昔の男
「随分と堂々としていますね」
授業の終わった放課後の時間。新任の山田アキラ教諭は何の因果か(メイのせいだが)バレーボール部の顧問として部活の監督をしていた。体育館で練習を見ていたアキラに声がかけられる。
「これはこれは」
その山田アキラに話しかける三人の少女。声をかけたのは白石アスカであったが、アキラはにこやかな笑みで彼女たちに近寄り、そしてその三人の後ろにいる人物に声をかけた。
「葛葉メイさん、お久しぶりですね」
アキラが声をかけたのは葛葉メイであった。
それ自体は特段注目すべきことではなかったかもしれない。
なぜならアキラとメイは職場の同僚であり、「ひさしぶり」という言葉は少しひっかかるにしても、何もおかしなことはないからだ。
「久しぶりって……あんたまさか、アキラって……あの『山田アキラ』!?」
しかしこれにメイは大いに取り乱した。
「ん……どういうことなんです? メイ先生」
アスカは振り返って彼女に聞くが、しかしメイは大変狼狽えているようで、まともな言葉を返せない。
「よかった。やっぱり人違いじゃなくって。葛葉さんでしたよね。着任以来ずっと無視されてて自信なくなってましたよ」
アスカ達は全く訳が分からない状態である。「どういうことか」も何も、同僚なのだから顔見知りで当たり前なのであるが、しかしメイのリアクションは尋常の物ではない。
「無視というか……ここ最近ずっと心配事があって、それどころじゃなかったから、全部右から左で抜けてたわ……」
なんともメイらしい態度ではあるものの、彼女は何とか冷静さを取り戻そうとハンカチで眼鏡を拭く。
「どういうこと何ですか? メイ先生、ベルガイストと、知り合……凄い汗」
表面上はいつもの冷静さを取り戻したように見えるメイであったが、再び装着した眼鏡がもう曇り始めている。
「ふぅ……」
眼鏡を外してハンカチで汗を拭くメイ。
「聞かれてますよ、葛葉先生。教師のプライベートを事細かに話す必要はないですけどね」
メイは大きく深呼吸をする。アスカ達は二人を交互に見ている。山田アキラはまず間違いなく屈筋団の四天王、ベルガイストであることに間違いはないとは思うのだが、そのベルガイストとメイにどんな関わりがあるというのか。
事前の話ではメイはベルガイストの事は全く知らなかったようであったが。
「私の昔の男よ」
「ほあっ!?」
三人の少女がのけ反る。思いもよらず何の構えもなかったところにいきなり大人の生々しい恋愛話をぶちかまされたのだ、無理もない。
「このクソ野郎とよりにもよってこんなところで再会することになるとはね……」
メイはポケットからきらりと輝く何かを取り出して指にはめた。
四つの指に煌めく金属の輝き。
当然ながら指輪などではない。
「ちょっと、メリケンサックなんか付けて何するつもりですかメイ先生!!」
「ぶっ殺すわ。こいつ屈筋団の四天王なんでしょ」
相変わらず「こう」と決めたら行動の早い葛葉メイ。言い終わるよりも早くアキラとの間合いを詰めようとするところをアスカが必死に抱き着いて止めた。
「ちょ、ちょっと葛葉先生、落ち着いて!!」
アキラも大層焦っている。というか、よくよく考えてみればこの男が本当にベルガイストなのかどうか、その確認すら取れていないのだ。まあ、メイにとってはどちらでもいいことなのかもしれないが。この剣幕を見れば。
「やり合うにしても、真昼間から『真の姿』も見せてない私を生徒の前でやるつもりですか? 相変わらず無茶苦茶な女だ」
自然とアキラの口からは自身の正体を現す言葉が出たがメイの怒りは収まる気配はない。
「うるせー! このヒモ野郎が! なんでお前が教師なんてやってんだ短小男!!」
マリエとチカもさすがにまずいと思ったのか三人がかりでメイを止めようとするが、メイはそれを軽々と引きずってアキラとの距離を詰めようとする。
「どうしたんですかぁ? メイ先生」
そんなところになんともこの険悪な雰囲気に似つかわしくない柔らかい声が聞こえた。
「!! ……有村さん」
その声に毒気を抜かれたのか、ようやくメイは立ち止まって、メリケンサックを外してポケットに戻した。
この女、普段からこんなものを常備しているのだろうか。本当に教師か。
声をかけたのはキリエの息子、ユキであった。この学校に存在する数少ないメイの天敵。
「ユキ君、こんなところで何してるの、危ないよ(メイが)」
そう言ってアスカはユキの腕を引っ張るが、しかしユキはそれを振り払ってアキラの傍に歩み寄った。
「何って、部活の見学ですよ。一年生はそういう時期ですから」
確かに練習には参加していないようではある。いつものセーラー服を着ている。言われてみればそんな時期であった。アスカもマリエもチカも、部活動はしていないのですっかり忘れていた。
「生徒は原則何らかの部活動に所属することになっているのだけれどね」
メイがちくりと言うが、そのメイこそ教師は全員何らかの部活動の顧問になるという原則を破り去っている女である。どの口が言うのか。
しかしそれはそれとして、ユキとアキラは随分と親し気にしているように見える。アスカは「これは良くない」と感じて彼にそっと忠告する。
「ユキ君、こいつはこの間あなたとお母さんを襲った奴の仲間よ。近づいたらどんなセクハラされるか分からないわよ」
「なんで『セクハラ』限定なのかな。それはそれとして、今の私は『オフ』だからね。市民を傷つけるようなことはしないよ」
あくまで紳士的な態度を崩さないアキラ。しかしアスカとメイ達は警戒の視線を緩めてはいない。
「ね? 本人がこう言ってるんですから。先生たちも山田先生を信じてください」
「……ん、まあ……こうやって堂々と姿を現したっていう事は、今は事を構えるつもりはないっていう事ですかね……」
いまいち釈然としないながらもアスカは納得して、改めて彼の方に視線をやる。外見は一般人と変わらない。メイよりも少し背は低いが、爽やかな顔立ちをしていて中肉中背、普通にしていれば女にもてそうな感じに見えるその姿は、とてもテロリストの幹部には見えない。
「もちろん。今は人間の格好をしているからね。私がどんな格好をしていても四天王って事は変わらないけど、でもいつか、そんなオンオフの切り替えられる人間にはなりたいなあ、とは思ってるよ」
「…………」
アスカは無言でメイ達の方に戻ってきた。
「どう思う?」
「どうも何も、こないだガリメラに食われたピンクザルみたいなこと言いだしたわね。信用できるわけないじゃない」
マリエは心底嫌そうな表情でアキラの方を見ている。同じイケメンでもスケロクはストライクゾーンに入ったが、この男はボールのようである。
「どちらにしろ、これはちょっと対策が必要みたいね」
メイは眼鏡のブリッジをくい、と上げた。
「見てみなさい」
アスカ達三人はアキラの方を見る。もう彼らはバレー部の練習の方に戻っていて、その隣にはユキがオプションのようにまとわりついていた。
「あのクソガキ……メスの顔してやがるわ」




