オーロラエクスキューション
ピンチである。
魔法少女プリティメイ、一世一代のピンチである。
現在の時刻は日曜の昼前だと思っていたのだが、実際には月曜の未明、後数時間もすれば学校に出勤しなければいけないという時間。その時間においてもなお、未だメイは鏡の中の世界に閉じ込められたままなのだ。
スマホの電池が切れ、日照時間をヤニアにずらされることで気付いていなかった心理的なトリック。見事にそれに嵌ってしまったのだ。
戦闘能力の高いメイをヤニアは直接倒すことは出来ない。それゆえ彼女は鏡の中に二人を監禁することによって魔力の吸収による衰弱死を狙っているのかとも思われたが、違った。
実際に敵が狙っていたのは無断欠勤による失職と、それによる社会的な死を画策していたのである。
『喰らえッ! 私の必殺技、社会的死刑!!』
― 社会的死刑
― 社会正義聖闘士の使う最大奥義。
― 多くの場合はSNSなどに於いて敵の過去の悪行や矛盾する行動(大抵の場合は係争案件と無関係の事案の事が多い)をあげつらって、圧力をかけて社会的に制裁を与える事。死刑というよりは私刑である。
― 今回の場合は無断欠勤という「悪行」を無理やり起こさせて失職させることを狙っている。「社会に居場所をなくさせる」という行動目的に於いてはいずれも一致する。
― キャンセルカルチャーともいう。
完全に勢いだけの発言であるが、今のメイにはそれに突っ込む余裕すらないのだ。
二十年間魔法少女として悪と戦ってきて、ここまで追いつめられたのは初めてかもしれない。
「ハァ、ハァ……ま、マジで……」
「だ、大丈夫ですか、メイさん」
壁に手をついて寄りかかるように立つメイ。大分精神的なショックを受けているのが目に取れる。苦悶の表情を浮かべ、額に汗を浮かべている。
「こ、降参よ。私の負けだわ……」
『降参、とは? 私はあんた達をこの世界で殺すつもりだったんだけど?』
二人のやりとりにコウジは困惑の表情を見せる。状況を完全に把握しているわけではないこの男にとってはまずこの戦いの落としどころが分からないのだ。ヤニアの「理想の世界」の妄想はさんざん聞かされたものの、この戦いがそのためにどこに着地することになるのかが分からない。
「あんたの画策してる『革命』に口は出さない……見逃してあげるって言ってんのよ」
『あんた何様のつもり? 目を瞑っててやるって? 私は別に魔力を吸い取って衰弱死するまであんたをここに閉じ込めてもいいのよ?』
言外に「協力しろ」と言っているのだ。しかし正義のために戦う魔法少女であるメイにとって、それは出来ない。それだけは出来ない。
「あ……アスカとの仲を取り持つわ」
苦渋の決断。
メイが今切れる唯一のカードである。まさかヤニアに対して有利に立つためではなく、命乞いをするために切ることになるとは考えてもいなかった。
『ふぅ~ん、まあ、私は私で誰の助力なんかなくてもガブちゃんと復縁できるとは思ってるけどねえ……』
この女はこの女でまた現実認識能力が著しく低いのが問題だ。
『でもまあいいわ。あなた去年一年間ガブちゃんの担任だったんでしょう? 確かに最近のあの子の事は知らないし、協力してくれるっていうんなら無碍には出来ないわねぇ』
この数日の口調よりも大分楽しげな声である。それはもはやヤニアの勝利宣言と言ってもよい。
「協力するわ……協力するから」
特にどこを見ているというわけではない。それでもメイは天井を見上げる。
「協力するから、姿を見せて」
しばし沈黙の時が流れた。
ギリギリのこの状況で、この提案に敵が乗るかどうか。
『なぜ?』
当然ながらそうなる。
『大分雑な交渉ね』
要求は通らなかった。当然である。
『焦り過ぎなんじゃないの? 協力するにあたって姿を見せないと信用できないとでもいうつもり?』
当然そういうつもりであったが、ヤニアが先制する。
『いくら何でもそんな要求に素直に従うバカはいないわよ。ましてや人間凶器の魔法少女の目の前に姿を現す奴なんてね』
もちろんながらメイの狙いはそこであったが、しかしあまりにも見え透いた作戦。稚拙と言わざるを得ない。
『いい? あんたの取りうる方法は二つに一つ。一つはここで延々と幽閉生活を続けて、どこかにいる私を見つけ出すこと。もう一つは……持ってるんでしょ? チケット』
メイは表情を変えず、苦悶の声も漏らさない。ポーカーフェイスのままであるが、しかしヤニアには確信にも似た考えがあるようだ。
『私はあんたを召喚した覚えはない。ってことは必ず“チケット”を持ってるはずよ。“往復”のね。いいわ。それで逃げなさい。約束してあげてもいいわよ。あなたが逃げるなら、私は決してあなたを追わない』
それがメイに出来るわけがないと踏んでの発言である。
『そのしょぼくれた男を置いて、一人だけ逃げるといいわ』
コウジを置いて現実世界に戻ればどうなるか、それは火を見るよりも明らかである。元々戦闘能力のない一般人。ほんの三十分でも一人になる時間があればたちまちメイ・レプリカの攻撃を受けて殺されるだろう。
「メイさん……」
俺を置いていけ。物語の主人公であればそんな事を言うのかもしれないが。
「確信がある。ヤニアはこの鏡の中の世界にはいない」