これはいけない
「ああああ! ごめんなさい、ごめんなさい!! メイ先生ごめんなさい!!」
夜の校舎の中、チカの半狂乱の声が鳴り響く。
「落ち着いて、チカ。あなたは何も悪くないわ」
なだめようとするアスカの声にも彼女が落ち着きを取り戻しそうな気配はない。
「私のせいで、私のせいで先生がこんなことに! こんな酷いことになるなんて!!」
「落ち着けチカちゃん。アスカちゃんの言う通り君は何も悪くない。悪いのは……」
スケロクがチカをなだめ、視線をまっすぐ前にやる。
「いい年こいて女子中学生のセーラー服着て平然としているこのババアだ」
スケロクの視線の先にいる怪物。
「酷い言い様ね。似合ってるでしょう。セクシーじゃない?」
そう言ってメイは髪をかき上げて大きな尻を横に突き出して腰に手を当てる。
セクシーではある。
セクシーではあるのだが、いかんせん。
スカートは特に丈を詰めていないものなのであるが、しかしチカとメイの身長差が三十センチもあるので超ミニスカートになってしまっていて、少し動けばパンツが見えそうである。
上半身のセーラーも当然ながら寸詰まりになってしまっていてへそが見えている。(これは元々の魔法少女の衣装もそうであったが)
胴周りもパツパツである。ほとんどまな板と言っても差し支えのないチカの体に対して、メイのバストは1メートル越え。広背筋が発達しているせいでもあるのだが、しかし元々胸がデカい。爆乳と言っても差し支えないサイズである。必然的に胸の部分の生地ははち切れそうに引っ張られて、あまり伸縮性のない筈のセーラー服が乳袋のようになっている。
そして、当然ながら体格差だけの話ではないのだ。
許されるというのか。
この地球上で。
いったい何者が、中学生のセーラー服をアラサー女が着ることを許すというのか。
百歩譲って。
熟女がセーラー服を着るにしてもだ。
それは止むにやまれぬ事情によって着用するというアンビヴァレンツな感情が存在しなければならないし、魔法少女の衣装を失ってしまった彼女がチカのセーラー服を着るというのはその条件に将に合致するのではあるが、しかし彼女にはいかんせん「恥じらい」というものが欠片もない。
これはいけない。
いけませんねえ。
何が彼女をこんな怪物に育て上げてしまったのか。二十年にも及ぶ魔法少女と学校教師という二重生活が彼女の精神を歪めてしまったのだろうか。
彼女は恥ずかしがるどころか堂々たる表情でポーズまで取っているのだ。
「ううっ……私のせいで先生が場末のコンパニオンみたいに……」
「失礼ね、誰が寂れた温泉のストリッパーよ」
そこまでは言っていない。だいたい同じ意味だが。
「そんな事より、作戦を立てるわよ」
不意にメイが真面目な表情をして言う。寸詰まりのセーラー服で言われても全く説得力がないが、まあそれは魔法少女の格好でも同じである。
全員が集まって作戦を立てるのだが、しかし状況は厳しい。
なぜなら既に先手を取られてしまったからだ。
せっかくアスカが罠を作っていたのだが、敵に先制攻撃を許し、なんとか撃退はしたものの、仕留めることは出来なかった。今後同じ轍は踏まないだろう。
「やっぱり人質を取られている状況なのに『待ち伏せ』って言うのは無理があったと思います」
「そうね」
アスカの言葉にメイも同意を示す。この状況ならやはり敵の方が「待ち受ける側」なのだ。
「二手に分かれるか? 『攻撃チーム』と『救出チーム』だ」
スケロクの提案は妥当なものに見えたが、しかしマリエがこれに疑問を差し挟む。
「『防御』は……?」
そうなのだ。ユキの救出と悪魔の討伐はどちらも必達目標であるが、同時にキリエの保護もしなければならないのである。
敵はたった一匹だというのにそれだけの戦力を割かなければいけない、選択肢が多い状況なのである。
「フェリア、キリエは魔法少女に変身できないの?」
チカの腕の中に抱かれているフェリアに訊ねると、キリエの顔がみるみるうちに青くなった。
「じょっ、冗談じゃないわよ!! もう現役を離れて十年以上経ってるし、私もう三十二なのよ!? いい年してそんな恥ずかしい格好出来るわけないじゃない!!」
メイは沈黙してキリエをじっと見る。その「恥ずかしい格好」でこちとら二十年も戦っているのだ。そして、お前の息子を助け出そうとしているのだ、という無言の意思表示である。
「む……無理に決まってるでしょう……ブランクがあるのに」
気まずそうにキリエはそう付け足した。
「そ、それにね? 自分の立場で考えてみてよ!!」
自分の弁護を続けるキリエであるが、しかしメイ達の表情は硬い。当然この中に自分の子供がいるのはキリエだけである。
メイ達にはその気持ちは分からない。分からないが、自分の子供の命を助けるためならば、自分が少し恥ずかしい格好をするくらいの事なんでもないのではないか、メイは当然そう考えた。
「自分の母親が魔法少女の格好で助けに来てくれたら、あんたなら嬉しい?」
「そっちか」
確かに嫌だ。今後尋常な目で母親を見ることは不可能になるであろう。
「私が……真っ直ぐ救出に向かいます」
振り絞るように声を出したのはアスカだった。
「たとえ罠だと分かっていても、ユキ君を救出に来たと分かれば敵は対応しないわけにはいかないはずです。何とかして私があの狼女を釘付けにしますから、その間にユキ君の身柄の確保と、敵への攻撃を同時に」
「正気なの!? アスカ!!」
マリエが叫ぶように声を上げる。それも当然だ。路上での接触の時、アスカ達三人はあの狼女に全く歯が立たなかったのだから。マリエはスケロクの方に振り向いて助けを求める。
「そ、そうだ。敵が姿を現したらすぐにスケロクさんが射撃すれば……」
「無茶だな。誤射をする可能性が非常に高い。実際の射撃はマンガみたいにはいかねえぜ。敵が射線を取らせるような間抜けとも思えねーしな」
マリエは言葉を失って立ち尽くす。アスカの提案はあまりにも危険すぎる賭けなのだ。
「あなた達じゃ私が駆けつける前に一撃で殺される可能性が高いわ。何度も失敗をするような敵にも見えないしね」
沈黙が重い。
アスカは黙ってじっと床を見つめ、自らの力のなさを噛み締めているようだった。
「私かスケロクが救助に行って、他の人間がサポートにまわる方が効率がよさそうね」
最大戦力を囮に使う。それしか方法はないように見える。
だがそれはまたも敵に先手を許すという事に等しいのだ。つい先ほどメイに重傷を負わせた相手である。易い者ではない事は誰の目にも明らかだ。
「わた……しが……」
絞り出すような、小さな声だった。
「私が、囮をやります」
だが力強い声だった。強い決意を感じさせる力に満ちていた。
脂汗を額に浮かべながらも、チカがそう口にしたのだ。




