ギャオる
※53話の「ジェスチャーゲーム」のメイ視点です。
「なんで私の部屋の中に白石さんが……」
少し考えこみ、もしかすると自分が部屋の鍵を閉め忘れていたかもしれない、と思い至る。実を言うと彼女は自分が部屋の中にいる時あまり鍵を掛けないきらいがある。
自分の肉体への過信なのか何かわからないが、とてもではないが女性の一人暮らしの防犯意識ではない。
「白石さん、白石さん! もしかして部屋に鍵かかってなかった?」
鏡越しに話しかけてみるものの、しかし返事はない。どうやら聞こえていないようだ。
『無駄よ。こちらからの声は向こうに届かないし、向こうの声もこちらには届かないわ』
「ふぅ~ん」
『助けを呼ぼうと思ったんでしょうけど、残念だったわね』
「……参ったわね」
考え込むメイ。白石アスカの方もしきりに何か口をパクパクさせて訴えかけてきているが、しかしやはり何も聞こえない。
「ん、でもおかしいわね」
メイが何かに気付いたようである。
少し考えてみると、そう言えば彼女がアスカの存在に気付いたのは彼女がドンドンと鏡を叩いたからであった。つまり出入り口の鏡を媒体として現実世界の力がこちらに伝わったと考えられる。
力とは即ちエネルギー。それはつまり基本的には振動である。温度の変化ですらそれらは全て物質の振動で説明できる。
つまり向こうの世界の振動を鏡をスピーカーの振動板代わりにしてこちらの世界に伝えられるという事になる。
「白石さん、この鏡を利用して! こうやって、手を筒状にして中に音を伝えるようにして鏡にくっつけて話せば多分言葉が通じるわ!」
しかしメイは鏡を指差したのだが、鏡の向こうのアスカは自分を指差している。なかなかうまく伝わらないものである。メイは首を横に振って少し考えてからジェスチャーを再開する。
「これ! この鏡よ」
今度は鏡の四隅を指差す。鏡の向こうのアスカにはようやく伝わったようで、大きく口を開けて「か・が・み」と言っているようだった。メイは必死でコクコクと首を縦に振る。
「なんか楽しくなってきたわね。海外に行って言葉が通じるのってこんな感じかしら」
段々とテンションが上がってくるメイ。ちなみに彼女は海外旅行はしたことがないし、パスポートも持っていない。
「でね、白石さん。こうやって、手を筒状にして鏡に当てて中に音を、声を通せば……通じてるのかしらこれ」
やってみて気づいたが、向こうに正答が分かったとしてもそれをさらにこちらに伝える手段がないのだ。なんだか不毛な気がしてきた。
しかしアスカはポンと手を叩き喜色満面で得心がいったという表情をして何か喋っている。
「よく分かんないけど、伝わったのかしら?」
しかし向こうからこちらに伝える手段もないので結局アスカもメイと同じジェスチャーをするのみである。
「あってんのかどうかよく分かんないけどノッとけ!」
メイはほめて伸ばすタイプだ。とりあえず頷いてアスカの方を指差してからサムズアップした。普段の彼女からすると大分オーバーアクションではあるが、声が通じない以上これくらいしないと通じまいという判断である。
しかしなぜかアスカはその後怒ったようなアクションを見せていた。結局伝わったのかどうかわからない。
「っていうか私が伝えた方法で話しかけてこないあたり伝わってないわね。まあいいや。白石さん。山田。山田アキラ呼んできてよ。あのカマ野郎、屈筋団を見限るとか言いやがって、本当は私をハメただけなんじゃないの!?」
やはりジェスチャーを交えながらメイがアスカに話しかけると思わぬところから返答が来た。
『え? ……ベルガイストの奴、裏切ったの?』
「しまった」
それほど後悔はしてないように見えるが、一応メイも「うっかりした」という表情を見せる。屈筋団のボスがここにいることを忘れていた。
ふと考える。そもそも彼らの事情をあまりメイは知らない。今まで悪の組織と戦う時は正直言って事情など一切聞かずに問答無用で滅ぼしてきたのだが、今回は色々と事情が違う。
ベルガイストこと山田アキラはメイの昔の男だし、ヤニアは彼女の生徒の母親、本来なら保護者である。ヤニアがどんな思想を持っていてこんな組織を立ち上げたのかが分からないし、アキラがなぜ裏切ったのか、そもそもなぜ悪の組織に加担したのかも分からない。
一度とことんまで話を聞いてみるのもいい経験になるかもしれない、そう考えているとアスカが部屋から出て行こうとするのが見えた。メイは慌てて鏡をバンバンと叩いてアスカを呼び止める。
「ま、待って白石さん!!」
いろいろと考えることはあるのだが、今はそれよりも優先することがあるのを思い出した。
「小物入れ! クローゼットの中にある小物入れに鍵が入ってるから!! お願い、鍵閉めてから出てって!!」
『あんたいい加減にしなさいよ』
「へ?」
またもヤニアが会話に割り込んできた。どうやら怒っているようである。さらによく見ると鏡の向こうでアスカも怒っている。
『助けを呼ぼうとして外と通信してるのかと思いきや、話す内容はベルガイストを呼んでこいだとか、部屋の鍵を閉めてけだとかそんな内容ばっかり!』
きょとんとするメイ。「それの何がいけないのか、重要な事ではないか」という表情である。
『ナメるのもいい加減にしなさいよ。あんたは今鏡の中に閉じ込められて敵の居場所も分からず詰んでる状態なのよ!? もっと危機感持ちなさいよ!! 私を甘く見るな!! 日常を優先させるな!!』
「そんなこと言われても」
そんな事を言われても、彼女にとっては魔法少女としての戦いも、日常の生活も、教師としての仕事も、どれも等しく重要なのだ。
『戦ってる最中なのよ! 日常を優先させるな!!』
「でもねぇ……」
メイは憮然とした表情である。
「そもそも、山田アキラにチケット貰ったのは水曜日だけど、金曜のこの時間まで使わなかったのは、もし長丁場になった時に仕事に影響が出ないようにするためだしねぇ……昨日の夜テストの採点頑張ったのも同じ理由だし」
ギリ、と、ヤニアが歯を食いしばる音までが脳内に聞こえてきた。
『あ、あんたねぇ! そんな中途半端な気持ちで私達と戦ってきたの!?』
それこそメイからすれば「そんなこと言われても」である。戦いの優先度が低いのではないのだ。どれも等しく重要なのだ。そしてその気持ちが、思わず口から洩れてしまった。
「絶対コイツ、『私と仕事とどっちが大切なの』とか言い出すタイプだわ……」
『ギャオオオオオオオォォォン!!』




