醜態
『ほんっま、ええかげんにせえよ自分ら』
「はい」
「すいません」
メイの家のリビングで正座をして俯く二人。
『あんな、自分らなんで怒られとるかわかるか?」
「…………」
「いや~……」
ム゛~、ム゛~
再びメイのスマホのバイブ音が鳴る。
「あっ、すいません。ちょっと」
そう言いながらメイは立ち上がってスマホを取り出し、部屋の隅に行って応答した。
『なんも分かっとらへんやないかい! そういう所やぞ!!』
「いや……すいません」
『なんで戦いよりも日常生活を優先させんの? 異世界来てんのよ? 機内モードにして通信しないのが常識でしょ? ちょっと常識ないんじゃないの?」
そんなこと言われても異世界に来るのは初めてなのでなんとも言えない。異世界の常識などコウジは知らない。
怒りのぶつけどころのないヤニアは残ったコウジを怒鳴りつけていたが、しかしすぐにメイは部屋の中央に戻ってきてスマホをスピーカーモードにした。
少し驚いたコウジであったが、しかしこのタイミングで電話の用事があるという事はなんとなく内容も予想がつく。おそらくはきっとさっきスケロクにお願いした件なのだ。
『あ、もしもし? 堀田先生? さっき言った溝渕さんに連絡したんだけどさあ、なんか有給扱いなのか公休になるのかとかなんかわけわかんないこと言いだしてさあ、どうすりゃいいの?』
「あ、あえ~っと、他の従業員も皆有給扱いにするんで……」
『あのさあ』
しかしコウジの答えをスケロクが遮った。
『直接電話してくんない?』
それもそうではある。
『堀田先生にはお世話になってるしさあ、俺も助けたいって気持ちはあるのよ? でもね』
「あっハイ」
よく分からないがなんか怒られる流れのようである。
『こんなん伝言ゲームじゃんね?』
「あっハイ」
『いや全然助けたいって気持ちはあんのよ? こないだも休診日に見てもらったしさ。でもそれとこれとは話が別じゃん? 直接話さないと話進まないっしょ?』
「あっハイ」
『番号は覚えてるんでしょ? じゃああとはメイの携帯から直接溝渕さんに連絡してね? じゃあね』
そう言ったきり電話は切れ、沈黙の空気が部屋を包み込む。
「……ケチ臭ぇ男ね」
「いや……スケロクさんの言うとおりだよ……じゃあ、すいませんけどメイさん、携帯かります」
長いため息を口から吐きだしながら、コウジは電話アプリのテンキーをタップする。無音の部屋の中に響くプッシュホンの音は、ここが確実に現実世界と繋がっていることを感じさせる。
ヤニアも怒りが収まったのか、この地味な光景を無言で眺めている事だろう。
「あ……もしもし、溝渕さんですか? 堀田ですけど」
『……はぁ~~~……今何時だと思います?』
どうやらこちらもご機嫌斜めのようである。コウジは思わず片手で顔を覆って天を仰ぐ。そこから視線を戻しながら腕時計を経由すると、どうやらもう夜の十時のようである。
『何があったかは知らないですけどぉ、何でこんな時間なんですか』
まさか「鏡の中の世界に引き込まれた」とは言えない。
『雇用主が従業員に電話していい時間じゃないでしょう』
「……すいません」
『ホントに悪いと思ってます?』
めんどくさい怒り方をする男である。
「いや……ほんまスンマセン」
『で?』
「あの、有給扱いってことで……」
『はぁ?』
お怒りだ。
『堀田先生状況分かってます?』
正直言うと分かってはいないが。
『予約入ってる患者さんに対応しないといけないですよね?』
「あっハイ」
『それは誰がやるんです?』
沈黙しか返せないコウジ。流石にこの場所に居ては患者の連絡先までは分からない。スタッフにお願いするしかないのだ。
『他の従業員への連絡は』
相変わらず沈黙をもってして応えるコウジ。
『前々から思ってましたけど、堀田先生ってちょっと考えが浅いところありますよね』
「すいません……」
メイは横で聞いていてなんとも言えない表情をしている。
いい歳こいた大人が、ガチめに説教されてシュンとしているのを傍観するのは、少し精神に来るものがある。ましてや彼女にとっては「狙っている男」なのだ。
できればそんな姿は見たくなかった。格好良く部下に指示を出して、全体を俯瞰して指揮を執る。そんな姿が見たかった。
「あの……そこら辺のところをですね、溝渕さんに、お願いしたいんですけども……」
『じゃあ有給じゃないですよね?』
「ハイ……」
『しかも本来の業務にない事をするわけですよね』
「ハイ……」
『じゃあ?』
「え? じゃあ?」
溝渕氏が何を言い出しているのかがよく分からない。コウジは焦燥感を募らせる表情を見せている。
「給与は? 通常通り? でいいんですか? 違うでしょ?」
やたら疑問形である。
「給与は? 通常の……? ハイ言って。一緒に言って!!」
「あっ、給与はぁ、通常の……」
実際その通りなのだが言わされてる感ハンパない。
『いってん……』
「いってん」
『いってんに、一.二!!』
「いってんに……ばい?」
『ハイ、一.二倍! 百二十パーセント! いいですね!?』
「あっハイ」
『ったく……』
凄まじい醜態をさらす堀田コウジ。完全に操り人形である。
『もう二度とこんな事ないようにしてくださいよ。連絡するにしてももっと早い時間に!』
「はい……」
『ちなみになんなんです? コロナですか?』
メイが無言でこくこくと首を縦に振る。
「まあ、ちょっと違うけど、そんな所です」
『じゃあ月曜以降も開院できない可能性高いですよね? どうします?』
「あ~、まあ……」
少し言葉に詰まり天井を見上げて考える。コロナと違って保健所の指導があるわけでも待機期間が決まっているわけでもない。正直言えば先の展望が見えないのだ。
「まあ、復帰できそうな目処がついたらまた連絡しますんで……」
『今度は早めに連絡してくださいよ!!』
そう言って溝渕氏は電話を切った。コウジは深く大きなため息をついて肩を落とす。どうやら彼は今日は色々と「怒られる」星のもとに生まれたようだ。
「しち面倒臭い男ね、溝渕って」
フォローするつもりで言ったのか、メイの言葉にもコウジはろくにリアクションを返せない。この数分で何年も年を取ったように見える。
「……とんだ、醜態を、お見せしました。すみません」
本当に、である。