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ベルガイスト

「あのメイ先生を手玉に取るとは、ユキ君ってなかなかのやり手みたいですね」


 白石アスカの落ち着いた声にメイは大きくため息をついた。


 昼下がりの職員室。


 その日は入学式と、少し珍しいが同時に始業式も行われたため生徒はもう学校に残ってはいないのだが、職員室にはもちろん明日からの授業や、日々の業務、雑務をこなす職員で溢れかえっている。


 その中のメイのデスクの前にはいつもの魔法少女メンバー、アスカ、マリエ、チカの三人が集まっていた。


「少し、場所変えませんか?」


 アスカがチラリと周囲を窺ってからメイにそう発言し、特に異論もないメイは職員室を出て既に空となっていた自分の担任する一年生の教室に向かった。


「なんか、不思議な感じですね。去年まで自分のいた教室にこうやって来るのは」


 チカが教室を見回してそう言う。席の数も、そして自分の私物や掲示物などは当然そこにはないのだが、壁の傷や汚れはそのまま。ほんの数週間前まで自分の通っていた教室に来ると、チカはノスタルジックな感傷に浸った。


「私には全然分かんないわねえ」


 マリエはそう言うが、彼女はアスカとチカとはクラスが違っていたので当然でもある。


「そんな事より何の話なの? わざわざ場所を変えたって事は魔法少女に関する話?」


 メイがそう尋ねると、アスカは真剣な表情になってメイに簡潔に用件を話す。


「もう気づいてると思いますが、今年の新任の教師の中に……ベルガイストがいます」


「ベルガイスト……」


「って、誰?」


 間合いを外されたようにガクッと肩を落とす三人。昭和の時は過ぎ去りしなれども、こういったリアクションは世代を超えて受け継がれるようだ。


 しかしまあよくよく考えてみれば当然である。


 確かにメイはベルガイストとは会っていない。夜の公園に突如として現れて三人を手玉に取り、最終的にはスケロクに撃退された四天王の一人。彼が現れた頃、メイはフローキと空中戦を繰り広げていたのだ。


 こほん、と軽く咳払いをして気を取り直し、アスカは言葉を続ける。


「今年から教師として着任した、山田アキラ先生……」


「山田アキラ……」


「って、誰?」


 またもガクリ。昭和の魂は生き続けている。


「なんで知らないのよ、同僚でしょう!?」


 マリエが怒った剣幕でまくしたてるが、知らんものは、知らん。


 いや厳密にいえば「知らん」のではなく「覚えていない」のだが、この際どちらでもいい。


「そんな今日会ったばっかりの人間の名前なんて覚えてるわけないでしょうが。いつまでいるか分かんないし」


「いや確かに生徒からすれば今日会ったばっかりかもしれないけど、あんたはもっと早く顔合わせてるはずでしょう! 先生なんだから!! それにそう簡単にはいなくならないでしょう?」


「あんまり他人に興味がないのよね。それに私コウジさんと上手くいったら寿退職するかもしれないでしょう?」


 いなくなるのはメイの方であった。そう上手く事が進むとは思えないが。


「山田アキラか……どっかで聞いたような名前……っていうかどこにでもある様な名前ね。

 っていうかちょっと待って、それ、男よね?」


 メイは少し心に引っかかることがあった。当然それにはアスカ達三人も気づいていたことであったが。


「あいつらってクソフェミ集団じゃなかったの? なんでそこに男がいるのよ」


「『クソ』かどうかはともかく、そのはずでしたけど……そこは私にも全く分からないです」


「ふぅん……ま、分かったわ。それで私に注意喚起するために来てくれたのね」


「いや、注意喚起というか当然知ってる物だと思ってたんで、どうしたらいいか聞きに来てたんですけど」


 正直ベルガイストも山田アキラもどちらも知らないとは予想外であった。


 この見かけ上「出来るオンナ」なら既に対策できているどころか、もしやすると攻勢に出ていたりするかもしれない、くらいは思ったのだが、全く当てが外れた。


 ただ、動き出せばこの女は強い。


「そんな事より今の私の頭痛の種はあの有村ユキよ。あんのクソガキ、どういう育てられ方したらあんな生意気なクソガキ……クソメスガキ……メス男子に育つのよ。キリエの奴頭おかしいんじゃないの? 仲良さそうに見えたけど、本当気持ち悪いわあの親子!!」


 メイにとっては「そんな事」なのだ。


 結局アスカ達三人は注意喚起するだけにとどめて学校から帰ることにした。ベルガイストの目的は気になるが、しかし向こうから動きが無ければ何も探りようがない。

 もしかしたら本当にただ就職しただけなのかもしれない。



――――――――――――――――



「ただいま~……」


 自宅の鍵を開けて、白石アスカはドアを開ける。まだ日は高く、外は明るいが、家の中は明かりがついておらず、薄暗い。


 今日は始業式だけで帰りも早かったのだから、当然と言えば当然なのであるが、しかしこれがたとえ通常の日であっても、彼女に「おかえり」と声を返す者はいない。


 夫婦の間に何があったのかは詳しくは知らないが、母親はもうずいぶん前に家を出て行ってしまい、父親との二人暮らし。


 幼い頃はいつも早く帰ってきて夕食の支度をしてくれていた父であったが、小学校も高学年になって手がかからなくなると、帰るのはいつも日付が変わるころになっていた。


 それが余所に女を作っただとか、飲みに行っているだとか、そんな勝手な理由ではなく、この家のローンを返すためと、自分の将来の学費のためだという事は分かっている。


 むしろ小さなころは自分が足かせになって満足に仕事ができずに、ここ数年はその足枷が無くなって管理職になったため帰りが遅くなっているのだという事も、分かっている。


「仲……良さそうだったな……キリエさんと、ユキ君」


 母の記憶がないほど昔の事ではない。


 しかし今となっては「家族」というものがどんなものだったのか、思い出せなくなってしまっている。


 平日は殆ど顔を合わせることもなく、土日も出勤が多い父と、自分は、本当に「親子」をちゃんとやれているのだろうかと、考えずにいられなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 珍しくシリアスな展開ですね(`・ω・´)
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