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鏡の世界

 金曜の夜。


 ウェークエンドの予定に誰もが希望を膨らませる楽しい時間。


 それは葛葉(くずのは)メイも基本的には同じはずであった。


 最近では週末ごとに交際中の堀田コウジとデートの予定を入れているのが常であったが、今日はどうも様子が違うようである。自宅のアパートで魔法少女の衣装に身を包み、バスルームの鏡の前に立つ。


 その右手には小さな紙片『チケット』が握られていた。


「鏡の中の世界かぁ……」


誰に話しかけるでもない独り言。


「毎回ルールが違うから面倒なのよねぇ」


 屈筋団の幹部、ベルガイストこと山田アキラから得た情報。


『屈筋団のボスは鏡の世界の中にいる』


 彼と話した時も言っていたが、実を言うとメイは「鏡の中の世界」に入るのは別に初めての事ではない。今回で三回目である。


 「鏡の中に異世界が広がっている」という空想は割とメジャーなものである。代表なところで言えば「鏡の国のアリス」、漫画で言えば「ジョジョの奇妙な冒険」等で扱われている。


 しかし「ジョジョの奇妙な冒険」では「鏡の中に入る」能力のスタンドは二回出てきており、しかもどちらも全く違う能力であった。


 実際これまでに数多の敵を倒してきたメイにも鏡の能力を使う敵と遭遇したことがあり、そのどちらも「鏡の中の世界」のルールが全く違ったのだろう。


「とりあえずは入ってみないと何とも言えないけどねぇ」


そう言ってメイはチケットを持った手を鏡に近づける。


「魔法」というものがある世界。


 人が認識し、信じるものは力を持つようになる。


 「鏡の中の世界」という想像しやすく、感覚的に「分かりやすい」ものは特殊な能力を持った者にとっては「形成しやすい」異世界なのだ。


 事実、今までに二回鏡の世界に入ったことのあるメイも、この「チケット」は初めて見る。初めて接する「ルール」なのだ。


「!?」


 鏡に向かってチケットが完全に見えるようになった状態になった瞬間。そこに吸い込まれていくようにメイの姿は消えてしまった。



――――――――――――――――



『ようこそ『私の世界』へ……』


「く……」


 一瞬感じた眩暈の後、洗面台に寄りかかる様にしてメイは何とか体勢を保つ。すると脳の中に直接語り掛けてくるように女性の声が聞こえた。


(この声の主が……『ヤニア』か?)


 何とか倒れずに立ち上がったメイはこの異世界に入る前、目の前にあった鏡に視線をやる。自分が本当に鏡の中に入ってしまったのか、それを確認するために。


「!?」


 鏡を見たメイはすぐにその場に伏せた。直後、彼女の頭上を拳が通り過ぎる。


 鏡を通して彼女が見た物、それは彼女自身が鏡に映った姿ではなく、拳を振りかぶった自分自身の姿であった。しかし長年戦いの中に身を置いてきた彼女は状況の判断が早い。


 自分自身を攻撃してきた『もう一人の自分』、それを視認することなく、鏡の中の映像を再度確認することもなく、メイは膝を伸ばして立ち上がり、全身のばねを使って後ろに居るであろう『もう一人の自分』に頭突きをぶちかました。


「ぐぅッ!?」


 もう一人の自分がうめき声を上げ、宙に体が浮き上がる。欠けた歯が舞い、鮮血がしぶく。しかしメイは『自分自身と戦う』という状況の異常さに戸惑うことなく即座に身を低くし、浮き上がった『もう一人の自分』の膝裏に腕をまわしてタックルし、狭い浴室の壁に叩きつける。


