ガンカタ
「なにぃ!?」
スケロクの表情が焦りに歪む。
「やっと一〇〇%で戦えるわよぉ。あんたのおかげでね」
二人の間合いは手合い(※)の距離。
※肘を起点とした攻撃の当たる超近距離戦。肩を起点とするパンチなどの攻撃は当たらない。
通常であれば拳銃の有効射程距離は五十メートルほど。しかし実践においては6フィート(2メートル弱)ほどと言われている。
これは実際の命のやり取りの場面では人は正確に狙いを定めてから引き金を引くという行動をするのがまず難しいし、味方も敵も激しく動く状況で狙い通りに弾丸を弾くという行為がいかに難しいかという事を示す。
しかしスケロクはこの6フィートでも的に弾を当てることができない。有り体に言えば射撃が下手なのだ。
そこで彼が実践で弾を射撃するのは銃口と的が密着するほどの超近距離でのシチュエーションのみである。以前にベルガイストに発砲した時もこの「6フィート」の距離を忠実に守り、敵が回避行動をとれない油断したところを狙って射撃したし、今日の戦いでも発砲時は常に銃口と敵の間合いはゼロ距離である。
彼にとって『射撃』は『打撃』の延長だ。
その距離での突然の戦況の変化。
キムリカの振り下ろしたナイフを打ち払い、そのナイフはドッペルゲンガーに直撃し、次の手もない。勝負は見えたに思えたのだが。
ドッペルゲンガーはナイフをうなじに喰らうとその場で消滅し、次の瞬間キムリカの腕が一本枝分かれするように増えたのだ。
(なんてこった、ドッペルゲンガーが死んだから本体に回収されちまったのか)
スケロクは即座に状況を把握して打ち払われた右手の拳銃を放す。
(本体の方をやらねえと)
枝分かれしたキムリカの右腕からはもう一人のキムリカが出現して完全にドッペルゲンガーを形成し始める。スケロクは熊手で出現したばかりのドッペルゲンガーに掌底をしながら目潰しをし、空いた左手で空中の拳銃をキャッチして本体の方のキムリカを弾く。
弾丸は見事にこめかみに穴をあけた。
(これで……終わるか?)
だが、一瞬遅れて今度は本体の方が消滅して、ドッペルゲンガーの方はバックステップで距離を取った。オリジナルとドッペルゲンガーが入れ替わって復帰したのだ。
「どうなってやがるコイツ……同時に二人倒さなきゃなんねえのか?」
ちらりとスケロクはメイに視線をやる。スケロクも悪魔との戦いには一家言ある存在ではあるが、しかし二十年続けているメイとは比較にならないキャリアの差がある。
メイは何も言わないが両手をコの字にして引き延ばすようなジェスチャーをしていた。
(引き延ばせ……? どういうことだ?)
真意を測りかねるスケロクではあるがしかしキムリカは待ってはくれない。即座に間合いを詰めて再び手合いの距離に持ち込み、本体とドッペルゲンガーで矢継早に攻撃を仕掛けてくる。手合いの距離での攻撃の回転は速い。それも二体一ともなれば尋常な人間では反応できない速さであるが、スケロクは対応し続ける。
今一番気を付けなければならないのは相手に「掴まれ」る事である。
二対一で完全に息の合った同時攻撃、もし体のどこかを掴まれれば即座に死に直結する。スケロクはキムリカに挟まれた状態で二人の攻撃を捌きながらメイに視線をやる。
(スマホ見てやがる……AMAZ〇Nのタイムセールでもチェックしてんのか)
「よそ見してんじゃないわよ!!」
「クッ」
残弾数2。キムリカ二人に挟まれて何とかかろうじて攻撃を凌いでいるスケロクではあるが、正直言ってじり貧である。
不意に視界の端でメイが親指を下向きに立てた。
(『殺れ』ってことか?)
それにタイミングを合わせたかのようにキムリカ二人の攻撃がスケロクを挟み撃ちにする。中段の後ろ回し蹴りと、上段の後ろ回し蹴り。完全にタイミングの合っていたその攻撃は回避不可能にも見えたが……
「フンっ!!」
一瞬早くスケロクは跳躍し、地面と水平に体をきりもみ回転させながら隙間を縫う様に二つの後ろ回し蹴りを躱す。
それと同時に。
パンッ!
回転しながらスケロクの銃口は正確にドッペルゲンガーの心臓を打ち抜き……
パンッ!!
そして着地するより早くもう一発。本体の眉間を銃弾が貫いた。
回転蹴り中に射殺されたキムリカは、一旦はバランスをとって元の体勢に戻ったものの、スケロクの着地から一瞬遅れてその場に崩れ落ちる。
ガチャン、と、音を立ててスケロクの拳銃のシリンダーが弾かれるように開く。甲高い金属音をさせて六発の薬莢が床に落ちた。
「ジャスト6発だ。予想外にてこずったぜ」
手早くスーツの内側からスピードローダーを取り出し、新たな弾丸を装填する。
「メイ、さっきの合図はなんだ? AMAZ〇Nのタイムセールかなんかか?」
「まあそんなもんよ」
実際には事前にメイがドッペルゲンガーから聞き出したセーブクリスタルの有効時間の確認をスマホの時計でしていたのである。キムリカはドッペルゲンガーの方は消え、本体の方も動く気配はない。
スケロクはそれを確認しながらユキの身体を拘束していたロープを解く。ユキは拘束を解かれた後もキリエの方に走り寄ったりはせずに、お礼を言いたいのかスケロクに熱い視線を送り続けていた。
両手を広げて待ち構えていたキリエは少し肩透かしを食らったようになっていたが、ようやく一区切りついて安堵の息を漏らす一同に、逆に息せき切らして駆け寄る女がいた。
「ハァ……ハァ……スケロクさん……私から逃げられるとでも、思ってるんで……すか」
「ああ、そう言えばあんた達の事すっかり忘れてたわ。逃げられた上に片手間に悪魔の退治までされてるじゃない」
肩で息をしながら三階に上がってきたのは赤塚マリエであった。スケロクを呼び出すのに失敗して姿を消していたので、おそらくそっちから逃れる様にスケロクは現場に姿を現したのであろう。
「はぁ……はぁ……」
「赤塚さん若いわりに意外と体力ないわね」
息を整えながらマリエはメイに肩パンし、それからスケロクとユキの方に視線をやった。
「なんで、あの子まで魔法少女になってるんですか」
「知らないけど、フェリアがなんかしたんじゃないの? 余計なことしてくれたわね」
「本当に……」
マリエは苦々しそうな顔を見せて、ユキを睨んだ。
(余計なことをしてくれたわね……あのガキ)
ユキは相変わらずしきりにスケロクに何か話しかけているが、スケロクは何か手帳に記録を取っているようであまり真剣に取り合ってはいないようである。
(メスの貌してやがる)