人間の汚いところを見せつけられる仕事
― 映画はいい
― 映画は素晴らしい
― 映画は僕達を行ったことのない場所に連れて行ってくれる
― 見たこともない物語を体験させてくれる
― なにより 二時間は何も話さなくても間が持つ
― 素晴らしい
(やはりメイさんとのデートに映画を選んで正解だった)
堀田コウジは童貞である。
もうすぐ三十路になる男であり、外見も悪くない。学歴も高く、稼ぎも良い。清潔感のある服装を心がけてはいるのだが、いかんせん陰キャでコミュ能力が低い。そのためか分からないが、彼女いない歴=年齢の魔法使い直前の男である。
その童貞男がメイとの二度目のデートの場所に選んだのがこの「映画館」であった。
一度目は「軽くお食事でも」と彼の方からお誘いをかけ、サイ〇リアへと二人は向かったのだが……これをSNSで友人に話したらそれはもうボコボコに叩かれた。
どこで嗅ぎつけたのか知らないが全く知らない赤の他人まで出張ってきて「生まれてきたことを懺悔しろ」だとか「あの世で俺に詫び続けろ」とか無茶苦茶に罵倒された。
あとあと調べてみて、自分でも考えてみたが、やはり「お食事デート」に誘っておきながらファミリーレストランを選定したのが悪かったらしい、という事までは分かった。
(なんでだよ。サイ〇リヤおいしいじゃん。メイさんも喜んでたし……)
いまいち納得はいっていないものの、しかし危ない橋をわざわざ渡ることはない。そこで今回はデートの定番、映画館に来た。と言っても正直内容はどれを選べばいいのやら。メイの幼馴染のスケロクに尋ねても彼女の好みなど全く分からなかったので、たまたまこの時期にやっていたアクション映画を適当にチョイス。
内容は殆ど頭に入ってこない、というか興味もなく、薄暗がりの中ひたすら横目でメイを視姦するのみである。
(それにしても綺麗な人だ……)
身長百七十センチ程度のコウジに比べて五センチほど高く、すらっとしたシルエットに女性らしい体つきと、美しい顔立ち。少し表情に乏しく、何を考えているか分からないが、そもそも童貞でコミュ障のコウジには元々女性が何を考えているのかなど分からないので問題ない。
(こんなきれいな人とお付き合いするチャンスが突如として訪れるなど……人生とはどこでどう転ぶか分からない。スケロクさんは結構なトラブルメーカー体質だけど、今となっては感謝しかないな)
映画を見終わり、近くのカフェでコーヒーを飲みながらメイと歓談する。歓談、と言っても先ほどの映画の感想を言い合うだけで、しかも互いにあまり口が上手でないので、はたから見るとあまり会話が盛り上がっていないのだが、それでもコウジは自分がいま人生の絶頂にいるような高揚感に包まれていた。
「そう言えば――」
話題の転換。
メイの方から映画の感想を打ち切って、何か勝負に出ようという心づもりのようだ。
「コウジさんってどういったお仕事を?」
「!?」
ここまで堀田コウジは自分の職業については言葉を濁し、「匂わせ」るような発言しかしてこなかった。初対面の時に中学校教師である事をメイは明かしているので、不公平では、ある。
(どうしようか……言ってしまおうか。しかしもし、失望されるようなことがあったら……)
「前に『人の汚いところを見せつけられる仕事』って言ってましたけど……あまり人に話せないような仕事で……?」
「いや……もちろん守秘義務はありますが……」
どんな仕事でも、守秘義務というものは存在する。しかし「何の仕事か」それ自体を守秘しなければいけないという事はほとんどの場合、無い。それこそ公安でもない限り。
しかしそれでも言い淀んでしまうモノが彼にはあったのだ。
彼自身相手が職業を気にする気持ちも分からないでもない。それは裏を返せば彼女が結婚まで考えている事でもあるのだ。結婚相手の職業が不安定であればそれは大きなマイナス材料にもなる。
「それは……」
答えかけた時、ム゛ー、ム゛ー、っと彼の携帯電話のバイブ音が鳴った。
「し、失礼」
本来ならデート中に電話を受けるなどしてはいけないのかもしれないが、コウジはスマホのモニタを確認した。
「お仕事ですか?」
「ん……まあ」
苦笑いで返すコウジだが、メイの方は特に気を悪くしたというような雰囲気はない。尤も、表情に乏しいのでほとんど分からないのだが。
「いいですよ、そちらを優先してもらって。コウジさんを待ってる人がいるんですから」
「す、すみません」
正直言うとメイがそう言わなければ無視するつもりであった着信。しかし相手に気を使わせてしまったうえでさらに「やっぱり無視します」とは言いづらい。
楽しい時間はここまで、二人は解散し、それぞれの生活へ。
コウジの足取りは重く、口からはため息と愚痴が漏れ出る。
「くそっ……今日は休診日だっていうのに……こんな事なら合コンのためとはいえプライベートの番号なんて教えるんじゃなかった」
電車を降り、彼の職場が見えてくる。
― 堀田肛門科 ―
「はぁ……」
大きくため息をつく堀田コウジ。
どうも、メイが彼の職業について過大な期待を寄せているらしい、という事にはなんとなくは気づいてはいる。彼自身、少し相手の期待を煽るようなことを言いすぎたかもしれない、と思うところはあるのだ。
『人間の汚いところを見せつけられる仕事をしててね』
合コンの時にメイと話した、彼自身の言葉である。
比喩でも何でもなく、言葉通りの意味であった。
本来なら休診日で、駐車場に車が止まっているはずがないのだが、駐車場には小型車が一代停まっていた。
「ううっ、先生、ありがとうございます……」
ガチャリと音を立てて車のドアが開く。中から出てきたのは木村スケロクであった。
「ありがとうじゃないんですよ、メイさんとデート中だったのに! 今度は何やらかしたんですか!!」
「ち、違うんです……ホントに偶然……
たまたまイスの上にアナルパールが置いてあって、その上に座ったら、奥まで入ってしまって、抜けなくなってしまって……」
「そんな偶然があってたまるか!! 前々から言ってるでしょうが! 『こうもんであそんではいけません』って!!」
「違うんです、本当に椅子に座ったら偶然!!」
「みんなそう言うんですよ! そこは物を入れる穴じゃなくて出す穴だって前から言ってるでしょう。いいから早く病院の中に入って」