おフェミさま
「そのとおりよ……私達屈筋団は、クソオス共が作った家父長制のこの世界を破壊して、女性に真の自由をもたらすのが目的よ」
一同が黙り込んでしまった。
それは勿論ロディに気圧されたからでもなければ、恐怖でもない。
自分達を悩ませていて、社会に恐怖を与えていたテロリスト集団が、しょうもないミサンドリストの集まりだったからだ。
「言うほど家父長制か?」
スケロクがボソッと呟くとロディは彼を睨みつけ、しかしか細い声で反論する。おそらくメイに殴りつけられて大きな声が出せないのだろう。
「社会に甘やかされてるクソオスには分からないのよ。私達女性が、どれだけオス共の暴力に虐げられ消費されてきたのかが!」
今まさに彼女を暴力で虐げているのはメイだが。
「とっ、とにかく私達はあんた達の味方なのよ。この世界を女の生きやすい世界にしたいと思わないの? クソオスどもから解放されたいでしょ?」
「それとこれとは話が別よ」
ロディはどうやら「話が上手くまとまりそうだ」と認識していたようであったがメイの下した決断は冷徹であった。如何様な主張があろうとも彼女は市民を理不尽な暴力で恐怖に陥れる悪魔に同調などしない。
「そもそも私はいずれ専業主婦になるつもりなんだから、男に稼いでもらわなきゃ困るのよ。男は稼いでナンボよ。男社会でガッツリ稼いでくれれば文句はないわ」
メイの醜い本音が出た。
「そんな上手くいくわけないじゃない。男はちょっと金に余裕があると女遊びするわ、女を格下に見るわ、ホモソーシャル作って女の悪口言うわ、やりたい放題よ」
キリエはユキの耳を塞ぎながらそう言い放つ。本音はこぼしたいが息子には聞かれたくないのだろう。
「男をATM扱いする方にも問題あるんじゃねーのか?」
童貞が口を挟んできた。
「出たわね、若い女好きの女性の敵が」
「安心しろ、俺はお前らを性的消費することはこの先も永遠にないからよ」
「ど~でもいいニャ」
収拾のつかなくなってきた口論にフェリアがとどめを刺した。
「男だとか女だとか、どっちでもない奴にとっては心底どうでもいいニャ」
さすがに去勢された男の言葉は重みが違う。
「男が得だとか女はずるいだとか、恵まれてる甘ちゃんにしか出てこない言葉ニャ。お前らに本人の同意もなく金玉取られちゃった奴の気持ちが分かるかニャ」
キリエは気まずそうに目を逸らす。メイとスケロクも眉間に皺を寄せて目を伏せる。フェリアの辛さだけは、ここにいる誰にも察することは出来ない。
「話しがそれてるニャ。今重要なのは罪もない市民を傷つける悪魔を倒す。それだけニャ」
その言葉にロディに馬乗りになったままのメイが彼女に視線を戻す……が。
「くだらない会話に花が咲いたことで大分回復したよ。これでサヨナラだ」
そう言ってロディの体が床に溶けるように消えてしまった。
「ハハハ! さらばだ!!」
影の中への移動。おそらくは馬乗りになっていたメイの影の中に入ったのだ。まんまと離脱されてしまったのである。
「大変! すぐに追わないと!!」
アスカは急いで廊下の方に駆けだし、チカとマリエもそれに続くが、しかしそれをメイが止めた。
メイはマリエの前に無言で手を出して止め、そして床を指差す。
何か事前に決めていた約束事があるのか、マリエはこくんと頷いて周囲の床に注目しながら魔力を練り始める。ほんの一瞬遅れて、メイはユキの方を指差した。
ビンゴ。それとほぼ時を同じくしてユキの影が膨らみ、一瞬でロディが上半身を現し、その大きな口でユキの体を拘束しようとしたのである。
メイは全てを見抜いていた。ロディの体力が回復していることも。そして「さらば」とわざわざ言ったのはメイ達に「逃げた」と思わせるためのフェイクであったことも。
その上で事前にマリエに何か吹き込んでいたのだ。
「ファイア!!」
マリエがユキに向かって炎を出す。しかしそれは彼に向かって放たれたのではない。炎は空中で制止してユキとロディを照らしただけだった。
「ギャアアアァッ!?」
その瞬間、ロディが叫び声を上げて胴体がちぎれた。
「な、何が!?」
あまりの事態にアスカが困惑している。メイは全て狙った通りだったのか、悠々と歩いてロディに近づく。
「思った通りね。あんたは影の出入りの時は攻撃や防御をせず、常に影への出入りだけを優先して動いていた。もし、出入りの最中に影が無くなったら? と思っていたけど、まさか影の部分で切断されるとはね」
ロディは最後にごぼりと大きく血を吐き出して事切れた。
「ま、敵の目的が何だろうが俺達のやることは一つだ。変わらない。そうだろ? メイ」
スケロクの言葉にメイは頷く。
「とはいえ、あんたの目的は何なのか聞いてないんだけど?」
「言ったろ? 俺は公安だ。それも市民の安全を化け物から守るって言う特殊任務に特化した、な」
ガリメラがロディの死体に羽ばたいて近づこうとしたが、スケロクはそれを手で払った。
「悪いが今日はもう解散だ。死体の処理は俺が手配するからメイも帰っていいぞ。当然だけど、今日起こったことや俺の事は他言無用だからな」
面倒くさそうにスケロクはそう言うとすぐにどこかに電話をかけ始めた。おそらくはロディの死体の始末か、解析か、その手配をするのだろう。
メイ達はその上からの命令口調に若干憮然とした表情をしていたが、しかし厄介ごとに巻き込まれたくないのはみな同じであるため、それぞれ帰路についた。
「ユキ、もう大丈夫よ。怖いことはもうないわ。今日の事は忘れて」
「セーラー服のおばさんは……」
「セーラー服の事はもう忘れなさい」
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「はぁ~、やれやれ。さすがに眠ぃぜ」
夜が明ける頃、ようやく自宅のマンションに帰ってきたスケロクは部屋のディンプルキーを差し込んでその異変に気付いた。
小さく舌打ちをする。
その日はあまりにも多くの事が起きすぎた。
夕方から始まったほぼメイのためだけの合コン。そこからアスカ達のマスコットがまさかの捕食をされ、狼女ロディとの戦闘。もう一人の幼馴染みであるキリエとも遭遇した。
なんとも盛りだくさんの一日であった。一刻も早く家に帰ってシャワーを浴びて、眠りにつきたかったのだが。
スケロクはゆっくりとディンプルキーを鍵穴から引き抜き、そして代わりにホルスターの中に収められている銃を手で確認しながら、ゆっくりとドアを開ける。
ドアにはカギが掛かっていなかった。
真っ暗な部屋に入ろうとすると、パッと明かりがつけられた。
「おかえりなさい、あなた!!」