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一歩

「私が、囮をやります」


 意外にも声を上げたのは恐怖に顔を歪めているチカであった。


「無茶よ!!」

「あんた本気で言ってんの?」


 アスカとマリエがそれを咎める。当然の仕儀であろう。メイもこの三人の中でのチカの立ち位置はよく分かっている。戦闘向きの能力ではない、要領が悪く、いつも一歩引いたところで二人をサポートする。


 そのチカが、囮役を買って出たのだ。


 マリエがつかつかとチカに歩み寄り、若干高圧的にすら感じられる態度で、彼女の両肩を掴む。


「あんたが一人で突っ込んだって無駄死にするだけよ。あんた自殺願望でもあんの!?」

「自殺願望はないですが、勝算はあります」


 一転、チカが強い口調で言い返した。


「私は回復魔法が使える。一撃で死にさえしなければ、時間を稼ぐことができる」


 強い口調でそう言い切った。怪我をすることは覚悟の上、という事なのだ。メイは横で腕組みをして考え込む。マリエはその気迫に押されて、肩から手を放して一歩後ずさりした。


「それに、敵は私達の戦力も、戦い方も熟知している。だったら、きっと油断するはずです。もし油断しないにしても、私が囮だという事に気付いて周囲に警戒すれば、逆に私の攻撃が通りやすくなるかも……」


「破綻してるわよ、その計画……あんたにいったいどんな攻撃が出来るっていうのよ?


 マリエはまたも反論を試みる。言い方はきついが、どうやらこの少女も本気でチカの事を心配しているようなのだ。


 チカは少し考えてから、スケロクの方を見た。


「スケロクさん……私にスケロクさんの銃を貸してもらえませんか? 相手が別の物に気を取られていて、至近距離なら、私でも当てられると思います……」


 無謀な計画。希望的観測に基づく危険な賭けにしか見えない。


「あなた、殴り合いのけんかをしたことは?」


 メイが尋ねる。当然引っ込み思案のチカにはそんな経験はない。実を言うと口論ですらほとんどしたことがない。彼女は歯を食いしばって目を逸らしてしまった。


「戦いで、血を流したことは?」


 目を伏せるチカ。おそらくは魔法少女になってからも、直接的と戦ったことはないのだろう。


「生まれて初めて味わう痛みに、回復魔法が使えるかしら? 一撃でこちらを死に至らしめる敵に、冷静に照準を合わせられるかしら?」


 目を逸らすチカ。それを許さないと言わんばかりに、メイがチカの顔を両手で包み込むように押さえ、自分の方に顔を向けさせる。


「戦いは、あなたが思っているような簡単な物じゃないわ。平静さを失えば、たとえ一歩の距離でも弾丸は当たらない。敵に照準を合わせる前に引き金を引いてしまう。その弾丸は味方に当たってしまうかもしれない。それでも?」


「そ……それでも、私は……」


 振り絞るように声を出すチカ。その目には涙が滲んでいる。


「いい? なんで私が二十年も魔法少女を続けているか分かる? あなた達みたいな子供に戦わせないためよ。戦うのは大人の仕事。子供は引っ込んでいなさい」


「じゃあ!!」


 チカが強く目を見開いた。それと同時にメイの両手首を掴んで顔から放させる。


「じゃあ、なんで私が魔法少女をやっているか分かりますか!? こんな臆病な私が!!」


 静まり返る。


 夜の闇の中の校舎は、神聖さすら感じさせるほどに静まり返っている。


「私は! 自分を変えたいんです! もう、他人の陰に隠れて怯えてばかりいる人生は嫌なんです! ……一歩が」


 チカは涙を流しながら思いのたけを先生にぶつける。


「自分を変える一歩が、欲しいんです」


 それまでの彼女と同一人物だとは思えないほどに、力強い言葉だった。たじろいだメイであったが、しかしそれでも彼女はチカの案には反対であるようだった。


「その一歩で、命を失ったらお終いよ。自分なんて、生きてさえいればいつでも変えられるわ」


「先生みたいな大人には、分からないんです。私を覆っているこの閉塞感が。このまま他人に唯々諾々と従っているだけの人生じゃいけないって……」


「他人に従おうが従うまいが、あなたはあなたよ。何故それがいけないと思うの」


「お前の負けだぜ、メイ」


 終わりの見えない二人の主張のぶつけあいにスケロクが終止符を打った。


 彼は拳銃のグリップをチカの方に向けて差し出す。


「スケロクさん……」


 涙にぬれたチカの表情が、ぱあっと明るくなった。自分の意見が、初めて大人に認められたのだ。


「スケロク! あんた勝手に……」


「子供が一歩を踏み出そうとしてんのに、それを止めるのが教師のやる事か?」


「悪かったわね、子供に現実を教えるのが教師の仕事なのよ」


 メイはいまいち納得がいっていないようであったが、しかしもはやこれに反対できる空気ではなかった。


 チカは涙を拭いてから、スケロクの差し出した銃を力強く握り、受け取った。


(これ……法的にまずいのでは?)


 アスカもその光景に少し疑問を抱いてはいたが、しかし当人が「やる」と言っているのだ。


 スケロクは安全装置や、使う際の注意点を一通り教えてから引き金を引き絞るときのコツ、至近距離での使い方などをレクチャーしているが、メイはその間もずっと考え事をしていた。


「とにもかくにも敵の居場所の特定がまず必要なんだけど……フェリア、出来るかしら?」


「それは問題ないニャ……でも」


「でも?」


 フェリアは少し難しそうな表情をしている。


「さっきから全く動いてないニャ……これは」


「待ち構えているわね」


 当然と言えば当然である。


「さらに、同じ場所にユキもいるニャ」


 普通に考えれば、向こうも囮作戦を使ってくるのは当然の仕儀である。待ち構え、自分に有利な()を整えて、万全の準備で待ち構えているのだ。


 何が仕掛けてあるのか、それは行ってみなければ分からない。チカの立てた作戦に敵がどういう反応をするのかも分からない。


 要は、ほとんど行き当たりばったりの作戦になるのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 銃が出てくると一気に魔法少女感が薄れますね(´ω`)
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