ホールケーキ
「事情はよく分からねえけどよ」
アスカと父親。
二人の不仲を見ていられなかったのか、スケロクが仲裁に入った。
彼自身、自分のこの行動は少し意外であった。元々傍若無人で他人の都合などに頓着しない性格。ひとの問題など「面倒ごと」だとして関わらずに生きてきた人間だった。
それでも口を挟んでしまったのは魔法少女として自分の人生に関わってきた彼女が他人と思えなかったからなのか、それともただ単にロリっ娘にいい顔がしたかっただけか。
「不満があるなら一回正面からぶつけ合ったらどうだ? 話し合わなきゃ何にも解決しねえだろ」
しかしアドバイスが直接的過ぎるのである。思春期の少年少女はそもそも親に対して愛を欲すること自体を直接的に示すことなどできない。それが浮世離れしたこの男には理解できないのだ。
「別に不満なんかない」
やはりアスカの態度はより頑なになってしまった。そのまま二人を置き去りにしてメイのアパートへ戻ろうとする。
「アスカ!」
「だから! 私も求めないから、父親面しないで! お金だけ稼いでいれば『親』が出来ているとでも思ってるの!?」
父親は完全に委縮してしまっているが、スケロクは少しムッとした表情を見せた。
「それは違うだろ。金のなる木があるわけじゃないんだぜ。自分の体と心と時間を削って金を稼いでるんだ。それを『楽な事』みたいに言われたら立つ瀬がないぜ」
もちろん彼には子供など居ないし、父親の気持ちなど分からない。しかし彼も社会人なのだ。働くことの大変さはよく分かっている。
そして、アスカ自身、自分で反発しながらも、分かってはいるのだ。当然ながら父親がただ楽な方に流れていてこんな生活になってしまったのではないという事を。
頭では分かっていても、しかし素直に話を聞く気にはなれない。
だが今日、ほんの少しだけ「聞いてみてもいい」という気持ちになったのは、第三者が側にいて仲介していたことも影響していたかもしれない。
「確かに……私も、お父さんと向き合うことをしてこなかったかもしれない……」
「アスカ……」
アスカの父は、希望の光を見た。そんな表情だった。仕事が忙しいが、そんな仕事も全て可愛い我が子のために必死で頑張ってきたことなのだ。初めてそれが報われる時なのかもしれない。
「お父さんが毎日遅いのだって、土日も出勤してるのだって、『そういうもの』だと思ってあまり気にしてなかった。どんな仕事をしてるのかすら。お父さんってどんな仕事してるの?」
「え?」
しかしここで間の抜けた声を漏らしてしまう父。
「え? って……エンジニアなんだよね」
「ああ、うん。プロダクションエンジニア」
何やら雲行きが怪しくなってきたような気がするが、スケロクは特に手助けはしない。親子二人が解決するべき問題だと思っているし、そもそも彼も『プロダクションエンジニア』が何なのかよく知らない。
「工場で、製品を作ってる仕事……?」
「あ、いや~……その製品を作るための設備を作る、というか……」
しかし自分の仕事の内容を話しているだけのはずなのになんとも歯切れが悪い。
「ああ、機械を作ってる仕事なの?」
「いや……」
「ええ?」
アスカの眉間に皺が寄り、段々と険しい表情になってきた。
それも仕方あるまい。
せっかく子供が父親の仕事に興味を持ってくれたというのに、その千載一遇のチャンスに自分の仕事をうまく説明できない。失態である。
「機械を作ってるのとは……またちょっと違うんだよなぁ……作る時もあるけど」
「どういうことなの」
もはやアスカはそのイラつきを隠そうともしない。
「設備自体は外に発注したり、専門の部署が作ったりするんだけど……俺はその仕様を作ったり、計画を立てたり……」
「はぁ?」
腰に手を当ててため息をつくアスカ。こんな態度撮ったら昭和の親父だったら殴られてるところだ。
「お父さん前、年収八百万くらいあるって言ってたよね……そんな簡単な仕事で八百万も稼いでるの?」
「いや……そんなに簡単でも……簡単だな。口に出してみると。おかしいな、他にもいろいろやってるはずなんだけど」
親父の背中がどんどん小さくなっていく幻覚に囚われる。
「いや、ホントそれだけじゃないんだ。いろいろと、こう……多岐にわたるんだ。生産技術の仕事は。ただ、なんだろうなあ……一言で説明しづらいというか。いや! 本当いろいろやってるんだよ!? 」
言い訳のような事を口にし、息巻いて熱弁しようとするものの、しかし喋る内容がなく、言葉に詰まってしまう。さっきからずっとその繰り返しである。
「そんなあるんだかないんだかよく分かんない適当な仕事で、毎日毎日遅くに帰ってきて、土日も会社だって言って一緒に遊びにも行ってくれなかったのに……」
アスカはこぶしを握り締めてぷるぷると震えている。いろいろと思うところがあったのだろう。
「もしかしてお父さん、ただ単に家に帰って来たくなかったから会社で時間潰してただけなんじゃ……妙に出張が多いのも今となっては怪しくなってきたわ……」
「ちっ、違う!! 断じてそんなことはないぞ!! 本当にお父さんは毎日早く帰ることだけを考えて作業の効率化を……」
もはやいいわけにしか聞こえない。
おそらく事実としては違うのだろうが、アスカから見て彼女の父親は家庭に居場所が無くて会社で時間を潰すしょぼいおっさんと化していた。
ぴんぽーん
そんな時、スケロクのスマホに通知音が鳴り響く。
彼がスマホを取り出して確認してみると、それはマリエからのL〇NE通知であった。
彼がアスカと一緒にいることは気づいているはずなのに妙におとなしいとは思っていたが、ここで急に会話に参加してきたのだ。
『アスカのお父さんのツイッター特定したよ。https://……』
「タップしてみて下さい……」
「あっ、ハイ」
いつの間にかアスカがスケロクの携帯を覗き込んでいた。是非もなく、スケロクはその指示に従う。
タップしてみるとツイッターのアカウントに写真がアップロードされていた。
おそらくはビジネスホテルと思しき一室でホールケーキがでん、と鎮座している写真である。
「なになに? 『これがサラリーマン一人出張の醍醐味よ!! ホールケーキ大人食いじゃ!!』……楽しそうじゃない」
「あ、いやぁ……」
恐ろしく冷たい目で、アスカは父親を見る。