ひじき
「あら。今朝食べた『ひじき』が残ってたかしら」
キリエはそう言って歯に挟まっていたちぢれ毛のような物をその辺に放り投げた。アスカとチカは青い顔をしている。
「で? どうだった?」
しかしメイはなんとも思っていないようである。さすがは大人の女。
「どうやら奴は本当に知らないみたいね。ただやりそうなやつの心当たりならあるそうよ。
『キムリカ』ってやつがいて、犯行をほのめかしてたらしいわよ」
「リアルで『犯行をほのめかす』って言葉初めて聞きました」
「うふふ、チカちゃん、だっけ? 私達魔法少女は強けりゃいいってわけじゃなげふぅ」
「生臭ッ!!」
異常なイカ臭さのげっぷがチカの顔面を襲う。彼女は顔を歪めて咳き込んだ。
「そのキムリカってやつの能力は分かるのかしら?」
メイはハンカチで口と鼻を押さえながらキリエに訊ねる。なるべくなら彼女の吐き出した呼気は吸い込みたくない、という構えである。
「ええ、あんまり詳しくは聞けなかったけど、どうやら自分のドッペルげぼええええっぷ」
「ふんぅッ!?」
メイが話の途中で身をよじり、きりもみ上に跳びはねてキリエから顔を逸らした。
「わ、悪いけどちょっと離れて歩いてくれる……?」
「それと、もう一つ能力があるらしいけどこっちは仲間にも明かしてないらしいわ」
キリエはあくまでも彼女らのリアクションを無視するつもりなのか、朗らかな笑顔で話を続ける。
しかし仲間の能力や名前をあっさりと吐くとはメイも思っていなかった。もちろんこれがフェイクの可能性はあるが、いずれにしろ彼女は助けに行くだけである。これまで二十年間、初見の悪魔をさんざん葬ってきた女なのだ。罠であろうとも意に介さず。
「フェリア、有村さんがどこに捕らえられているのかは分かる?」
メイに話しかけられて、フェリアの方はしばらく周囲に視線を彷徨わせるようにしていたが、やがって一点を見つめるように視線を留めた。
「南の方角、3キロくらい先にある今は使われてない三階建ての建物にいるニャ」
「わ、私にも見えます。ユキ君の気配は分かりませんが、確かにその方角に悪魔がいるみたいです」
眼鏡のつるを支えながらチカがそう言った。
そんな能力があったのかとメイが不思議そうに尋ねると、どうやらこれは彼女本来の力ではない。
ガリメラに捕食されたマスコットのルビィが数日前に悪魔の居場所をチカの眼鏡に表示されるように魔法をかけて、それがそのまま今も使えている状態なのだという。
「じゃあ、こっちの方は僕が居なくても大丈夫ニャ」
「え? フェリア、どこに行くつもりなの?」
「ユキの方に行ってくるニャ」
現在のフェリアは思念体。本体は有村家の家の中にいて意識だけを飛ばしている状態である。
「この、思念体の状態なら長く一緒に暮らした人間の元には一瞬で移動することができるニャ。ユキも怯えてるかもしれないし、異常があればまたすぐに教えに来るニャ」
そう言ってフェリアの姿はサッと消えてしまった。
「とりあえずは、私達も行きましょうか。ここでこうしていても新しい作戦なんか立てられないわ」
メイが力強くそう言うとアスカ、チカ、そしてキリエもそれに同意する。
相手が何者だろうが、どんな能力を持っていようが、罠があろうが、全てを正面から潰してきたベテランの言葉は、力強い。
――――――――――――――――
「ユキ、無事かニャ」
既に使われなくなった廃屋。元々は零細企業の事務所の入った建物であったが、使われなくなって久しく、床は埃に塗れ、蜘蛛の巣があちらこちらに張っている。
そんな建物の三階に、椅子に縛り付けられて有村ユキは監禁されていた。
その少年……少女? 有村ユキの目の前に突如として現れた喋る黒猫、フェリア。
しかしフェリアはすぐに異変に気付いた。思念体であっても匂いや音に敏感なのか、自分の後ろの気配に振り向いたのだ。
「あら。喋る猫なんて珍しい。うちで飼いたいわぁ」
メイほどではないが長身に腰まで伸びたストレートの黒い髪。赤いパンツスーツに身を包んでいても、豊満な体を隠しきれていない。
不気味なほどに大きな瞳は闇夜のように漆黒で、光彩が無く、病的な雰囲気を感じさせる。
「と、思いきや思念体? ざぁんねん。キャハハハハ」
そう言ってひとしきり笑った後、右手に持っていた電子タバコを吸いこんでぷはぁ、と煙を吐き出した。
「ぼ、ボクは大丈夫だけど……」
ユキはちらりと女性……おそらくはアキラの言っていたキムリカだろう。恐る恐る彼女の方に視線をやった。
「うふふ、言ってあげれば? 『このお姉さんには絶対に勝てない』って」
フェリアはちらりとキムリカの方を見てから、ユキに視線を戻す。
「バカ言うニャ。メイには誰も勝てないニャ」
「アーハハハハハ!!」
フェリアの言葉を聞いて、キムリカは大声で笑いだした。
「よっぽど信頼してるのねぇ、そのメイって女の事。でもざぁんねん! 私にこれがある限り、ぜぇったいに、だれにもぉ、私を殺すことは出来ないのよ!!」
やたら声のデカい女である。
キムリカは言い終えると、スーツのポケットから何か宝石のような物を取り出し、それにキスをした。
「水晶……?」
それはフェリアの言う通り青い光を放つ、水晶に見えた。
「うふふふふふ……ただの水晶だと思うぅ?」
「どういうことだニャ、ユキ、何を知ってるニャ?」
「無駄よ。その子は『結果』しか見てない。それくらいで私の能力が分かる訳ないのよぉ」
そう言ってキムリカはまたポケットに手を突っ込んで、ばらばらと床に撒く。硬質な金属音をさせて散らばるそれは、どうやらコインか何かのようだった。
よく見れば、百円玉だ。床の上でスピンしたり転がったりしてやがて止まったそれは、全て表の面を上に向けて制止していた。十枚の百円玉、全てがだ。
「ありえない話ではない」……だが、それをわざわざ見せたのだ。何かある。何か能力を持っていて、それを「使った」のだろう。あのクリスタルに関連する何かの能力を。
それをすぐにメイ達に知らせに行くべきか、しばしフェリアは迷ったが、しかしはっきり言って何も分からないも同然の状態である。こんな状況で報告に行ったところで混乱を招くだけか、もしくはメイに「だから何?」と言われるのがオチである。
それよりは。
フェリアは、キムリカを無視して歩き、ぴょんとユキの膝の上に飛び乗った。
「ユキ……いつまでもこうやって、助けを待ってるだけでいいのかニャ」
「え?」
発言の意図を測りかね、ユキは疑問符を浮かべる。
しかしフェリアの言う事も尤もなのではある。敵は仲間を欲しており、そしてその「素材」としてユキはこの上なく「適格」なのだから。たとえ今回の危機を脱しても、彼は狙われ続ける。
「魔法少女になるつもりはないかニャ」