今日は解散
『鏡の中の世界に閉じ込められたっていうのに仕事の心配ばっかするわ、何かにつけてセッ〇スしようとするわ、ホントどういう教育受けたらそうなるわけ? 獣かお前は』
怒り狂うヤニアに対しメイは返す言葉もない、かに見えたが。
「偉そうなこと言ってるけどさぁ」
この女が一方的に攻撃されて黙っているなどあり得ないのだ。
「あんた子供いるよね?」
静かになった。
「さんざん社会正義戦士だとか理想の世界を作るだとか強産魔だとか言っときながら、あんたは普通に子供いるわよね? 結婚もしてたわよね?」
全く声が聞こえなくなってしまった。どうやら通信状態が悪いようだ。
『おやすみぃ~』
「ちょっと!!」
まさかの対話拒否である。
「おい! なんとか言え! ババア!!」
人とは、自分が言われて嫌だったことを他人に言いがちである。
「ど、どうするんです? メイさん」
コウジに問いかけられるが、しかし情報源のヤニアが黙ってしまった以上どうしようもない。
「当面の目的としてはこの世界にどこかに隠れてるヤニアって女を探し出して倒す事ね……そうすればきっと外の世界に出られると思うんだけど……」
メイはぽりぽりと頬を掻きながら天井を見上げ呟く。コウジと話してはいるのだが、彼女自身自分の考えをまとめている最中なのだ。
「ヒントが無いなら無いなりに闇雲に探すのもありだとは思うんだけど……」
そう言ってちらりと時計を見る。もうすぐ夜の十一時だ。夜も遅いし、何より夜の暗がりで得られる情報はそう多くはないかもしれない。
「明日の朝からですかね」
コウジも時計を見てそう言った。正直二人とも疲れ切っている。
「そうね。とりあえず今日はもう寝ましょう」
クローゼットの奥から毛布を取りだす。コウジには彼女が普段使っているベッドを使うことを促した。
「その……申し訳ないです。助けてもらった上に、こんな……」
「しょうがないわよ。こんな時間だし、一人で家に帰って寝ても、それはそれで危険でしょ?」
相変わらずコウジにとって魔法少女の衣装を着たメイの存在は謎であるものの、しかしその落ち着いた態度は彼を安心させた。
メイは毛布をかぶって考え事をする。
何か妙な感じだった。
確かに先ほどコウジと話した通り疲れてはいるのだが、腹は空いていないし喉も乾かない。尿意もない。
現実に戦って、痛みを感じ、スケロクと電話までしたのだが、しかし何か妙に現実感のない世界だ。それこそ夢の中にでもいるかのようであった。
その辺りのところがヤニアの能力のキモになりそうな気はするのだが、先ずは本人を探し出すことが先決だ。
それよりはお互いの手札を確認することの方が肝要である。
ヤニアは魔力の強い人間を鏡の中に引きずり込みたい。逆にメイは魔力が低くて戦える人間を応援として呼びたい。パッと思いつくのはスケロク辺りか。
キリエは微妙なところだが、ユキは絶対に鏡の近くには寄ってほしくない。魔法少女三人組も同様、メイからすれば『戦えるレベル』の人間ではない。
そう考えるとメイはすぐにスマホのロックを解除してスケロクにメッセージを送る。このアイテムだけが外との連絡手段、生命線だ。電池は大切に使いたい。
魔法少女三人組と言えばヤニアはやはり白石アスカの母親なのだろうか。どうやら子供がいるのは確かなようなリアクションではあったが。この「カード」をどこでどのようにきると効果的なのかが全く分からない。
アスカと母親のバックグラウンドが全く分からないからだ。
(こうやって考えてみると、はっきり言ってまだ何にも分からない状態だな……)
一つ確実な事。
ヤニアはもはや邪魔でしかないメイを始末したい。これだけは確実なのだ。
疲れた頭では考え事もままならない。まどろみの中、メイは転落するように眠りに落ちた。
――――――――――――――――
「メイからメッセージだな」
スケロクはスマホを覗いてそう呟いた。彼のスマホを脇から覗き込む二人、白石アスカと、その父親。
スケロクは片眉を上げて二人の視線から逃げる。アスカはともかく父親にはまだ見せられない情報がたくさんあるのだ。
しかし父親にしてみれば他人事ではない。何が起こっているのかは全く分からないのだが、娘が何かトラブルに巻き込まれているという事だけは分かる。
あの後スケロクは真っ直ぐメイのアパートに向かい、そこでアスカから事情を聞き、部屋を調べ始めたのだが、リビングでガリメラが眠っている以外には何も見つからなかった。
その上困ったことにアスカだけではなくその父親までもついてきてしまったのだ。
諦めずにスマホを覗き込もうとしてくる父親に根負けしたのか、スケロクは妥協案としてメッセージの内容を読み上げることにした。
「アスカちゃんと、他のメンバーにも連絡だ。『鏡には絶対に近づくな。引きずり込まれる』との事だ。他のメンバー……有村親子にも連絡できるか?」
アスカはこくこくと頷いてすぐに父親に話しかける。
「お父さん、携帯貸して。マリエちゃんに連絡するから」
「あ、ああ……それはいいが」
すぐに自分のスマホの電話アプリを立ち上げて彼女に渡す父。どうやらアスカは友達の電話番号は覚えているようである。
父親の方はアスカに携帯を渡した後、なんとも釈然としない表情でスケロクの方に視線をやった。
「流石に誤魔化しきれないか」とスケロクも困り顔を見せる。理由もなく「鏡に近づくな」などと強制できないし、それが既に尋常な事態でないことは誰にでもわかる。
あと、さらに言うならリビングで寝ていたガリメラを既に見てしまっている。
「いったい……うちの娘は何に巻き込まれているんですか」
スケロクはちらりと腕時計を見る。
「今日はもう遅い。明日でいいか?」
せめてもの抵抗か。
「とにかく、今は鏡に極力近づかないこと。それだけは守ってもう家に帰ってくれ。子供の起きてる時間じゃないぜ?」
言いたいことは分かるのだが、どうも逃げているようにしか見えない。そんな表情をアスカの父はしていたが、しかし夜遅いのも事実。大人しく引き下がった。
「スケロクさん、後はマリエがみんなに連絡してくれるって」
どうやら通話が終わったようで携帯を父親に返しながらアスカがそう言った。
「それと、娘さんにスマホでも買ってやるんだな。今後こんなことも増えるかもしれねえ」