強襲
「わ……私になり替わるって……あんたそんなこと考えてたのぉ!?」
キムリカ(本物)の顔が恐怖に歪む。
「そ、そんなことできるんですか?」
「さあ? でも……」
ドッペルゲンガーの問いかけになんとも頼りない、というよりは無責任な返答を返すメイ。
「でも、やってみなければ可能性は0パーセントよ」
そういうセリフは普通自分が何かにチャレンジするときに言うものなのだが。それで他人をけしかけてりゃ世話はない。
とは言うものの。
「くっ……」
キムリカ(本物)が苦悶の声を上げた。
これで一気に五対一の劣勢である。そしてその5人の中で最も血気盛んにキムリカ(本物)の命を狙っているのはユキと利害関係がなく、人質として機能しないドッペルゲンガーなのだ。
しかもキムリカと同等の戦闘能力を持っている。
「ぶっ殺してやる……」
ドッペルゲンガーがスーツの内側からナイフを取り出した。装備も同等。
「ま、待ちなさい! あんた本当の敵が何か分かってないわ! 私が死んだらあんたも消えるのよ!」
「そうなの?」
(多分……)
誰にも聞こえないほど小さな声でキムリカ(本物)が口の中で呟く。
「どうする? ドッペルゲンガー。私としては無理にあんたをけしかけるつもりはないけど?」
メイの言葉にもドッペルゲンガーはナイフを収めるつもりはないようだ。覚悟の決まった表情でじりじりと本物との距離を詰めていく。
「メイ様、騙されちゃダメですよ、こいつは嘘つきですから!」
「お前だろ」
「さっきも『今までに人を殺したことない』なんて言ってましたけど、あんなの大嘘ですから! 殺しまくってますから!!」
「それ言ったのお前だろ」
「セーブクリスタルの力があれば何度でもやり直せるからってさんざん悪の限りを尽くしてきたドブ以下のゲロ臭ぇ匂いのする純粋培養の尿漏れ野郎、それがコイツなんですよぉーッ!!」
「だからお前もそうだろって」
聞いてもいないのにドッペルゲンガーが自分の過去の悪事をどんどん暴露してくる。どうすりゃいいんだこれ。
「ドッペルゲンガーに何吹き込まれたか知らないけどね、こいつはとんでもない嘘つきなのよぉ」
どうやら本物の方も黙ってはいられないようだ。自分同士の悪口合戦が始まった。
「あんたはこいつに言いくるめられて仲間になってるみたいだけどね! こいつは必ず裏切るわよ! そういうクソ野郎よ! こいつの言う事なんて信じちゃダメなのよ!!」
「一応参考にはさせて貰うわ」
半端ない説得力である。何しろ本人が言っているのだから。
「メイ様、騙されちゃダメですよ! 本当のことを言ってるのは私ですから!!」
「ドッペルゲンガーの分際で偉そうに! 私の言ってることなんて全部嘘なんだから信じちゃダメよぉ!!」
「もう二人だけで先に決着付けてくんないかしら。生き残った方を始末するから」
だんだんメイも面倒くさくなってきたようだ。正直言って二人の言い合いは全く聞くに値しない戯言に等しい。
「ふぅ、ふぅ……」
ナイフを構えたまま、ドッペルゲンガーが距離を詰める。視線の動きだけで、周囲を確認しながら。
キムリカ(本物)が動き出すより一瞬早く、ドッペルゲンガーが仕掛けたに見えた。
そう。「見えた」だけだった。
二人はユキの椅子を抱えて隣接する窓に駆け寄り、そこから脱出しようとしたのだ。
「引っかかったな間抜けめ!! 言い合いするふりをしながら間合いを測ってたのよ!!」
「さすが私!! アイコンタクトだけで私の意図を汲んでくれるなんてね!!」
最初からそうするつもりだったのか、それとも「隙」ができたから魔が差したのか。二人は共謀の打ち合わせをすることなく、完全に息の合った動きで逃亡を図る。
「ま、そうなるような気はしてたのよね」
ガシャアン、と二人が開けようとしていた窓が割れて何者かが足から建物内に突入してきた。
おそらくは建物のさらに上、屋上から。特殊強襲部隊のようにザイルか何かでその身を吊るし、対象に一番近い窓から突入したのだ。
日が沈んだばかりでまだ西の空の地平線付近はオレンジ色の光が漏れている。
薄暗がりの中、謎の人物が空中で体勢を立て直しながら拳銃を抜く。
何者なのかが分からない。ゆえに人質を使うという選択肢が必然的に後回しになる。それ以前に予想していなかった突発的な事象に対応するのが精いっぱいで、人質にまで手が回らない。ドッペルゲンガーが飛び蹴りを顔面に喰らい怯む。
その間にオリジナルが謎の人物の喉にナイフを突き立てようとするが即座にパリィされ、逆に銃口を顔に突き立てられるが、彼女もこれをすんでのところで捌き、後方で発砲された弾丸が残った窓ガラスを割る。
「スケロクさんッ!!」
アスカが叫ぶ。
そう。窓から突入してきたのはスケロクであったが、しかし状況は決して楽観的ではない。かろうじて人質と二人の間に割って入ったものの、しかしスケロクはオリジナルとドッペルゲンガーの二人のキムリカに挟まれた状態なのだ。
「フッ!!」
オリジナルがナイフを取り出しスケロクの首目掛けて突き出すが、スケロクはそれを払い、再び銃の照準を合わせる。
しかしオリジナルはそれをまたも片手で払って射線から外れる。しかし今度はスケロクは払われると同時に間合いを詰めて肘打ち。喰らってのけ反ったオリジナルは万事休すかと思われたが、飛び蹴りから復帰したドッペルゲンガーのショートフックがスケロクを襲う。
「ぬるいな」
スケロクは彼女の袖に指を引っ掻けて引き込むようにしながら腕を反転、合気挙げで相手の身体をコントロールしてオリジナルと自分の間の空間に引きずり込んで盾とした。間合いを詰めようとしていたオリジナルがたたらを踏んでいる間に関節を極められて動けないドッペルゲンガーの腰に弾丸を打ち込んだ。
「がっ!?」
これでドッペルゲンガーは行動不能。しかし彼女を挟んでオリジナルがナイフを振り下ろそうとしている。だが正面からのナイフなどスケロクが喰らう筈もなく、スケロクは拳銃を持っている方の右ひじでナイフを払うと、そのナイフはドッペルゲンガーのうなじに深く突き刺さった。
にやりと。
オリジナルの口の端が歪んだ。
「狙い通りなんだよ、間抜け」
その瞬間ドッペルゲンガーの身体がフッと消えた。
それが何を意味するのか。しかしスケロクはそれを考えるよりも早くキムリカへの攻撃を優先した。
ナイフは振り下ろされたまま。右前の半身の状態で左手は後ろにある。絶好の状況にスケロクはキムリカへ照準を合わせたが、またもその手が払われて、彼女のはるか後方に着弾の光が灯った。
「なんだと!?」
スケロクの銃を払った腕、それは振り下ろされたキムリカの腕から枝分かれするように生えていたのだ。
「あんたのおかげで無事回収できたわよ。ありがと♡」