ウィッチクリスタル
「ちょっと! スケロクさんが困ってるでしょ。分からないの? 空気読みなさいよね」
しつこくスケロクに付きまとう様に話しかけていたユキにマリエが苦言を呈する、が……
(あなたがそのセリフを言うの……)
皆の脳裏にそんな言葉がよぎった。そして当然ながらスケロクもそう考えた。なぜなら現在進行形でスケロクにストーキングしている女がこの赤塚マリエなのだから。
「そもそも!」
マリエは怒鳴りつける様に叫びながらユキの襟首を引っ張った。
「なんであんた魔法少女の格好なんかしてんのよ。性癖が複合しすぎてて突っ込みづらいわよ」
「そ、そうよユキ君。何で魔法少女の格好なんかしてるの!? フェリア? これどういうことなの!?」
マリエの言葉に乗っかってキリエも焦った表情でまだ書棚の中にいたフェリアに話しかける。彼女からすればユキには魔法少女の世界とは無関係でいてほしかったはずなのだが、これは大変な誤算である。
「まあ落ち着くニャ。ここは暗いから外の、街灯が当たるところで話すニャ」
確かに室内はいつの間にか真っ暗になっており、互いの顔を判別するのも難しいほどである。三階では遅れてきたガリメラがキムリカの死体の捕食を始めたが、それを放置して全員が暗くなった階段を下りて敷地内の街灯の当たる場所にまで出てくる。
「で? きっちり説明してもらうわよ、フェリア。何で保護者の同意もなく勝手にユキ君を魔法少女にしてくれちゃってるのよ」
キリエの問いかけにフェリアは少し距離をとる様に歩いてから振り返り、落ち着いて答える。
「だから、さっきも言った通りだニャ。これからもユキは狙われる。だったらその根本的な原因である屈筋団を消滅させるか、それができないならユキを自衛できるように強くするしかないニャ」
「ふざけないでよね! いくら魔法少女の素質があるからって、なんで男が『魔法少女』やらなきゃいけないのよ。『少女』でもないのに『魔法少女』やるのはおかしいでしょうが!!」
「…………」
フェリアはなんとなくメイの方に視線をやったが、彼女は特に何も言葉を発しなかった。
「……今更魔法『少女』のくくりにこだわっても仕方ない気がするけどニャ……まあいいニャ。それより、そんなにユキに変身させたくないならキリエが変身して守ってやればいいニャ。もう十年以上変身してないけど、魔法少女の『契約』はまだ有効ニャ」
それを言われるとキリエは言葉に詰まってしまう。
ユキの事は守りたいが、しかしだからと言って三十二歳にもなって、中一の息子がいるにもかかわらず『魔法少女』に変身するなどという苦行を味わいたくはないのだ。メイと違って体も鍛えていない、二人の子供を産んだ経産婦である。全体のシルエットとしては瘦せ型ではあるが、腹はたるんでいるし、妊娠線もある。キリエの衣装はメイと違ってヘソ出しでないのがせめてもの救いではあるが。
「そ……それは」
両手を前にして手のひらを見せ、やんわりと拒否の姿勢を見せるが、しかし言葉にして明言はしない。
なぜか。
目の前にユキがいるからだ。
母親としては子供の目の前で「やりたくないから」という理由で子供を守るための手段の一つと放棄するなどと堂々と宣言は出来ないのだ。
「お母さん」
代わりに口を開いたのはユキだった。
「お母さんはいつも言ってるじゃん『自分が思う様にしろ』って。今まではそれを認めてくれたのに、なんで今回だけはダメなの?」
「なんでって……」
確かに女装はOKなのに魔法少女はNGでは示しがつかない。基準が分からない。とはいうものの、誰もが頭の中にぼんやりとその答えは浮かんではいるのだ。
そもそも、女装と魔法少女ではその危険度が全く違うのだから。
いくら自主性を重んじるといってもそれに危険が伴うならば話は別なのだ。
「そもそもフェリアは本当に善意だけで魔法少女にしたのか? 俺はどうもそいつが怪しいと思うんだが……っていうか、そもそも『魔法少女』ってなんなんだ?」
そもそも論に持ってきたのはスケロクであった。たしかに外側から見てみれば『魔法少女』そのものが謎ではある。
フェリアは音もなくみんなの前に進み出て、不気味に目を光らせながら何かぶつぶつと呪文のような言葉を呟き、シュッと尻尾を振った。
すると明日香たち三人とユキの身体が急に白銀の光を放ち始め、次の瞬間には元の制服姿に戻っていた。三人の首元にはペンダントが光っている。確かアスカ達はこの間の合コンの後にこのペンダントの宝石を使用して魔法少女に変身していたはずである。
「その『ウィッチクリスタル』を媒介として変身したり、魔法を使ったりできるニャ」
ユキは物珍しそうにそのペンダントを見つめている。一方アスカ達は既知の情報のため特にその話に留意することなくペンダントを服の中にしまった。
「ここは多分二十年前とシステムは変わってないみたいニャ。魔法少女はみんな、このウィッチクリスタルによって力を使ってるニャ」
「お母さんも、持ってるの? ウィッチクリスタル」
「……ええ、何かのはずみで変身したりしたら嫌だから常に持ち歩いたりはしてないけど、家の金庫に保管してあるわ。そこは二十年前と同じ。私もクリスタルの力で変身して、戦っていたわ」
しかしスケロクは何か納得いかないようで顎を撫でるようなしぐさをして考え事をしていたが、口を挟んできた。
「そのクリスタルってのはお前らマスコットはどっから手に入れ……」
「貰ってない」
「え?」
そこへさらに口を挟んだのはメイであった。
場を沈黙が支配する。
「まさかフェリアがケツの穴から生み出すわけじゃねえだろう? そのクリスタル、いったい誰に……」
「私それ貰ってないんだけど」
「え?」
無視してスケロクが話を進めようとしたが、しかしメイは納得がいっていないようだ。
「ウィッチクリスタル」
「え?」
「私、貰ってない」
「え?」
「どうなってんの」
「え?」