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人質

「どういうこと、これは一体……」


 三階についたアスカ達三人。


 建物の三階はどうやら書庫になっているようで広い部屋の一面に本棚が広がり、図面や書類のファイルのような物がまだ少し残っていた。


 その書類の棚の奥、見せつけるように椅子に拘束された有村ユキの姿、そしてそれにしがみつくようにしているキムリカ。


 ここまではある程度予想の範疇ではあった。そもそもメイ自身もキムリカが三階にいる可能性も考えてこの三人を上階に行かせたのだから。


 問題はユキの格好である。


「ユキ君……なんでそんな恰好」


 チョコレートブラウンのチェック柄のゴシックロリータ服に身を包んでいる。


 いたるところにフリルがあしらわれ、髪の毛もなぜか普段より伸びており、普段からそうではあるものの、その姿はやはり「少女」にしか見えない。


「ま、魔法少女になってる……」


 キリエはわなわなと震えて、その場に両膝をついてしまった。


「失敗したニャ」


 その声にアスカとチカが驚いて振り向くと、書棚の中にフェリエがいた。


「魔法少女になって脱出を、と思ったけど、結局どんな能力かも分からず何もできなかったニャ」


「何してくれてんのよアンタ!!」


 キリエの怒りが爆発した。


 それもそうだろう。どうやらキリエとしては息子のユキはどうしても魔法少女とは関わらせたくなかったようなのだ。


 それが二度も誘拐され、挙句の果てにはユキ自身が魔法少女となってしまった。当事者となってしまったのだ。


「ユキ君には普通の人生を歩んでほしかったのに!!」


「女装は良くて魔法少女がいけないっていう線引きがよく分かりませんけど……」


 チカの言う事も尤もではあるが、しかしキリエの怒りは収まらない。それでも彼女の怒りなどどこ吹く風、フェリアは書棚の中で香箱座りをして、落ち着いて話す。


「何言ってるニャ。悪魔に身柄を狙われてる時点で既に普通の人生じゃないニャ。ユキにも自衛手段が必要ニャ」


「だからって! 私に何の断りもなくこんなことするなんて!!」


「ボクに何の断りもなく動物病院で金玉取った奴がよく言うニャ」


「ぐ……」


 それを言われるとキリエは弱い。確かに喋れる相手に同意を得ることなく去勢するのは許されないだろう。


「それに、今回の件を解決したってユキがこの先も狙われるのは自明の理ニャ。いずれは自衛の手段が必要になってくるニャ」


「盛り上がってるところ悪いけど、こっちの話も進めていいかしらぁ?」


 アスカ達のやり取りを見ていたキムリカが話しかけてくる。彼女は右手に大きめのナイフを持っており、やはりユキを人質に取る心づもりのようだ。


 メイの「二手に分かれる」という作戦は見事に当たったことになるのだが、しかしまさか二階と三階の両方にキムリカがいるとは誰も思っていなかった。


「な……何が目的なの」


 キリエの問いかけに、帰ってくるのは沈黙の闇。


(目的……)


 キムリカの額から一筋の汗が垂れる。


(何をしようとしてたんだっけ……)


(ドッペルゲンガーを使ってメイを分離させることには成功した。まさか二手に分かれてこいつらが二階に来るとは思わなかった……ど、どうしよう。人が来たから思わず人質を取っちゃったけど)


 メイが二階の方に行ってくれた。本来はそれだけで彼女の作戦は成功だったはずなのだ。


 メイがドッペルゲンガーの方を殺そうが、見逃そうが、入れ替わりに一階から逃走する手筈であった。だが予想外にキムリカの後を追うようにアスカ達四人が三階に彼女を追って現れた。


(こいつらなら……何とかなるんじゃないか?)


 目の前に転がり込んできた幸運。それが彼女の目を曇らせたのだろうか。言い方は悪いが「スケベ心」が出てきてしまったのだ。


 もちろん最初はメイ達を全て始末するつもりでこの作戦を開始した。上手くいけばユキとキリエの身柄も確保したかった。だが、百三十八回の戦闘を通して(戦闘と呼べない物も多々あったが)もはやメイに正面から対抗することは無謀としか言いようがないという事ははっきりとわかったのだ。


 だが今のこの状況ならば、ユキだけは身柄を確保できるかもしれない。


 自分の命が助かるだけでなく、思わぬ「おみやげ」が出来るかもしれないのだ。命を拾った、と思ったからこそ、さらに欲が出てきたのである。


 とはいえ。


(どうしようこれ)


 椅子に縛られた魔法少女の格好をしたユキを抱え上げようとして絶望する。


 如何に小柄で少女のようだと言っても有村ユキも年頃の男の子である。体重もなんだかんだで四十キロほどある。


(せめて二人いれば……)


とは言うものの、一番身近な協力者、ドッペルゲンガーは囮にするために二階に置いてきてしまった。彼女の助力は望めまい。


(一か八かだ!)


 キムリカはユキを拘束していたロープをナイフで切断して彼を立たせる。


「おら、立て! このメス男子が!!」


 ユキを立ち上がらせて引きずるように歩き、書棚の森を回り込み、アスカ達を避けるように大回りに階段を目指す。


「あんた達は動くんじゃないわよ!! 無事敷地外に逃げられたらこいつは解放する!!」


 当然嘘である。


 だが嘘でも人質を取られている以上アクションの起こしようがない。しかし階段の近くまで来てキムリカは立ち止まり、壁際を移動しながら、階段からも距離を取る。


(くそっ、階下から足音が聞こえてくる。ドッペルゲンガーの奴、もう殺られやがったのか!?)



 メイの足音が聞こえてきたのだ。


 慌てて引き返し、窓を背に立つキムリカ。ちらりと外を確認する。階段も使えないとなれば後はいよいよ窓から飛び降りるほかないのだ。


 そんな逡巡を見せている間にとうとうメイはキムリカのドッペルゲンガーを連れて階段を上ってきてしまった。


「ちょっ、あんた! 何敵に寝返ってんのよ!!」


 キムリカがナイフでドッペルゲンガーを指差す。人質からすれば逃げる絶好のチャンスなのではあるが、しかし初めて魔法少女になったばかりで戦闘の経験もないユキにそれを望むのは酷というものだろう。


「はぁ、そんなこと言われても……さっきまでの自分と同一人物だったんだから分かるでしょ? とても戦えるような精神状態じゃなかったじゃん」


 確かにドッペルゲンガーの言うとおりである。


 そもそもドッペルゲンガーを犠牲にして逃げようとしていた奴にそんなことを言われる筋合いはない。


「ま、これで分かりやすい状態になったんじゃない?」


 人質を取られていようともメイの落ち着いた態度は変わらない。冷静に周囲を確認してから言葉を発する。


()()()()キムリカはやる気満々みたいね。本体の方をぶっ殺してドッペルゲンガーの方が本物になり替わるいいチャンスじゃない」

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