あの頃の三人
魔法少女としての活動は、思い描いていたような優雅なものではなかった。
死と隣り合わせの、命と魂を削る、地獄のような毎日。一体どこからこんな化け物が湧いて出てくるのか。
自分達が過ごしている日常がこんなにも薄氷の上に成り立つ危うい物であったとは。メイは悪魔よりもそのことに恐怖を覚えた。
二人の魔法少女としての役割は明確であった。
メイが近接戦闘で敵を弱らせて、後衛のキリエが魔法でとどめを刺す。危険を冒すのはいつも肉弾戦で悪魔を滅多打ちにするメイ。キリエの魔法は遠距離からよく分からない光線みたいな魔法を飛ばす能力だった。
「釈然としない」
中学生になり、地元の学校に一年生として通うことになった二人。休み時間中、楽しそうに友達を会話に花を咲かせているキリエを遠くから見て、メイは絞り出すような声でボソリと呟いた。
メイはいつもの定位置、教室の一番後ろの席で一人寂しく座っている。
明るく、人懐っこい性格のキリエに比べ、思ったことをずけずけと言ってしまう上に、自分の興味のない話題になってしまえば途端に黙りこくってしまうメイは友達が少ない。
おまけにこの時すでに身長は百七十センチもあり、女子の中では飛びぬけてデカく、男子の中でも彼女よりも背が高いのは一握り。その一握りの少年達ですら、腕相撲で彼女に敵うものは誰一人としていない。
入学して間もない頃、クラスの男子に面倒な絡み方をしてきた上級生を一撃でのしてしまったことが決定打となった。彼女としては軽く「はたいた」程度のつもりだったが、その上級生は顎の骨にひびが入ったという。悪魔に比べ、人間はあまりにも脆い。
要は、誰もが恐ろしがって話しかけてこないのだ。そんな彼女につけられた渾名は「スケバン」……そんな時代錯誤なあだ名とは裏腹に、彼女は非行に走ることもなく、学校ではただひたすら一人の時間を消費するのみ。
たまに幼馴染みのキリエか、スケロクが話しかけてくるくらいだった。
キリエはともかく、スケロクはスケロクでまた奇行を繰り返す問題児であった。テストは毎回満点、運動でも誰も隣に並ぶことなく、授業になれば平然と教師の誤謬をつき、誰であろうと露骨に見下す。そんな彼と普通に会話することすらも彼女を一層孤立させることになった。
報復を恐れて誰も彼女をいじめようなどと思わないのがせめてもの救いであったが。
「どうした? 相変わらず辛気臭ぇツラしてやがんな」
「うるせーバカ」
にやにやと笑みを浮かべながら、メイの一つ前の席にスケロクが座った。当然彼の席ではない。
メイと同じく友達のいないスケロクは度々彼女に話しかけてきたが、周りから見ればこの二人は“アンタッチャブル”な存在。ヘタに触れればどんな災いが降りかかってくるか分からない危険な人物だった。
「おかしい……こんなはずじゃなかったのに」
彼女が見ていたアニメでは魔法少女というものはもっとキラキラしていたはずだった。
だがいくら魔法少女であろうが、人知れずみんなのために戦っていようが、アニメの中のヒロインのように彼女の私生活がキラキラと輝くことはなかった。戦っている最中も輝いてるのはキリエだけだった。メイの方は血と泥でくすんでいる。
「なにが『こんなはずじゃねえ』んだよ?」
「こう……中学に入ったら、もっと『キラキラした青春』が待ってると思ったんだけど、なあ……」
「んな陰気なツラしてっからだ」
そう言ってスケロクは人差し指でビシッとメイの額を突く。
なんてことをするのか、あのメスゴリラが怖くないのか、とクラスの人間が戦々恐々としたが、メイは何も言わず、机に突っ伏しただけだった。
そう。彼女も分かってはいるのだ。魔法少女になろうが何だろうが、陰キャは所詮陰キャなのだと。
「そんなことしてるうちに『キラキラした青春』は過ぎてっちまうぜ」
そう言ってスケロクは席を立った。
スケロクの言っていることは、全て正しい。だからこそ彼女にも反撃の気力がわかなかったのだ。
こんな時、相談できる相手がいれば気がまぎれたかもしれない。
魔法少女なら、お付きのマスコットに慰めて貰えたかもしれない。
だが「可愛らしい喋る猫」がマスコットについているのはやはりキリエの方。メイのマスコットは地獄から抜け出してきたような一つ目の不気味な化け物、ガリメラだった。
人の言葉を解さず、不気味な泣き声を上げ、屍食性のモンスター。魔法少女になった時には「妖精」だと説明されたが、妖しすぎる。
とてもではないが、悩みを相談する気にはなれないし、したところで唯一帰ってくる可能性のある言葉は「ギルティ」である。
一度、キリエとフェリアが楽しそうに話しているのを陰で聞いてしまったことがあった。
『そう言えばメイちゃんの話なんだけどさあ』
『なんだニャ?』
場所は確かメイが初めてフェリアに会った資材置き場であった。
小柄で美しいキリエが仔猫のフェリアと話す様は、まるでおとぎ話の中の登場人物のようであった。
メイはとっさに物影に身を隠した。
別にそんな必要はないのだが、しかし、自分の名前が出た。親友の口から自分の評価が聞けるかもしれない。何を言うのかが、気になって仕方なかったのだ。
『メイちゃんのアレってさ、絶対妖精じゃなくて悪魔だよねw』
『アレってガリメラの事かニャ。怖いからあんまり近づかないようにしてるニャ』
メイは目の前が真っ暗になったような気がした。
自分の悪口が聞かれなかったのは良かったが、しかし彼女にとってはたとえ不気味でも……いや実際彼女自身から見ても相当不気味なのだが、それでもガリメラはかけがえのない相棒だったのだ。
それを親友が『悪魔』だと陰で言っていたのだ。
いや実際彼女自身も悪魔っぽいとは思っていたが。
しかし自分でうすうすそう思ってはいても、やはり親友の口からそれが聞かれるのは、まだ十二歳の少女にとっては大変なショックだった。
そして、言葉には出さなくていても、なんとなく察してはいた。
キリエが、汚れ仕事は自分にまかせて、美味しいところだけをかっさらっているのだという事を。
このころからか、次第にキリエとも自然に会話ができなくなってきていた。
そして、魔法少女になって何年か経った、確か十九歳の頃の事であった。
とうとう恐れていたことが起きてしまったのだ。