できるのだ
メイからの突然の質問。
「ヤニアはどう見えるか」……戸惑うみんなにメイは言葉を付け足した。
「こいつ、本当に白石さんのお母さんかしら? あんまり似てなくない?」
アスカの父はヤニアの方を再確認はせず、メイの方に視線を向けたまま答える。彼も現実を受け入れるには時間が必要だ。逃げられたとはいえ元妻の死体をつぶさに観察したくはない。
「どうって……年相応の中年女性だろう……昔とそうは変わってない。十数年ぶりだから、歳はとってるけど……」
「僕も同じように……少し白石さんのお母さんにしては若いかな、くらいで……キツそうなイメージはありますけど」
コウジもそう答える。メイはアスカの方に視線をやった。
アスカは直前にコウジに言われた「母親はまだ……」という言葉が気になってか、それともヤニアが母であることに疑問を差し挟まれたからか、少し険の取れた表情で答える。
「私にそっくりだと思いますけど……でもお父さんの年齢に比べると、大分若い様な……」
アスカの言葉を聞くと、メイはヤニアの死体のすぐ横にしゃがんで全員に話しかける。
「そう……もう一度よく見てくれるかしら?」
全員の注目が、メイと、そのすぐ隣に横たわるヤニアの遺体に注がれる。
「……思ったほど、若くは……お父さんと同じくらい、か……」
「たしかに、アスカちゃんに少し面影があるか……さっき思ったほどキツイ顔じゃない……ような、表情のこわばりが抜けたからか……?」
アスカとコウジは第一印象を修正した。
「特に、変わったようには……」
白石浩二だけは印象は変わらなかったようである。
「そうね、私もそう思うわ。年相応で……白石さんの面影もあるわね。私のさっき言ってたことは間違ってたわ。間違いなくこいつは白石さんのお母さんだと思うわ」
メイの言葉の意味を全員が測りかねる。少し前の自分の発言を否定し、そして自分の殺害した人物がアスカの母だと認めたのだ。
その言葉を聞いてもアスカは戸惑うだけだったが。
しかし意図がつかめないのでそれ以上突っ込むこともできない。メイは「話は全て終わり」と言わんばかりに全員にチケットを使用して元の世界に戻ることを促し、そしてその場にいる全員がそれに従うしかなかった。こうしていても戻る方法がない以上、「何か」を掴んでいるメイに従うしかないのだ。
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「堀田さん、さっきのはどういう……?」
現実世界に戻った三人。当然ながらアスカは先ほどメイに止められたコウジの言葉の続きを訪ねる。
コウジはメイに止められたことに疑問を覚えながらも、ゆっくりと彼女に説明した。
「さっき……ヤニアが死んでもあの世界から出られなかった……だからもしかしたら、本当はまだヤニアは死んでいないんじゃないか、って」
その理屈は分からないでもない。可能性としては考えられる。しかしあのヤニアはどう見ても死んでいた。間違いなく。それともあの死体が偽物だったとでもいうのか。直前にアスカと言葉を交わしていたにもかかわらず。
「そう思ったんだけど……」
アスカと違ってコウジはそれに確信を持っているようだった。しかし……
「いや、忘れてくれ。全部僕の推測に過ぎない。やっぱりあれは、ヤニアだったと思う」
しかし直前の自分の言葉を翻して黙り込んでしまった。
「メイはまだ向こうか?」
会話を完全に止めたのはスケロクだった。
「ああ、ハイ。多分、まだやることが……」
スケロクはメイが戻ってこない事にも驚いていないようだった。それ以上は話さない。おそらくは「鏡の中の世界」の秘密にも、そしてメイがそこで何をしようとしているのかも、全て分かっているのだ。
「『手紙』は届けてくれたみてえだな。あとはメイが処理してくれる。コンビニで飯買って来たからあっちで休憩しながら待とうぜ」
アスカはなんとも納得のいかない表情をしながらも、しかし黙ってリビングに移動した。
重要なことは、いつも自分の知らないところで進んでしまう。
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「さて、これで一対一の勝負ね。いつまで演技しているつもり? ヤニア」
虚空を見つめ、語り掛けるメイ。話しかける先はヤニアの死体ではない。
『ふふ、ふふふふ……』
やはり死体の方には何の動きもない。だが彼女の声に応えるように脳内に笑い声が響いた。
『やっぱり騙せないか。トチ狂って鏡の中から出てくことを期待したんだけどねえ』
「最低な母親ね。白石さんは自分の母が殺されたと思ってあんなに怒ってたっていうのに、何のフォローも無しで」
メイは当然ながら気づいていた。そこに転がっている死体がヤニアの物でない事を。
ヤニアは一度でも鏡の中に入った人物のコピーを作り出せるのだ。
それは本人とて例外ではない。
いくら実の娘との十三年ぶりの対面だからといって、易々と敵の目の前に本体を現すような間抜けではないのだ。
そして、コウジもそれに気づいていた。気付いていたからこそ黙ったのだ。もしそうであればアスカに期待を持たせたうえで、また母を失う哀しみを背負わせてしまう事に気付いていたから。
「実の娘を、コピーでお手軽にだますような真似までして、クズの中のクズね」
『あら? ガブちゃんの目の前で母親を惨殺するようなクズに言われたくないわぁ。あの子、トラウマになっちゃったんじゃない?』
メイの表情は変わらないが、しかしその無言の態度が彼女の怒りの深さを現す。彼女は先ほどのスケロクの手紙をひらひらと振る。その手紙には、何も書かれていない。白紙だ。
「おそらくはこれに、あいつが自分なりに考えた『鏡の中の世界』の見解が書いてあった筈。それをあいつは、敢えて誰にも見せずに白石さんのお父さんに持たせた」
なるべく「浩二さん」とは呼びたくない。
「それによって自説を検証するためにね。まったく、不親切にもほどがあるわ」
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「ま、あいつなら絶対に気付くだろうとは思ってたからな」
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「だから私は私でこっちでも検証することにした。あんたの『認識』を使ってね。
予想通り、私達が第一印象で受けた外見の印象はそれぞれ別々だったのに、全員で『擦り合わせ』をすると、あんたの外見を知ってる白石さんのお父さんの『印象』に引っ張られた外見に修正されたわ」
意地でも「浩二さん」とは呼びたくない。
「全員が同じ風景を見てるように見えても、実際にはこの世界はそれぞれの認識の中でしか見えてなかった。一人一人別々の世界を見ていた」
『あ~……やんなっちゃうわ』
だるそうに応えるヤニア。
『ベルガイストにすら知られてない秘密なのに、こんな奴に見抜かれるなんて。
……そこまで見抜いてるなら、私を倒す方法も見抜いてるのかしら?』
「もちろん」
そう言ってメイはベルトから拳銃を引き抜いて安全装置を解除すると、拳銃を逆に持ち、親指をトリガーにかけて自分の額に拳銃を向けたのだ。
『でもできるかしら? もし違ってたらただの自殺よ? 自分の認識を、脳を破壊することができるかしら?』
メイの出した結論。
この世界は現実には存在しない。認識の中のみに存在する世界だ。脳が見せている幻影にすぎない。
全てが計算ずくの『罠』かもしれない。
『見抜かれた』というのは嘘かもしれない。
失敗すれば全てを失う。一か八かの賭け。
そんなことができるのか。
「魔法少女を舐めるなよ」
できる。
できるのだ。