やはり暴力
『は? 暴力』
メイの出した結論。二人の間に信頼関係が築かれていない以上、上手い落としどころなどない。そして信頼関係を築く余裕などもない。
で、あるならば結局暴力で解決するしかないという事である。
「はっきりと言うわ。あんたみたいな救いようのないクズは殴って分からせるしかないってことよ」
『フンッ』
鼻で笑うヤニア。
『これだけ丁寧に説明してやってもこの世界が終わってるってことが分からないの? こんなゴミみたいな世界にしがみついたって一緒に沈むだけよ。いい? 私はあなたのためを思って……』
この期に及んでまだ説得を続けようというのか。
いや違う。彼女は別にメイを説得しようとしているわけではないのだ。ただ論破してイイ気持ちになろうとしているだけなのだ。本人がそれに気づいていないのがなんとも救いようがなく悲劇的であり、メイがそれに気づいているのが喜劇的ではあるが。
「あんたと違って私はそこまでこの世界に絶望はしてないのよね。上手くいかなくてイラついてはいるけど、むしろこの世界が好きなのよ」
『可哀そうに、この世界の酷さにまだ気づかないのね。こんなゴミみたいな世界を守ることに意味なんてないのに』
「人が気に入ってるものを正面切って『終わってる』だの『ゴミ』だの言われたら聞く話もないわよ」
結局二人は相容れない存在なのだ。
『結局あんたは“そっち側”、精神的クソオス側の人間ってことね。そんなにこの世界が大切なら、その大切なものを奪わせてもらおうかしら』
ぴくりとメイの眉が持ち上がる。
いったい何がヤニアに奪えるというのか。思い当たるものがないでもない。彼女が今思い描いている最も触れてもらいたくない部分、せめてそれでない事を祈るが。
『いい? 正直言うとあんたみたいに魔力は低い上に戦闘能力の高い人間はこの世界に入ってほしくないのよ。この世界にいる私が倒される可能性がある上に魔力を吸収できないからね』
さきほど、ヤニアがメイのこの世界への『入国』を歓迎したのはあくまでメイの「コピーデータ」を手に入れられるからであって、魔力の吸収の面ではあまり「うまみ」がないという事なのだ。
では逆に、どういった人物が好ましいのか。
『逆に嬉しいのは生まれ持った魔力の素質が高くて、戦闘能力のない人間よ。たとえば……』
そんな人間にはメイは山ほど心当たりがある。アスカ達三人の魔法少女はメイから見れば頼りないし、キリエも今となっては戦力の期待はできない。そして一番戦闘能力のないのはキリエの息子のユキだろう。
『あんたが狙ってる堀田コウジさんとかね』
「やめろッ!!」
思わず立ち上がるメイ。頭の中に声が響いて来るのでなんとなく天井の方を向いて睨みつける様に怒鳴った。
長年この業界でやってきたメイである。なんとなくは気づいていた。自分自身に魔力がないことは承知であるが、それに加えて堀田コウジに魔力の素質がある事にも、だ。
「あ、あんたねぇ、やっていい事と悪い事が……一般人を巻き込んで……」
思わず声が震える。メイとヤニア、立場が逆転したようだ。
『うふふ。だって私、“悪の組織”なんでしょう? 一般人を巻き込むなんてことどって事ないわよ。これまでも散々巻き込んでるし。それにね、もう呼びこんじゃってるのよね~』
「くっそ!!」
メイは慌てて靴を履いてアパートの外に出る。特にコウジのいる場所にあてがある訳ではなかったがとにかく何かせずにはいられなかった。
アパートの外の世界は、解像度が低いものの現実と同じような景色が広がっていた。
既に日も落ちて真っ暗な状態なため細かいところまでは見えないものの、見慣れた家の近所の景色。これなら迷うことはなさそうではあるが、しかし外に出たからといって何かあてがあるわけではない。
『うふふ、そうねぇ、結構広く出来てるからね。この世界。当て所なく探したんじゃあまりにも不公平ね。そこのコンビニの裏の路地に行ってみなさい』
相手の指示に従うという事は後手に回るという事である。普段であれば決してそんな挑発には乗らないメイではあるが、背に腹は代えられない。
慎重に路地に続く塀に身を隠し、貌だけを出してその先を確認するメイ。
「はぁ……やってくれたわねこのババア」
ため息をついて少し頭を抱えた後、メイはすぐに路地に全身の姿を晒した。
「やることがいちいちいやらしいのよ」
彼女が中央に躍り出た路地の先、その中央には大柄な女性が立っていた。メイと同じ魔法少女の衣装に身を包んだ女性、というか、やはりメイと同じ外見の女性。またもコピーである。どうやらコピーは複数出せるようだ。
しかし事態はそれだけではない。彼女は一人の人間を引きずっていた。奥襟を掴み、意識はあるようだが、力なく引きずられる一人の男。
「う……う、メイさん、なぜ……」
彼女が引きずっている成人男性こそがまさに堀田コウジだったのだ。
つまりヤニアはメイのアバターを使用して堀田コウジを痛めつけたという事である。
よりにもよって。
よりにもよって、である。
「ブッ殺す」
「フン」
メイ・レプリカは鼻で笑ってからコウジを路地の端に投げ捨て、構えをとる。強い言葉を吐き、怒りの表情を見せるメイではあるが、しかし相手が与しやすい相手ではないことは分かる。
何しろ「自分」なのだから。隙を見せることで相手の油断を誘い、逆に上手く後の先を取れた先ほどとは状況が違う。面と向かって気を張った状態で自分自身と有利に戦えるのか、という事だ。
二人とも何でもありのピットファイティングが主なスタイル。構えは取らず、軽く膝を曲げて脱力したような前傾姿勢でじりじりと互いに距離を詰める。
空気が凍り付くような感覚。二人の拳はまだ交錯していないというのにピリピリと皮膚が痛むほどの緊張感。
「自分」との戦い。先ほどの洗面所での感覚から予測するとメイ・レプリカもやはりオリジナルとほぼ同等の力を秘めているように感じられる。それと小細工なしの真正面からの戦いを強いられることになるとは。
刹那、空気が切り裂かれた。
オリジナルの右のジャブが先制した。が、踏み込みが甘い。レプリカは軽くスウェーしながら左ジャブで牽制しながら制空圏から逃げる。
オリジナルは矢継早にギリギリの踏み込み距離からローキックとジャブを織り交ぜて攻撃をするが、しかしまだ牽制の域を出ていない。
(常に最悪を想定する。コイツは私と同等の力を持っている)
そしてスタミナの面でも不利だ。自分は既にレプリカを一人倒しているのに対して、レプリカの方は一般人のコウジをボコっただけである。
レプリカも攻撃を返し、互いに隙を探り合う。
(やりづらい……今気づいたけど、こいつサウスポーだ)
戦っていれば自然とフィニッシュブロウの右が後ろに、牽制の左が前になる。当然サウスポーであれば逆になる。つまりは自分の左と相手の右がかち合う形になり、手足を基準に考えた時に実際には相手の胴体が思ったよりも離れた位置にある状態になるのだ。
「くそっ、鏡の中の世界だから左右が逆になってるのね」
少し距離を取り、呼吸を整えながらメイが呟く。その時予想していなかったところから声が聞こえた。
「そ……それは違う」
声を発したのは何とかケガから回復したコウジであった。




