは一つ。
「堀田先生、あんたは『魔法使い』の素質がある」
途方もない事を言い出した。半ば予想してたとはいえ。
「というか、このまま三十歳になれば、ほぼ確実に魔法使いになるだろう。それも強力な」
コウジは鼻梁を擦る様につまみ、天を仰ぐ。大きく息を吐き出して深呼吸をする。彼は肛門の事なら詳しいが魔法使いについては詳しくない。ここで言い争っても門外漢の彼には何も分からないのだ。
「わかりました。わかりました、いいでしょう。百歩譲ってそうだとしましょう」
それでも百歩譲らなければ現実を受け入れられなかった。
「で? もしかしてさっきの人は僕を魔法使いにして、自分の組織に引き入れようと? あの人一体なんなんですか?」
コウジは冷静に、先ほど転倒した時に付着した埃や泥を手で払いながらスケロクに訊ねる。納得がいかないながらも。一方スケロクは相変わらず真剣な表情でその言葉に応えた。
「童貞だ」
だろうな。
「テンプル騎士団というのを知っているか?」
コウジの眉がぴくりと上がる。唐突に話が飛躍したように見えたからだ。
「中世ヨーロッパの……十字軍の時代の、騎士団の一派でしたっけ?」
「そうだ。一般的に知られているのはな。多くの金と軍事力を持って、現在は既に存在しない……と、思われている」
「思われている……?」
怪訝な顔を見せるコウジ。「思われている」ということは、実際には存在するという事なのだろう。先ほどの男がテンプル騎士団だとでも言うのだろうか。
「だが実際には表舞台には出ずに、大きな権力と財力を振るってキリスト教を中心とする社会の構築を目指して暗躍している……」
思わずコウジは片手で口を押える。とりとめもない話ではあるが、しかしありえない話ではない。実際アメリカの大統領選ではキリスト教の福音派が大きな力を持っているし、EU諸国でも多くの党、派閥でキリスト教の流れを汲むものがある。イスラム社会ではそれはもっと顕著である。
「……と、言われている」
「言われている……?」
なんだか話が怪しい方向に転がり始めた。コウジはどんな表情でこの話を聞いたらいいのかがよく分からない。ひょっとしたらツッコミを入れるべきだったかもしれない。
「そのテンプル騎士団に於いて暗殺や破壊工作を主とする面に出さない活動を担当する人間が『奴ら』だ」
「ちょっと待ってください」
コウジは再び鼻梁をつまんで天を仰ぐ。
「あのですね」
そう口にしながらもまだ天を仰いでいる。何から突っ込もうか迷っているのだ。
「表には出てこない影の組織」
「うん」
「それがテンプル騎士団」
「うん」
「その影の組織の中にさらに影の組織があるのおかしくないですか? マトリョーシカみたいになっちゃってるじゃないですか」
そうは言われても、実際そうだから仕方ないのだ。スケロクは真剣な表情のままである。決してふざけているわけではない。その表情を見てコウジは質問の角度を変えてみることにした。
「じゃあ聞きますけどね? さっき『思われてる』とか『言われている』とか言ってましたけど、まずその『テンプル騎士団』は実在する組織なんですか?」
「知らん。俺の管轄外だ」
再び天を仰ぐコウジ。
「俺の管轄はあくまで異能を持った悪魔や組織への対応だからな。テンプル騎士団の事はよく知らん。だが『奴ら』は確実に存在する。今実際目撃したしな」
先ほどの男がただの頭のおかしい奴である可能性……それに考えが少し及んだが、彼の『異能』は実際目撃したし、そこまで行くと目の前にいる自称公安の男の頭の中身にも言及しなければならない。話が複雑になるのでコウジはその可能性を見送った。
コウジは何度も気を落ち着けようと深く深呼吸をしてから改めてスケロクに問いただす。
「『奴ら』……ええと、とりあえずあの人は、何者なんですか、結局。テンプル騎士団じゃないんですよね?」
「奴らは、信仰の元の真に平等な世界を標榜している狂信者集団……」
「DT騎士団だ!!」
「DT騎士団じゃないですかぁ!!」