事情通
「そう言えば」
アスカが口を開いた。
「先生っていつも着替えてるんですよね、その衣装」
その通りである。今日は学校から直行してきたので職員用の更衣室で着替えてから現場に来た。
着替える意味は。
「しょうがないじゃない。クリスタル貰ってないもの。着替えるしかないじゃない」
口調はいつもと同じではあるが、なんとなく怒っているように感じられる。
「今日もその格好で帰るの?」
マリエが問いかけるが、当然である。着替えを現場に持ってきていないのだから。
「この格好で帰るし、時間がちょうどいいからスーパーでタイムセールのお惣菜を買ってから帰るわ」
予想以上の答え。
「知り合いに見られたりとかは……」
「別に見られたからってどうってことないわ。職務質問されるのはいい加減嫌だけど。そうだ、今度職務質問されたらスケロクの名前出していいかしら」
「勘弁してくれ」
随分と話がそれてしまった気がする。
「メイの衣装の話は今どうでもイんだよ」
スケロクが軌道修正を試みる。
「フェリア、お前ら魔法少女を増やして何がしてえんだ」
「何って、スケロクと同じだニャ。困っている人たちを捨て置けないだけだニャ」
言葉としては筋は通って入るような気がするものの、しかしスケロクは教科書通りの綺麗事を抜かしていることがより一層気に入らないようである。
「味方が増えるのはいい事じゃないですか。それに、僕みたいな『男の娘』の魔法少女みたいな『多様性』があった方がいざという時に対応できるかもしれませんよ。ダイバーシティって奴です」
「いちいちまとわりついてくんな」
外見は可愛らしい美少女ではあるのだが、やはりフェイクではスケロクのおめがねにはかなわない様で、彼はユキをぞんざいに扱う。どうも最近変なものに好かれるきらいがある。
「そもそも俺はLGBTって奴が嫌いなんだよ」
「自分だって性癖マイノリティのくせに」
『性的』である。
「そこだよ!!」
しかしそのメイの言葉にスケロクが食いついた。「そこだよ」と言われてもメイたちは何のことやらである。
「俺はな、この間プライベートでLGBTQのパレードに参加したんだ……」
「ええ……?」
全員ドン引きである。しかしスケロクは空気を読むことなく言葉を続ける。
「いいか? LGBTQのQ枠でだ」
「……Qってなんですか?」
「クィアつってな、まあ『その他』みたいな感じだ」
ユキの質問にスケロクは淀むことなく答える。要は『その他』の中に『ロリコン』も含まれると彼は主張するのだ。自分は性的マイノリティだと。社会的弱者なのだと。
「弱いもん勝ちの令和の世の中で俺達がLGBTQに認められれば少しは生きやすくなるだろうと、同じく特殊性癖の仲間……ドラゴンカーセックス(※1)の柳、ヤギコン(※2)の磯川と共にパレードに参加したんだが」
「性癖を二つ名みたいに言うのやめてくれる?」
※1……ドラゴンと車が交尾する姿に興奮する性癖
※2……コンクリ漬けにされているヤギに興奮する性癖
「まさか実力行使でボコボコにされるとはな……結局奴らの掲げる『多様性』なんて自分達のおめがねにかなう『正しさ』があるかどうかが全てなんだ。反吐が出るぜ」
「まあでも」
スケロクの話が終わると同時にユキは彼にすり寄る。正直言って彼からすればどうでもいい話である。パレードなど。(実際にはここにいる全ての人にとってどうでもいい話である)
「僕は別にLGBTの活動家でも何でもないですから。僕とスケロクさんの間に何の障害もありませんよ」
性別という障害が。
「何調子コイてんのよこのオスガキが。そもそもがあんたはスケロクさんの恋愛対象じゃないでしょうが」
これに割り込んだのは当然マリエである。
「はぁ? マリエさん考え方が古いですよ。これからスケロクさんは僕の事を好きになるんですから。マリエさんは逆に自分の心配した方がいいんじゃないですか? スケロクさんにストーキングして怖がられてるじゃないですか」
なぜ知ってるのか。
この情報については本人以外ではまだメイしか知らない情報であったはずなのに。
「うふふ、僕は何でも知ってますよ。スケロクさんの周りを飛び回る汚いハエの事、調べたんですから。マリエ先輩って偉そうにしてるくせにクラスに友達いなくて休み時間ずっと寝たふりしてますよね? アスカ先輩やチカ先輩とも違うクラスだから話す相手いなくてかわいそー」
ユキは口を押えながら、しかし笑いを抑えるつもりはなく、露骨にマリエの事を見下していることを隠さない笑みを見せる。
「はぁ? その程度の事で『何でも』とか言われてもねぇ。私もあんたの事なら全部知ってるけど?」
メンヘラ大戦勃発。
「あんた生まれた時二千グラムくらいしかなくてかなり大変だったみたいね。親も未成年だったから実家とかなり揉めたらしいし。知ってる? 結婚式の時新婦側の親族ボイコットして大荒れだったらしいわよ」
「そうなの!?」
「ちょっと! バラさないでよ!!」
「あと、そのそもそものお父さん、当時候補が二人いたらしくてキリエさん一か八かで今のお父さんを選んだみたいなのよねー。でも私が独自にサンプルを手に入れてDNA鑑定した結果によると……」
「やめろうおおぉぉおぉぉぉェ!!」
キリエが叫びながらマリエに掴みかかろうとしたがマリエはマタドールの如く華麗にそれを捌いて躱した。
「ちょ、ちょっと、マリエ。さすがにそれは良くないと思うわ……」
アスカとチカもさすがにドン引きである。
「仮にユキ君の家庭に何か問題があったとしても、他人がそれに容易く頭を突っ込むのはどうかと……」
「ちなみにアスカ、あんたの事も調べてあるわよ。あんたのお母さん、お父さんには『小さい頃に死んだ』ってことにされてるけど実際には男作って逃げてるから。晴丘市内に今も元気に暮らして……」
「嘘でしょ!?」
どうやらいざという時のために周りの人間の事は一通り調べているようである。それも本人が知らないような情報まで。
「赤塚さん、そのくらいに……」
「メイ先生は妹さんの結婚式の時『体調が悪い』とかなんとか言って欠席してますけど実際には精神的に耐えられそうにないから仮病使って逃げましたよね」
「ああああやめろおおおもう忘れたことにしたかったのにぃぃぃ!!」