 先手を取ったのは『もう一人の自分』の方であった。しかしメイは逡巡することなくそれに対応し、「後の先」をとって一撃を加えた。


 先手は取られたが初撃は取ったのだ。


 喧嘩というものは往々にして「最初の一撃」で決まる。


 特に突進力のある者同士の戦いでは最初の一撃さえ取れれば相手に反撃の機会さえ与えずに勝負を決めることができる。


 メイは浴室に倒れ込む自分にマウントポジションを取って数発拳を叩き込む。あっという間に自分の顔が暴力の跡に歪んでいくが全く躊躇する様子はない。ただでさえマウントポジションを取られると反撃の機会は失われていくが、さらに狭い浴室では態勢の立て直しが全く効かない。


 『もう一人の自分』は本能的に打撃から逃げようと身をよじるが、それがさらに彼女を窮地に追いやった。


 バックマウントポジション――逃げようとしてさらなる深みにはまる。


 打撃から少しでも離れようとした彼女は床にうつぶせになり、もう今度こそ一切の反撃の目のない体勢に自ら移行してしまったのだ。ここまでくれば、如何様にも打撃を加えてたたき殺すこともできるし、体重をかけて膝を落として背骨や肋骨をへし折ることもできる。


 そしてこの時メイが選んだ戦法は「裸締め」であった。


 「裸締め」とは衣服を必要としないチョークスリーパー(首絞め)であり、片腕をV字型にして肘の内側で相手の頸動脈を締め上げて脳への血流を止める技である。


 メイはこの形に持って行った後に、血流を調整しながら慎重に、しかし確実に首を締め上げる。


(コイツを殺しても……私に何の影響もないだろうか)


 まさにメイが気にしていたところはそこであった。


 鏡の中の住人は元の世界と対になっていることが多い。その対になっている人物を殺害した場合に元の世界の人間への影響がないか。その「ルール」が不明であるために、十分に弱らせながらも、注意して自分の身体に不調がないか、そして敵を殺さないように締め上げているのだ。


(殺すのはいつでもできても、その逆は出来ないからね)


 やがてがくりと敵の身体から力が抜け、完全に気を失ったことが確認できると、メイはチョークを解き、そして押し入れからゴミ出し用のビニールひもを取り出して腕と脚をぐるぐる巻きに固定し、そして猿轡を噛ませて縛り上げた。


 こんな状態になれば、もし自分ならどれだけなりふり構わずに脱出を試みるかよく知っている。だからこそ念入りに念入りに体を拘束した。


「ふう、こんなもんか……」


 額の汗を拭き周りを確認する。大まかに見てみれば自分が鏡の中に引きずり込まれる前にいた自室のようであるが……


「随分と解像度の低い世界ね」


 普段からよく使っているビニールひもはすぐに見つかったが、滅多に使わない結束バンドは見つからなかった。というかほとんどの道具棚が見かけだけで開かなかったのだ。


 小さな家具や小物入れは殆どが昔のポリゴンで作られたゲームのテクスチャを貼っただけのような「見掛けだけ」の物だった。


『ククク、ひどい言われようね。まあ事実だからしょうがないけど』


 また脳内に声が響く。


「あんたがヤニアね。めんどくさいけどぶちのめしに来てやったわよ。どこにいるの?」


『うふふ、そう焦らないでよ。まずはまだまだ成長途中だけど私の作った世界を堪能したらいかがかしら? そうそう。いきなりだったのによく自分のコピーを撃退できたわね。さすがはベテランの最強魔法少女ってところかしら?』


 あくまで余裕の姿勢を崩さないヤニアの言葉にメイは小さく振り返って、意識を失って倒れている『もう一人の自分』をちらりと見た。


「言ったでしょ、解像度が低いって」


 メイはそう言って『もう一人の自分』の身体を蹴って仰向けにした。


「私こんな変な顔してないわよ、誰これ?」


『え?』


「全然私に似てないって言ってんのよ。こんなに小じわないし、首元の皺も酷い。鼻の毛穴も汚いし、何を参考にしたらこんな風になるのよ」


『え? 瓜二つというか、それは完全なコピーだけど?』


「え?」


『え?』


「ええ?」


『ええ?』


「え~……?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 容赦無いですね(∩´∀`)∩
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