サイ○リヤ
静謐なる夜の学校。
この神聖なる学び舎で、ごつごつと物騒な音が響き続けていた。
「も、もぉ……許ひ……許ひて……」
ロディが力なく右手を遮るようにメイの前に差し出す。何度目かの失神と覚醒を繰り返した後、彼女に出来た唯一の抵抗がそれだった。
その差し出された右手の指すらもあらぬ方向に折れ曲がっている。鋭かった牙もへし折られ、鎖骨は両方とも打ち砕かれ、顔も原形をとどめないほどにはれ上がっている。
ようやく無慈悲な拳の雨は彼女の顔面を打付けることをやめたが、しかしメイはロディの上半身を押さえつけるように跨ったままである。
チカはなんとも言い難い憮然とした表情をして立ち尽くしていたが、戦闘が終わったことを確認して残りのメンバーも教室に入ってきた。
「ユキ、ユキ! 目を覚まして」
「ん……おかあ、さん?」
人質に取られていたユキもようやく目を覚ましたようでこれで一安心といったところである。
「さて、ここからは楽しい尋問タイムよ」
ロディは半死半生といったところで、牙は折れ、舌が口からはみ出しているが、しかしそれでもメイは容赦などしない心づもりのようだ。
「まず、なんでキリエとユキ君を狙ったの?」
「や、奴らは……『魔法少女』の才能がある……ふつうの人間とは違う……仲間に引き入れられれば……」
やはりそれはフェリアが口にしていたことと同じであった。要するにメイとアスカ達の攻撃にさらされて屈筋団は進退窮まった状態。逆転のための『駒』を欲していたのだ。
「くそっ……この作戦に成功すれば……空いた四天王の座に……」
四天王の残りは現在ベルガイスト一人のみ。実際ロディの戦闘能力があればそれに見合うポストを手に入れられるのは腑に落ちる。
「そもそも、あんたたち屈筋団の目的ってなんなの?」
「は……?」
ロディが間抜けな声を出す。「今までそれすら知らずに戦ってたのか」という疑問の意思表示である。
「私達は……この世界を変えるために……」
その瞬間メイがロディの横っ面をはっ倒した。
「しゃらくさい事言ってんじゃないわよ。世界を変えたいなら選挙に出馬でもすれば? 暴力で変えた世界に何の意味があるのよ」
確かに彼女の言う事には一理あるのだが。敵の顔を殴りながら言うセリフではない。
「今のままじゃ……クソオス共が作ったこんな世界のルールに則ったって何も変わらない」
ん? と、全員が首を傾げる。何か……妙な思想が溢れ出てきた気がしたからだ。
「男は女を性的搾取することしか考えてないのよ。あの男の子も私の体をいやらしい目で見て勃起してたし!!」
ロディはユキの方を強く睨みつける。それと同時にキリエは彼を庇うように抱きしめて隠す。
「こんなの絶対頭おかしいよ! 私のユキ君がそんなことするわけないじゃない!!」
「勃起……したのか?」
スケロクが優しさをにじませる笑顔でユキに語り掛ける。
「……知らない」
ユキはぷいと顔を横に向けて頬を膨らませた。耳まで真っ赤になっている。どうやらキリエが箱入りで育てたというのは本当のようだ。
「したな」
にやりとスケロクが笑う。ユキは恥ずかしがって母の胸に顔をうずめてしまった。アクションが一々可愛らしい。元々中性的な顔立ちで体格も小さいためこうしていると本当に少年なのか少女なのか分からない。
少女は勃起しないが。
「ほおれ見た事か!! こんな小さいガキでもオスは所詮ち〇ぽで考えて生きて」
ゴッ
メイがロディを殴りつけた。
「ああごめん。ちょっと元気になってきたから、適度に弱らせとこうと思って」
「メイ先生って本当に人間なんですか。半分悪魔の血が入ってたりしませんか」
アスカのツッコミを無視して、ロディは少し声を落として話を続ける。
「ガキどもは分からないけど……あ、あんた達だってオス共に思うところくらいあるでしょう……」
(ある)
(あるわね……)
キリエとメイは沈黙する。
「オスは結局女を都合のいい労働力としてしか見てない。身の回りの世話をする家政婦か、下の世話をする売春婦よ。あんた達既婚者は飯炊きオナホでしかないのよ」
ぴくりとキリエの眉が動いた。ロディの方はこれに勝機を見出したようだった。
「オスなんてね、所詮若くてかわいい女の子にしか興味ないのよ」
うんうんとスケロクが頷く。この男の立ち位置は何なのか。
「サイゼ〇ヤで喜ぶような安い女がいい女なわけないじゃない。結局オス共は自分達の都合のいいように女を動かしたいだけなのよ」
「わかるわ」
なんと、メイまでもが彼女の言葉に同意を示した。アスカ達は驚愕の表情でメイを見る。
「初デートがサイゼ〇ヤなんて、女を舐めてるとしか思えないわ。やられた方の気持ちにもなってみろよ! サイゼ〇ヤ程度で『奢ってやった』なんて顔してんじゃねーぞ!!」
やられたのか。
「金出させておいて文句つけんなよ」
スケロクは呆れた顔でそう言ったが、この言葉はメイの火に油を注ぐこととなった。
「一万にも満たない食事代なんか奢った内に入んないっつってんのよ! 思い出したら腹立ってきた! そう言えばあんた、この間のバーの飲み代割り勘だったわね!! そんなんだから未だに童貞なのよ!!」
「あぁん? お前に奢る義理が俺のどこにあるんだっつーんだよ!! そもそもてめー、うわばみみてーにガバガバ飲みやがって! 割り勘じゃなくて勘定別にするべきだったわ!!」
スケロクはスマホをポケットから取り出して何やら操作を始める。
「ああ腹立ってきた! 堀田先生に今からお前の普段の飲酒量教えてやる。シャンパンで酔った振りしやがって。あんなもんお前にとっちゃ水みてーなもんだろーが」
「ちょ、ちょっとやめてよ。コウジさんは関係ないじゃない。そこはホント大事に育てていきたいのよ私」
「うるせー、もう容赦ならん」
「ハハハハッ」
二人の喧嘩を見てロディは笑い出した。ちなみにアスカ達三人もプルプルと肩を震わせて笑いを堪えている。
「所詮オスなんてそんなもんよ! 信頼に足るオスなんて、この世界のどこにも」
ゴッ
再びメイの拳がロディの顔面に命中、さらにその衝撃で床に後頭部を打付けた。
「誰が喋れっつった」
恐ろしく冷たい声。
その剣幕に思わずスケロクの手も止まっていた。
「一つ聞くけど、その認識は屈筋団全員の共通認識なの?」




