ナイトストーカー
「まあ、それはおいておいて、だ」
スケロクはアプリをシャットダウンしてスマホをポケットに入れる。スマホはしきりに通知音を響かせて何者かが語り掛けてくることを訴えていたが、二人は無視することにした。
「その後山田アキラは動きはないのか?」
「そうね。屈筋団の方も音沙汰ないし、今回の件はこれまで、ってところみたいね」
「これで終わると思うか?」
問いかけるスケロク。メイは頬をぽりぽりと掻いてソファに深く座り直す。ようやく職場バレのダメージからは立ち直ったようだ。
しかし要注意人物の山田アキラをこのまま放っておくわけにもいかない。いろいろと怪しいところが多すぎる。
だが実際に現状動きがなく、何も悪いことをしていないのならば動きようがない。屈筋団はヤニアの死と共に消滅、かりそめの平和だとしても、悪は潰えたのだ。
「はぁ……」
メイは度数の高いカクテルを口に流し込んでため息をつき、天井の照明を見上げた。
「魔法少女ってなんなんだろう」
「お前がそれ言う?」
魔法少女歴二十年のベテラン。しかしだからといって全てを把握しているわけではない。彼女自身にとっても実を言うとそれが何なのかよく分からないのだ。自分の人生を大きく狂わせたものの正体が、見えていないのだ。
「有村親子然り、白石親子然り、世の中には『魔力』の素質に優れた奴らがいる。その能力は通常は発揮できないもんだが、『悪意』や『欲望』によってタガが外れた連中がごくまれに現れ、その『異能』を発揮して無茶苦茶やりやがる……」
「それが悪魔?」
「そうだ」
どうやら本人が『自称』魔法少女のメイよりも、公安のスケロクの方がよほど事情に詳しいようである。中年でロリコンの、魔法少女に詳しい男、スケロク。
「そして理性を保ったまま、『ウィッチクリスタル』の補助により能力を開花させた少女……」
「私それ貰ってないんだけどなぁ……」
ちびりと舐めるようにメイが酒を飲む。メイは色々と規格外なのだ。スケロクは彼女の言葉を無視して言葉を進める。
「それが『魔法少女』だ。法的、政治的な理由により迂闊に手の出せない悪魔に対処できる機関はまだ整備されてない。たとえば、キムリカみたいのがギャンブルやりゃあ巨万の富を築けるし、ヤニアが異世界に人間を引き込んで衰弱死させても、現行法じゃ何もできない。……今のところ『魔法少女』に頼るしかないのが現状だ」
スケロクのその言葉にメイは視線を上げてスケロクの目を見る。
「あんたは? ベルガイストを銃撃して追い払ったって聞いたけど?」
「悪魔に対しては通常の攻撃は著しく効果が低い。閉所や人の大勢いる場所で素早く動き回る悪魔に発砲するのはリスクも高いしな……仮に効果があっても一般の警察官には責任を負わせられない」
「いやあんたは撃ってるじゃん。魔法少女なの? あんた」
メイの表情が歪む。おそらくはスケロクがフリフリの少女趣味のドレスに身を包んだ姿を想像したのだろう。普段は無表情なことが多いメイではあるが、スケロクの前ではこの限りではない。
「魔法少女以外にもいろいろとあんのさ。『リミッター』を外すための『条件』がな」
ごまかされてしまったような答え。メイはなんとなく釈然としない表情である。彼女にとっても他人事ではないのだ。恋人のコウジが魔力の素質があることが分かった今、今後は彼が巻き込まれることも考えられるし、ひょっとすると彼自身が戦わねばならないかもしれない。
その『ウィッチクリスタル』はいったいどこから手に入れたのか。
ふと思い出してみれば前にもそんな話題になったことがあった。
「そうだ。白石さん達はマスコットのサルから手に入れたって……フェリアは? フェリアはどこから手に入れたんだろう。そうだ、その時もあんたがフェリアに問い詰めてたわね……でも答えは得られなかった。なんでだっけ? その時に話題を逸らした奴……そいつが、何か魔法少女の秘密を握ってるんじゃ……」
「お前だよ」
顎に手を当てて考え込んでいたメイはスケロクの言葉に顔を上げ、キョトンとした表情を見せる。
「お前が話の腰を折って追及できなかったんだよ」
「そだっけ? てへぺろ」
自分のミスは最小限に。スケロクは呆れた顔をする。しかしおどけた表情のメイはすぐに何かに気付いた。
「私はどうなの? ウィッチクリスタルは持ってないんだけど、なんで悪魔を倒せるのよ」
「俺に聞かれてもなあ……」
事情通のスケロクでも分からないことは当然ある。しかし推測は出来る。
「まあ実際魔力っつうのもそこまで定義がはっきりしてるわけじゃねえんだ。その実態はいまいちよく分からん。まあ、お前の場合アレじゃね? こう、なんか気合入れて殴ってるから、悪魔にもきくんじゃね?」
ふわっとしすぎである。
しかし現状としては悪の組織も壊滅して小康状態。それがかりそめの平和だとしてもメイにしてみれば自分が身を削って戦った結果平和が訪れたことについては感無量である。
「あとは私の恋模様さえ上手く行けば言うことなしよ」
どうやら恋愛さえ上手く行けば職場の事など小さな問題らしい。
「そんなもんかね」
スケロクは納得がいかない様子である。メイにしてみれば他人事であるが、いや本来はそんな筈はないのだが、彼の家には今アスカが押しかけてきているのだ。いくら殺人事件として問われてないとはいえ、生徒の母親を殺害しておいて「何の問題もない」と放言してしまうメイの気持ちは流石に共感できない。
「厄介なことにならなきゃいいがな」
そう言ってスケロクはカクテルで口を湿らせた。しかしメイの方はスマホを眺めながらにやにやとしている。またコウジとのメッセージのやり取りでも見ているのだろうか。
「そうだ、コウジさんそろそろ誕生日だからなんか考えなきゃなぁ~」
「誕生日? たしか……三十になるんだったか?」
「そうよ。よく知ってるわね」
「まあ……仕事柄な」
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「ふぅ……」
医院の施錠をするとコウジは夜空を見上げた。
思い返してみても分からない。この間あった妙にはっきりとしている記憶は夢だったのか、それとも現実だったのか。
現実にしては荒唐無稽すぎるし、夢にしては現実感がありすぎる。
しかしメイに尋ねても納得のいく答えは返ってはこなかったし、これ以上は考えても仕方ないか、と職場を離れて帰途につく。
その堀田コウジの背中を監視するように見つめる視線があるとも気づかずに……